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1―2.紫、それは不変

 水道水を飲む人。

 ほら、忙しく動きまわる現代人の心にちょっとした休息の来るフレーズだろ。


―――――

自宅―茶の間

「あーあ、汚い物拾って来たわね」

「暇だったんだよ」

 所変わってここは茶の間。

 まあ、どうして姉きが都合良く家にいたのかはお笑い的だって事で許してくれ。

 お互い向き合って、テーブルの上にはさっき拾った紫きのこが置かれている。

「何で捨てなかったの?」

「いや、新手の犯罪っぽく見えるから」

「誰も気にしないわよ」

 まるで汚い物でも拾うかの様に、柄の端っこをつまんで持ち上げる姉き。

「うーん……紫きのこね」

「だろ? 見事なまでにさ」

 オレももう一本を持って観察する。

 どうやら、姉きもきのこ一本に時間を裂く程に暇でしょうがねぇらしい。

「これ何て名前?」

「さあ……単純に“紫茸”って感じの名前だったりしてな」

「うーん、もうちょっと学者達ってひねくれた名前とか付けるんじゃ無い?」

「あ、そうかもな」

 ほぼ同時に机にきのこを置く。

 さりげなく、手の臭いをかいで安心した表情を浮かべた姉きがいたりする。

「……食べてみよっか」

「……誰が?」

「それはもちろん……」

「……オレ?」

「せいかい」

 むしろ不正解だろう。

 まず、見た目からして食ったら腹痛を起こしそうな色使いをしている。

 ついでに“濃色のきのこは毒”っていう暗黙のルールに当てはまってたりする。

「じゃ、野良犬に……」

「化けて出るわよ?」

「カラスに……」

「烏は顔を覚えるらしいからね」

「アリは?」

「たかられるかも」

 八方塞がりとはコレか。

 ここで諦めたら、何となく立ちはだかる壁から逃げてるみてぇでイヤだ。

「そうよ、閃いた」

「また……何を」

 手をぽんと叩きながら言う姉き。

「煮たら食べれそうじゃない?」

「え、どんな理論だよ」

「知らないの? 昔の人は銀のスプーンと煮て変色しなかったら食べてたのよ」

 全くもって知らん。

 そんな逸話があったとは。

「うさぎにつの。兎に角、晩御飯の鍋にでも入れて食べてみたら?」

「食べるのは?」

「シュウヤ以外にいるの?」

「……姉きは嫌だよな」

「どっちかと言えば」

 なんて便利な断り方だろう。

 これは良く、ドキュメントで患者が蘇って“奇跡”みたいな言葉と同じだよな。

 そういや、医学的にも奇跡っつう定義があんだから世の中不思議過ぎる。

「あ、今日鍋なのか?」

「頼んでみる」

「頼まなくていいデスヨ?」

 いかん、姉きもエンジンかかってる。

 ガス欠になってくれ。


―――――

PM七時―食卓

「今日の晩飯は?」

「シュウヤの言ってた鍋よ」

 テーブルに座ったまま、キッチンで晩飯の準備をしてるおふくろに訪ねる。

「姉き、きのこは?」

「お母さんに渡したわよ」

 いつの間にか消えたと思ったら。

「あれ食えんのか?」

「さあ、どうなんだろうね」

「他人事デスカ?」

「うん」

 それは酷く危険っぽい。

 親父は、この時間だとまだ寿司屋を担当してっから晩飯は別々に食う事になる。

「おう、二人ともいたのか」

「って親父!?」

 キッチンから出現したのは親父。

「み、店は?」

「はあ? 今日は休みだろよ」

「……そうだったな」

「頭おかしくなったのか?」

 すんげー勢いで勘違いしてた。

 ビール瓶片手に、職人っぽい貫禄のある体をゆっくりと地面に降ろして座る親父。

「どうだ? 学校は」

 ビールを開けながら姉きに訪ねる。

「変わらず楽しいって感じかな」

「そうか。好きな人は出来たのか?」

「私のクラスは駄目。金髪に染めた奴らばっかりで幼いったらありゃしない」

「ハハ、さすがナツハだ。生まれながらに男を見極める目を持ってるみてぇだな」

「身に付けた技術よね」

 はっはっはと高らかに笑う二人。

 ビール瓶が勢い良く開き、慌ててラッパ飲みの要領で豪快に飲み始める親父。

「……あれビールだよな」

「お父さん流なのよ」

 あまりに豪快でちょっと驚愕。

 一日の疲れを吹き飛ばす様な溜め息は、聞いてる側も不思議と同じ気分になる。

「シュウヤはどうなんだ?」

「ん、まあ姉きと同じで楽しいかな」

「そうか。彼女の方は出来たか?」

「ああ。いるよ」

「そうか! 良くやったな!」

 力強くバシバシと肩を叩かれる。

 そういや、親父に言ってなかったな。

 一番の家族思いなのにさ。

「はい、お待たせ!」

 そうこうしてる内に、煙突の様な湯気を立ち上らせた鍋が運ばれて来た。

 中の具は、一般家庭の鍋に入れるヤツを思い浮かべてくれりゃ問題なしだ。

「姉き……きのこは?」

「さあ……捨てたんじゃない?」

 小声で相談するオレと姉き。

「何こそこそ話してんだ?」

「いや、ちょっとさ」

「鍋が冷めっから早く食うぞ」

 親父に促され、オレと姉きはテーブルに置かれた箸を手に取る。

 とはいえ、あの紫きのこは一体どこに行ったのか気になって仕方ねぇんだが。

「おう、忘れてたな」

「どうしたの? お父さん」

「こいつを入れるんだよ」

 どこからか取り出されたのは、すっかり消えたと思っていた例の紫きのこだった。

「え! 何で親父が?」

「知らねぇのか? こいつは煮込みすぎるよりも直前に入れた方が美味いんだぞ」

 ぼちゃっと音を立て、何の躊躇いも無く紫きのこは鍋の中に落下した。

「……食べれるの?」

「ああ……オレも気になる」

 百歩譲っても明らかに有毒である。

 豆腐の隣にあって、まるで雪原の鮮血みてぇに目立ってるから更に気味が悪い。

「何ならシュウヤが食うか?」

「……ええ!?」

 親父の爆弾発言だった。

「あの……大丈夫ですかね?」

「だから食えるって言ってんだろ?」

 そんな事を自信満々に言われても、オレの死活問題であるからして行動に移せねぇ。

「ほら、食ってみろ」

 無理矢理きのこを椀に置かれる。

 湯気が立ってて、何故か淡い紫色が消えかけているきのこがそこにあった。

「シュウヤ、頑張って」

「男だろ? 一気に食ってみろ」

 不敵な笑みを浮かべながら言う二人。

 何でしょうか……この異様な空気と目の前にある物質を食えそうな感覚は。

 オレは……安倍シュウヤだ。

 逃げたら負けだ。

「じゃあ……食ってみる」

 変な沈黙だった。

 台所からは、おふくろが食器を片付ける音だけが聞こえて来る。

「頑張って」

 姉きの声が聞こえたのは、オレがきのこを一気に口へ運んだ後の事だった。

 ゆっくり噛む。

 しいたけに似た味。

 そのまま、抵抗無く飲んだ。

「……食べたわね」

「え?」

「こいつぁ厄介だな……」

 飲み込んだ直後、二人は不敵な笑みから一変して深刻そうな表情に変わった。

「まさか……毒?」

「ははっ、こいつぁ傑作だ」

「シュウヤ、本当に素直なのね」

「素直って……」

 今度は笑顔になる二人。

 めまぐるしく変わる態度に、心底どうリアクションして良いのか分かんなかった。

「どういう事だ?」

「ごめんね。お父さんに言われたから知らないフリして食べさせたの」

「まさか……アレが食べられるきのこだって最初から知ってたのか?」

「うん」

 全然気付かなかった。

「さすがシュウヤだ。立派だったぞ」

「立派……だったのか?」

「そうだろ? 目の前の困難から逃げずに立ち向かって最後は乗り越えちまったんだ。勇気がある以外の何だっつうんだよ」

「それは……」

「彼女を守ってやるんだぞ。どんな事があっても逃げねぇ勇気がシュウヤにはある。不良に絡まれても逃げねぇ。それが出来りゃ男として、彼氏として一人前だ」

 親父の行動の意味が分かった。

 オレがミライを護れるかどうか、困難から逃げないか試したかったんだ。

 そして、親父の奇抜な行動はオレの自信に大きな懸橋を渡してくれた。

「さ、食うぞナツハ」

「うん」

 どこか暖かい表情だった。

 誰でも無く、食卓を囲んでいる三人が自然と暖かい表情に変わってる気がした。

ナツハ「美味しかったの?」

シュウヤ「いや……まあ、本当はコメントしにくい微妙な味だった」

ナツハ「ちなみに、あれは“コムラサキシメジ”っていう種類なんだって」

シュウヤ「予想とあんま変わんなかったな」

ナツハ「あと、今日も自己紹介のスペースが取れなかったみたい」

シュウヤ「……それは予想外だ」

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