7―4.歪・魔の羅針盤
学校の教育。
つまんねー勉強とか、ややこしい数学の方程式をオレらにしつこく教える前に。
人間に必要なコト。
つまり、人生において意味のある話をした方が良いんじゃねぇかって思うんだ。
―――――
五時五十五分―教室
たった一つの過ちなのに。
時間の流れ。時計の針はそのどれもが動く事をピタリと止めてしまった。
比喩じゃねぇ。今度は正真正銘完璧な静寂に教室が支配されてる。
「どうなって……」
「電池切れじゃ無いですかー?」
オレの言葉を遮って、クミは冷静なのか呑気なのか分からねぇ言葉を発した。
……確かに。その考え方もアリっちゃアリなのかもしれねぇけどさ。
それこそ、誰が電池交換してんのかなんていちいち知らねぇし、忘れちまったなんつー事態も人間なんだからあんだろ。
冷静修正オーケー。
「じゃ、電池切れで良いな」
「シュウヤ、ビビってたよねー?」
「……ビビってねぇ」
「そうですかー」
むしろ、クミの核心を突く様な鋭い発言にビビっちまったけどさ。
それよか、早いとこ帰んなきゃ見回りの警備員とやらが来ちまいそうだ。
いつまでも校舎に残ってて、エマージェンシー警報がどうの状態になっちまったら高校二年生としてやってらんねぇ。
それに、宿題もやんなきゃなんねーから考えてみりゃ多忙なんだよな。
「早めに退散しようぜ」
「もーこれじゃ、シュウヤが何しに学校来たか分かんないじゃないですかー」
「……そ、そうだな」
勘違いされてたらしい。
何度も言うけど、オレが学校に来たのはこっくりさんが目的じゃねぇ。
どうせやんなら、長く続けたいっつう感じもあっけど時間的にキツそうだ。
「やめますかー?」
「ミライ、良いよな?」
「……はい」
意見も合致して、ちょこっと早いけどこっくりさんをやめる事にした。
終わりの儀式なのか、クミが何やらぶつぶつと呪文ちっくなものを唱えてる。
まるで陰陽師だ。
「……平気だったか?」
邪魔になんない様に、小声で言いながらミライの方に上体だけを向ける。
さっきのミライは、まるで何かから耐えてる様な表情だったからだ。
その証拠に、声に元気が無かった。
「あの……左腕が」
「痛いのか?」
顔をしかめて耐えるミライ。
この雰囲気もあるし、精神的な体調不良に陥ったのかと思うと不安になった。
「……左腕がかゆいです」
「ん?」
「あの……右腕が使えないので、ずっと我慢してました……」
激しくまぎらわしい。
確かに、かゆみはちょっとした痛みを耐えるより難しいと思われる。
……でも、そこまで同情を誘う様な表情にならなくても良いじゃねぇか。
一瞬、本気で心配しちまったよ。
「離して下さいっ!」
その時、クミが声を荒げた。
反射的に、オレら三人は錆びた十円玉からほぼ同時に人指し指を離す。
「……疲れました」
「たった数分ですけどねー」
「まあな」
笑いながら言い、制服のポケットを探って自分の携帯を取り出す。
ディスプレイを開き、時刻を確認した瞬間だった。
「きゃっ!」
ミライの小さな悲鳴。
教室の電気が、消えた。
一瞬で、教室は闇に包まれる。
「っ……クミ?」
ミライの位置は分かった。
けど、真っ暗な上に何も言わねぇからクミの位置は肉眼じゃ分かんなかった。
「ここだよー」
「……いずこに?」
「カーテン開けるからー」
その直後、カーテンレールの音と共に月明かりの淡い光が差し込んだ。
さっきまでの明るさは無くなって、夜空にぽっかりと浮かぶ三日月が黒い雲の隙間からオレらの方を眺めてた。
「早く帰ろうぜ」
「そうですね……」
「まあ、警備員さんに何やってんだよって逆ギレされたら嫌ですからねー」
「そ、そうだな」
逆ギレとは違います。
突っ込みつつ、教室内から逃げる様にして前方の出入り口を開けた。
ガラガラと、荷車の音にも似た音を響かせて教室の扉が横にスライドする。
その先には、薄暗い廊下が恐怖にも似た感情を携えて待ち構えていた。
「わ、暗いですね……」
「大丈夫。いざとなったらシュウヤが守ってくれると思うからー」
こんな時でも、クミは暗闇に脅えるミライを健気に励ましていた。
この際、励ます言葉が明らかにオレをからかってるのは気にしないコトにした。
「後ろから付いて来いな」
「了解ですー」
「分かりました……」
物の輪郭しか分かんねぇけど、携帯のライトがありゃ何とか歩を進められそうだ。
こっから下駄箱まで、普段から歩き慣れた階段を四回降りるだけだったな。
見えなくても、体そのものが感覚を覚えてっから何とか進めるかもしれねぇ。
「じゃ、行くぞ……」
ライトを足元に向けて、オレらはゆっくりと校舎から脱出する為に歩き出した。
善者と悪者が戦った。
勝ちか負けかは裁けない。
ボーダーラインは人による。
人間に人は裁けない。
…そうよね。
by安倍シュウヤ
編集・安倍ナツハ