7―3.裏・魔の羅針盤
火の温かさ。
大昔、オレらの祖先はすげー苦労の末に火を起こしてたらしいじゃんか。
考えられねぇよな。
今じゃ、ちっぽけな硬貨一枚だけで温もりを手に入れられるんだぜ。
時々は、オレらの祖先にご苦労さんって思いを馳せてみんのも良いよな。
皮肉じゃねぇぞ。
―――――
五時五十分―教室
十円玉に人指し指を乗せる。
机の上には、何やら平仮名がずららーっと羅列された紙が一枚置かれてる。
その上に置かれた十円玉。これが噂に聞いてたこっくりさん用具の一式らしい。
「質問しても良いか?」
「どーぞ」
「何でやろうと思ったんだ?」
「やった事無いからー」
何事も経験ってか。
やる前から諦めねぇのは良い。
けど、せめて心霊モノだけはやる前に諦めてくれたら非常に助かる。
右手人指し指の拘束。おまけに途中で離しちゃ駄目だって厳重注意された。
それに、校内が静かって事はオレらが最後まで残ってる生徒かもしれねぇ。
「始めようぜ」
「そうですねー。先生に見付かって早く帰れって逆ギレされたら嫌ですしー」
「……逆じゃないっての」
呑気なクミに小声で突っ込む。
それは置いといて、いよいよクミがこっくりさんをおっ始めるらしい。
「では、こっくりさん。安倍シュウヤのお父さんの名前を教えて下さいー」
「知らなかったか?」
「聞いたけど忘れましたねー」
どうやら、オレの親父の名前は最初っから覚える気なんてねーらしい。
とは言え、オレもクミの家族構成すら知らねぇからお互い様なんだけどさ。
「動くんですかね……」
「……さあ」
指先にある十円玉は、当然っつうか今まで通りに沈黙と静寂を保ち続けてた。
聞こえんのは、カチカチと無機質に刻まれる時計の音と自分の呼吸だけ。
恐怖?
それはねぇ。
ただ、超能力でもねー限り十円玉が動く訳があんのかと否定する気はあった。
「はぁ……」
小さく溜め息を吐く。
気持ちが少し落ち着いた。
だけど、現実はこっちの都合に合わせてくれるはずも無かった。
「うわっ!」
「十円玉が……」
机に置かれた十円玉が、まるで氷の上を滑る様にゆっくりと動き始めた。
真実。オレら三人の指なんて関係無しにゆっくりと紙上を移動してる十円玉。
信じられなかった。
『か』
「合ってる……」
「待って下さい。まだ……」
ミライが喋る中、十円玉はオレらの指先に真実の光景を映し出した。
『つ』
「かつさんですかー」
「いや、まだだ」
呑気なクミを他所に、十円玉は最後の言葉を悠然と見せ付けてくれた。
『み』
「勝己……間違いねぇ」
そう、オレが尊敬する親父の名前は己に勝つと書いて『かつみ』だ。
クミもミライも知り得ねぇ真実。
思わず、背筋に寒気が走った。
「……マジかよ」
「当たってますかー?」
「ああ。完璧に」
幽霊を信じたくはねぇ。
けど、こんだけハッキシ現実を見せ付けられたら信じざるを得ねぇんだよ。
別に霊を信じてる訳じゃねーけど、考えが変わっちまうかもしれねぇ。
幽霊は、オレらの目の届かない場所で確かに存在し続けてるってな。
んで、その扉は簡単な動機で容易に誰かが開けちまう言わばパンドラの箱だ。
「まずいな……」
「気分でも悪いんですかー?」
「いや、時間が」
体を捻って時刻を確認する。
いつの間にか、教室の針は下校時刻五分前である五時五十五分を指していた。
「見回りの人が来ますね」
「ああ。そうだな」
心無しか、ほっとした様な表情を浮かべて話すミライであった。
「残念ですー」
「何が」
「せっかく、シュウヤの好きな人でも聞こうと思ってたのにー」
やめてくれ。
「んな事、今更聞くのか」
「えっ?」
疑問の声を発したのはクミ。
オレの顔を見つつも、ミライの方にも交互に視線を送ったりしている。
「決まってんだろ?」
「……シュウヤ君」
今日のオレはどうかしてる。
ミライの方を見据え、ちょっと前から考えていた言葉を言おうとした――。
「オレは……」
その刹那だった。
時を刻む音。
沈黙が支配する空間なら、嫌でも時計の音が鼓膜に飛び込んで来るはずなのに。
「ちょ……ごめん」
ふっと目線を走らせる。
長針。
短針。
秒針。
それら全てが、まるで自ら動く事をやめちまったかの様な光景だった。
「……うそ」
「……止まってるー」
オレの反応に呼応して、二人も視線を送った直後に驚いた様な表情を浮かべる。
まるで、時間のレールが歪んでどっかに弾き飛ばされちまったかの様に。
時は止まっていた。
寄せては返す砂浜を。
窓からぼんやり眺めてる。
夜の闇にも負けてない。
人魚に良く似た色だった。
…素敵ですよー。
by安倍ナツハ
編集・一ノ瀬クミ