4―6.番外・空色の携帯電話
ヒトは、弱い。
何故なら、緊張しただけで慣れ親しんだ日本語が喋れなくなっからだ。
……実体験は怖い。
―――――
放課後―帰り道
どうする……あれからしばらく考えてみたけど未だに信じらんねぇ。
……まさか、ケータイを返すつもりがあんなコトを言われるなんて脳みその片隅にも考えて無かった。
心ここにあらず、オレの魂がどっか飛んでったみてぇになっちまってる。
「はぁぁ……」
疲れた訳じゃねーのに、溜め息が出る。
まるで、工事現場の肉体労働クラスに精神が疲れきってるのが自分でも分かった。
「シュウヤー」
後ろから声がする。
間伸びした、普段から聞き慣れてる有り得ない程に無邪気なヤツの声。
あっと言う間に、隣へ並ばれた。
「よ、クミ」
「一緒に帰ろー」
告白されたなんてバレたら、どんだけクミに笑われるかなんて目に見えてる。
こいつだけは、NASAの宇宙情報並にトップシークレットだ。
「あれっ? ナツハさんはー」
「いや、別だけども」
「珍しいねー」
辺りを見回しながら、信じられないといった表情でオレに確認して来る。
んな珍しいってか。
「あのな……シスコン扱いすんなよ」
「シスコンって何ー?」
うあ、墓穴掘っちまった。
「いや、つまりだな……」
「恥ずかしー事?」
「……ものすごーく」
説明すんのも拒否シマス。
ちなみに、オレは姉きが嫌いじゃねーけど断じて好きなんかじゃねぇ。
ぜってー勘違いなんかすんなよ。
「それなら良いやー」
「……うん、助かるよ」
クミは素直に諦めてくれた。
こんな説明したら、オレが変態高校生ちっくに見られちまうのは当たり前。
そうなりゃ、出歩けねぇっつの。
安倍シュウヤ、同級生の一ノ瀬クミに真顔でシスコンの説明をする!
んな噂が広がったら、アウトだ。
「携帯は返せたんだっけー」
「ああ、バッチシ」
「持ち主って誰だったのー?」
その話題に体がぴくっと反応した。
いやいや、動じるな。告白を知ってるヤツなんてオレ以外にいねぇじゃんか。
「一年の月影ミライだとさ」
「そうだったんだー」
「分かるか?」
「さー?」
クミは首を小さく傾けた。
それなら心配ねぇ。後は態度で感付かれねー様に偽装工作すりゃ良いしな。
ふ、完璧だ。
「仲が良いんだね」
瞬間、背筋に寒気が走る。
それは、降ってた雨が晴れた後で下がった気温のせいなんかじゃねぇ。
「あ、ナツハさんー」
「クミちゃん、久し振り」
姉きが知ってたんだった。
告白の時、姉きはオレらの声が聞こえちまうくれー至近距離にいたじゃんか。
「ちょ、姉きっ!」
「ど、どうしたの?」
素早く姉きの手を引いて、クミから一メートル位の距離を開ける。
「……姉き、言うなよ」
「……何を?」
「……だから、オレが告白されたって事」
予め言っとかねぇと、口を滑らせてクミに言っちまう可能性があっからな。
「……告白されたの?」
「は?」
疑問の声だった。
「シュウヤが、ミライちゃんに?」
「…………知らなかったのか?」
「……初耳だけど」
嘘だろ。
「……マジ?」
「うん」
こんな展開ってアリか。
まさか、あれだけ至近距離にいて告白されたっつう事実を知らなかったなんて。
するってぇと、オレは自ら姉きに事実を口外しちまったってコトに。
「……聞かなかった事にしてくれ」
「でも、聞いちゃったし」
あんまりだ。
クミにバレんのも時間の問題。
「どうしたんですかー?」
「ううん。シュウヤ、行こ」
「……ああ」
自然と声が小さくなった。
朝と同じく、三人揃って道を進む。
「ねえ、クミちゃん」
「何ですかー?」
「他人の恋って、応援したくなるよね」
楽しそうな姉きの表情。
誰に対しての言葉なのか、クミは知らなくてもオレはよーく知ってる。
「そりゃ勿論ですよー」
「じゃあ、恋に落ちたのが自分の親しい人だったらますます応援したくならない?」
「それ燃えますねー」
むしろオレは燃え尽きそうだ。
盛り上がってるけど、さっきから自分の心臓が妙にドキドキ脈打ってる。
「じゃあ、応援しよう」
「誰をですかー?」
「姉きっ! やめい!」
思わず奇声を発してしまった。
「ほら。今騒いだ人」
「まさか、シュウヤですかー?」
言うなっつったのに。
……んな楽しそうに言わなくても。
「姉き……裏切ったな」
「私は、騒いだ人って言っただけ」
「同じだっつーの!」
お約束のツッコミを入れる。
やば……この二人にバレちまったら何をされるか分かったもんじゃねーぞ。
「……シュウヤー」
「んあ?」
「応援したげるねー」
滅茶苦茶明るい一言だった。
「そうだ。クミちゃん、私と一緒にシュウヤの恋をバックアップしてみない?」
「ナイスアイディアですー」
「どこがだっ!」
話がどかどか進んで行く。
確かに、月影ミライというヤツは背も低いし性格もおしとやかだった。
今は中間の恋だ。
好き。嫌い。
天秤は傾いてねぇ。
「ミライさんが嫌いなの?」
「へ?」
「シュウヤはどっち?」
「……別に嫌いじゃねぇけど」
何で突然真面目モードになるんだ。
「なら、好きな側の天秤に私達が重さを足してあげても良いんじゃ無い?」
「二人を応援するんですよねー」
「そゆこと」
しかも地味に格好良い台詞。
何が楽しくて、オレの人生初になる恋愛をバックアップするつもりなのか。
「……帰るぞ」
二人が追って来る。
時の流れに任せてみよう。
運命なら、例え二人が加わっても変わる事なんて無いだろーから。
空は、まるでミライの持っている空色の携帯電話の様に青く広がっていた。
宇宙の果ては謎の中。
未来永劫時を待つ。
それを眺める異星人。
地球の文化は利己的ね。
…ミステリーだな。
by一ノ瀬クミ
編集・安倍シュウヤ