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悪夢の交差点

 この物語は『遥かなる想い ~詩集~』に掲載した『AGAIN ~あの夏の日のように~』を元に小説化したものです。

 もしもお時間がございましたら、詩集と合わせてご拝読賜れば幸いです。





*この物語は以前にFC2小説にてMS-Rの作者名で投稿したものを改正したもです。

 但し、FC2では諸事情により活動を停止しておりますので完結しておりません。

 第9話以降は完全オリジナルです。

『友里にプロポーズしたあの日――。

 遥か遠い海の向こうへ沈んでゆく太陽が、いつしか澄み切っていた青空を茜色へと染めあげていた。

 潮騒を聞きながら涙を流す友里の嬉しそうな表情を見つめていると万感の思いがこみ上げ、抱きしめた彼女の温もりが今もはっきりと残っている。

 まだ残暑厳しい浜辺での抱擁に何故か安らぎを感じていた。

 ようやく二人が本当に一つになろうとしていたからなのだろうか、俺は言いしれぬ喜びのあまりに有頂天になりすぎていたのかもしれない。

 だから守ってやれなかった。

 友里からすべてを奪ったのは、すぐ傍にいて何もできなかった俺自身のようなものだ。

 目を少し離したほんの一瞬の出来事――。

 今更悔やんでも遅いのは十分に分かっている。

 それでもあの笑顔をまた見られるのであれば、俺は何度でもお前に語りかけよう。

 暗闇の中で彷徨う友里の心に、俺の声が届くまで……』



 

 その日は蒸し暑い夜だった。

 陽が沈んでも高くそびえたつビルが風を遮り、アスファルトに熱気を含んだ空気がたちこめ、歩道に立っているだけでも汗が滲み出てしまう。渋滞して並ぶ車の列から噴出す排気ガスと共に地熱を巻き上げる生暖かい風が吹くと不快感がより一層際立つ。

 煌びやかなネオンが瞬く市街地の遥か遠くから続く渋滞の横をすり抜けながら、若い男女が乗った一台のバイクが赤いテールランプの残光を置き去りにして路肩を疾走していく。

 運転している青年は狭い車幅を気にも留めず、危険を承知しながらスピードを落とそうとしない。時折サイドミラーを覗き込み、後ろのタンデムシートに座る恋人とおぼしき長い黒髪の女の様子を窺おうとしていた。

 一方の女はただ怖さのあまりに目をギュッと瞑り、青年の腰に両手をまわして必死にしがみついている。お互いの汗ばんだ胸と背中が密着した不快感よりも、狭い車幅の中を猛スピードで駆ける恐怖が上回っているからなのだろう。

 白いTシャツの背中に頬と胸を押し付け、奥歯を強く噛み締めている。目を瞑っていても右から通り過ぎる車の列を肌で感じてしまい、左から街路樹のざわめきが聞こえていれば尚更だ。靡く黒髪の乱れを気にする余裕すらないようだ。

「将人あぶないよ、もっとスピード落として!」

「なんだって!? よく聞こえないよ」

「あぶないって言ってんのよ。スピード落としてってば!」

「大丈夫だって。もうすぐ着くから」

「ぜんぜん大丈夫じゃない!」

「友里が思ってるほどスピード出しちゃいないって。それにトロトロ走っている方がバランス崩して危ないんだ」

 エンジンの騒音と風を切るに音に遮られてお互いの声がよく聞き取れない中、無謀極まりない運転に友里は怯えて抗議したもの、将人はスピードを落とそうとしない。フルフェイスのヘルメットの中で悪戯っぽく笑い、バイクを加速させるべくアクセルを吹かす。

 エンジンの爆音に悲鳴を消されても友里の抗議は続く。もはや生きた心地がしないと訴え、青年の腰にまわした手により力がこもる。

 胸と頬を背中に押しつけて必死にしがみつく彼女に、将人の思惑など知る由もない。

「もういい加減にしてよ!!」

「アハハハ、相変わらず怖がりだよなぁ」

「バカ、バカ、バカッ! こんなの怖いに決まってんじゃないの!」

 友里が心底脅えているのを将人は承知の上だ。ちょっとしたスリルを味わってもらおうという意図を丸出しにしているのは、そこにバイクの扱いに絶対の自信があった。

 ところが友里にとって、それは危険極まりない行為に思えてならないと言いたげな表情をしている。安全性が確立された絶叫マシーンならばともかく、風を切って路肩を走る自分達が如何に無謀であるのかと。

 たとえ将人を信頼していても、バランスを崩したり、車と少しでも接触してしまえば命を落とす大事故を引き起こしかねない。それを論理立てて説明する余裕が友里にはなかった。

 車の列の切れ目からヌワッとした空気が抜ける不快感に、肌がゾクゾクと泡立って恐怖心をより煽られてしまうからなのだろう。ギュッと腰にまわす手で将人の腰を強く締めつけ、振り落とされまいと蒸れた胸をさらに押し付ける。

 ところが将人は怖がってしがみつく友里の反応に気をよくしてしまい、ガードレールと車の歪な隙間を巧みなハンドル捌きですり抜けていく。

 しばらくして駅前の通りにさしかかり、ようやく速度を落として左折した。車体が大きく傾いて「キャッ!」っと聞こえた友里の小さな悲鳴に、将人は得意げに鼻で笑う。

 信号を過ぎた直後にあるパーキングスペースにバイクを止めたあとも、友里はまだ将人の腰にしがみついたまま身体を震わせて離れようとしない。強張らせた全身の力が抜けきらない様子だ。

 やがて落ち着きを取り戻して少しばかり安心したのか、息を大きく吸い込んでゆっくりと溜め息混じりに吐きだす。

「もうとっくに着いてんのに、いつまでしがみついてんだよ」

「怖かったからに決まってんじゃない! 事故ってたらどうするつもりだったのよ!」

「だから何度も大丈夫だって言ったじゃないか。お前もしつこいなぁ」

「しつこいとは何よ、バカッ!」

 少し上ずった声で怒りだす友里の反応に、してやったりと将人はほくそ笑む。

 しかしゲンコツでおもいっきり肩を叩かれたのはさすがに参ったようだ。二発、三発と続け様に叩かれては「分かった、分かった、俺が悪かった!」と、つい詫びをいれてしまう。

 他人からすれば20代前半とおぼしき若い男女がいちゃついているようにしか見えない光景。ところが本人達は周囲から浴びせられる視線に気がついていない。友里がバイクから降りた直後にヘルメットを脱ぎ、将人に両手で勢いよく手渡すまで一方的な抗議が続く。

「今度あんな無茶をしたら絶対に許さないんだから」

「はいはい、もう致しませんって」

「はぁぁ、ホントに分かってんのかしら……」

 ふざけた態度の将人に友里が呆れて溜め息を漏らしてしまう。だが悪びれぬ彼に怒りが込み上げたのか、しばし無言でキッと鋭く睨みつける。そして彼氏の反省してうなだれる様子を見届けると、おもむろに風で乱れた長い髪をかきあげた。

 2度、3度と首を左右に振り、手ぐしで黒髪を整えはじめる。表情にはまだ怯えているような固さが残ってはいるもの、事故を起こさなかったという安堵の色が窺えた。

「本当にここでいいのかよ、家まで送るって言ってんのに」

「うん、ここでいい。将人は今夜も夜勤なんでしょう。送ってもらったら遅刻しちゃうじゃない」

「気にすんなって。今から急いだってギリギリ間に合うかどうかなんだし、遅れたって構わないんだからさ」

「ハハ~~ン、またそう言って仕事をサボるつもりなんだ」

 何かと理由をつけて仕事をサボろうとする将人へ釘をさすように、友里が皮肉を込めて言い放つ。

 本当は一緒に数時間前の余韻を楽しみたいと思いつつも、今の間にサボり癖を治しておきたいという思いがあった。ただでさえ派遣社員として安い給料で働き、不安定な収入で生計をたてている将人は給料のほとんどをバイクにつぎ込んでいる。

 どうせ結婚した後もバイクばかり夢中になるのは想像がつく。プロポーズを受けたからには共働きを覚悟していても、せめて安心できる収入を得たいという気持ちが友里にそう言わしめる。

 そんな彼女の心情を将人はまるで分かっていない。

「違うって! 俺はただお前が……!」

「私が何よ、今度は私のせいにするつもり?」

「っ…………!」

 夜道に一人で帰すのが心配だからと言ってしまうのが恥ずかしいあまりに、ヘルメットのバイザーをあげた将人の言葉が詰まる。

 友里から手渡されたヘルメットから漂う残り香に意識しつつ、風でほつれた髪を首筋から掻き揚げる仕草を見せる彼女の姿を黙って見ているしかなかった。

「あ~~ぁ、やっぱプロポーズされたの拒否っちゃおうかなぁ。バイクしか能がない貧乏人と結婚しても苦労するだけだろうし、将人自身がそれを自覚していないから困ったものよねぇ」

「チッ、分かったよ! 仕事にいきゃいいんだろう」

「そうそう、分かればよろしい」

「たくっ!」

 半分本気であるのをほのめかした冗談に、剥きになって言い返す将人はぶ然とした表情でバイザーを下ろした。

 まるで駄々っ子のようにすねた態度に友里がクスクスと笑ったのも癇に障り、アクセルを2度3度と大きく噴かす。

「家に帰ったらすぐメールするから、ちゃんと安全運転するんだぞ! それと仕事は真面目にやってよね。クビになったら承知しないんだから」

「分かってるよ、いちいちうっせぇな!」

「あんな下手なプロポーズされた後だから心配なのよね。今度はドジって転ばないかって」

「それ、嫌味か?」

「さあ、どうかしら。ま、とにかく今日はアリガト……嬉しかったわ。いってらっしゃい」

「ああ、友里も気をつけてな」

 信号が青に変わって友里が手を振りながら交差点を渡ろうとする後ろ姿に将人が頷いてアクセルを握った。

 そして前を向いてアクセルを回そうとした時、車が急ブレーキをかけた際の甲高い音がした直後にドスンという大きな衝撃音が聞こえてくる。

「――!?」

 驚いたのもつかの間、嫌な予感がして恐る恐る交差点の方へ振り向くと、止った車から少し離れた前方に仰向けで倒れている友里の姿が目に飛び込んでくる。

 ピクリとも動かない彼女の姿は、まるで糸が切れた人形のように左足が関節の稼動域を越えて折れ曲がり、顔は将人がいる位置から反対の方を向いていて見えない。

「ゆ、友里……おい……ウソ、だろ……」

 目の前に突きつけられた現実に将人は唇をなわなわと震わせ、ヘルメットを脱ぎ捨てると一目散に友里のもとへ駆け寄る。

 だが、それ以上のことはできなかった。抱き起こそうとしたら通行人らしき誰かに止められてしまい、ただ取り乱して「離せ、離せぇぇっ!!」と喚き散らす。

 背後から聞こえる「下手に動かしたら危険だ」という中年男性の呼びかけに耳を傾けず、目の前に倒れている友里を求める手が宙を彷徨う。

「友里っ、友里ーーーーっ!!」

 悲痛に叫ぶ将人の声は、友里に届いていない。

 彼女の乱れた長い髪から広がっていく赤い滴りがアスファルトを染めていく様を、車のヘッドライトが無情なまでに眩しく照らしていた。

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