お礼に歌を、貴女に愛を。
ジャンルを恋愛にしようか童話にしようか迷いましたが、恋愛にしました!
森のくまさんの歌詞をど忘れした時に思い付いた小説です。
「はあ?」となる部分もあると思いますが、そこはファンタジーだと思ってやり過ごしてくだされば嬉しいです。
ずっと、気付いておりました。
貴方が私を見ていたことを。
私が森を通るたびに、貴方は私を見ていたでしょう?
分かっていました。
私も貴方を意識していましたから。
でも、話しかけはしませんでした。
だって、貴方はご自身のことを気にしていたから。
逃げられては困るのです。
私は、貴方と仲良くなりたいのですから。
貴方に、私は小さく幼稚な罠をしかけましょう。
律儀な貴方は、きっと引っかかってくれますでしょう。
ねえ?
クマさん。
真っ白いワンピースは、彼女にとても似合っていました。長い金髪は背中に流し、耳にはイヤリングを、首にはネックレスをしています。いつもより、ずっと気合いの入った格好です。
──今日も、お嬢さんは可愛いな……。
彼女が人工の道を通るのを、クマさんはジイッと見ていました。木の影から、その黒いつぶらな瞳は彼女……お嬢さんただ一人を見つめています。
お嬢さんは毎週火曜日に森を通ってどこかに行くのですが、ある日それを見かけたクマさんはお嬢さんに一目惚れしてしまったのです。
可愛らしいお嬢さんが森を抜け終えたのを確認して、クマさんは道に出ました。
──あれれ?何か落ちている。
道に、何か光るものを見つけてクマさんはそれを拾い上げました。
それは、白い貝殻の、小さなイヤリングでした。
──これは、もしかして、お嬢さんのかな。
クマさんはそれを握り潰さないように気をつけて、ゆっくりと手の平におさめました。脆そうなイヤリングは、まるでお嬢さんそのもののようでした。
──次に会ったら、返してあげよう。
お嬢さんと関われるのは、その一瞬だけです。なら、次に会うまで──対のイヤリングを持っていたいとクマさんは考えました。
──あら?気がつかなかったのでしょうか……?
お嬢さんは、森を抜けてから振り返りました。お嬢さんの予想では、今頃クマさんと自分は仲良くお話しているはずでした。
お嬢さんは、ずっとクマさんと友達になりたかったのです。
イヤリングを片方だけ落として、クマさんが拾ってくれたらそれをきっかけにして仲良くなろうと計画していました。
──せっかく、おめかししてきましたのに。
クマさんに見られても恥ずかしくないように、精一杯お洒落な格好をしてきたのですが、お嬢さんの行動は無駄になってしまいました。
明日も頑張ろう、とお嬢さんは意気込みました。
お嬢さんはバスケットにパンや肉の薫製、葡萄酒を入れ、新しいワンピースを着て家を出ました。
片方の耳にイヤリングをつけて、もう片方には何もつけていません。
森に入って再びイヤリングを落とそうとしたお嬢さんでしたが、いつもより早くクマさんの視線を感じ、イヤリングを落とすのを止めました。
歩くと、いつもは視線が一緒に動くだけなのに、今日はクマさんも一緒について来ます。
──もしかして、昨日、クマさんはイヤリングを拾ってくれたのでしょうか?
お嬢さんがゆっくりと振り返ると、素早い動きでクマさんは身を隠しました。しかし、大木からはみ出て見える茶色の毛皮に、お嬢さんは声を出さずに笑いました。
季節がら、太陽の光が当たる森の中は花に溢れています。花咲く森の道を、お嬢さんは笑顔で歩いていきました。
いつもは街に抜ける方向に歩くお嬢さんですが、今日は森の奥へ奥へ歩いていきました。
「あ、あのぅ……!」
そろそろ森の最奥、というところで、お嬢さんに声がかかりました。お嬢さんはクマさんの声を知りませんでしたが、きっとクマさんの声だろうと思って振り向きました。
事実、そこに立っていたのはクマさんでした。お嬢さんよりもずっと大きいクマさんは、何メートルも距離を空けてそこに立っていました。
「あっ、あの、これ……」
クマさんが恐る恐る手を開きました。その中には、白い貝殻のネックレスがありました。今、お嬢さんが付けている物と対になっているものです。
「まあ、クマさん。ありがとうございます」
お嬢さんはクマさんに近づきました。クマさんはその分後ろに下がりました。
「お嬢さん、僕に近づいてはいけないよ。僕はクマなんだから。僕から貝殻を受け取ったら、直ぐさま逃げるんだ」
クマさんが近づいてきます。
──だったら、受け取りたくありませんね……。
「さ、どうぞ。もう落としてはいけないよ」
「お待ち下さいな。ぜひともお礼をさせてください」
イヤリングを差し出したクマさんの手を、お嬢さんは両手で掴みました。クマさんの手は柔らかくてもふもふとしていて、とても可愛らしいです。
「お礼?」
「そうです。お礼をさせてください」
私と食事でも……とお嬢さんが言おうとすると、クマさんは照れた顔をしながら、「だったら、」と言いました。
「歌を歌って、お嬢さん。貴女の声は、とても綺麗だから」
──歌、ですか!?
お嬢さんは焦りました。歌はあまり得意ではなかったのです。けれど、クマさんの期待に応えようと必死に歌いました。
「らららっららーらーらーらーらー」
クマさんはうっとりとその歌声に聞き惚れていました。
お嬢さんが歌い終えると、クマさんは拍手してくれました。
「上手だ。とても!」
「ありがとうございます」
歌は苦手でしたが、クマさんが喜んでくれるなら歌ってもいいかな、とお嬢さんは思いました。
お嬢さんにイヤリングを渡し終えると、クマさんは「じゃあね」とお嬢さんに背中を向けました。
──もう、クマさんったら!
いつも自分を見つめているクマさんの、素っ気ない態度にお嬢さんは腹を立てました。
──こんな機会、私だったら逃しませんよ。
「お待ち下さい!」
お嬢さんは、その広い背中に抱き着きました。
「お、お嬢さん!?」
「私とお食事でもしませんかっ?」
どちらも大慌てでした。
お嬢さんは二度とない好機を逃さないため。クマさんは、お嬢さんに嫌われたくないために。
「いや、でも……」
「ずっと、ずっと仲良くなりたかったのです!お願いします、私とお話してください……っ」
お嬢さんは泣いていました。クマさんも自分の毛皮が濡れることでそれを感じました。
「仲良くなりたくて、イヤリングを落としたんです。貴方は、私を見るだけで話そうとはしてくれませんでしたから」
クマさんが振り返って、それはそれは慎重にお嬢さんを抱きしめると、お嬢さんは花のような笑みを見せました。
「私は貴方が怖くありません」
「でも、僕はクマだよ?お嬢さんに怪我をさせるかもしれない」
「怖かったら、貴方に抱き着いておりません」
抱き着いて。お嬢さんは真っ赤になりました。
──わ、私ったら、なんてはしたないことをしたのでしょう!?
「お嬢さん……嬉しいな」
クマさんはお嬢さんに甘えるように擦り寄ると、お嬢さんを抱き上げました。
「きゃ、クマさん!?」
「僕の家に連れていってあげるよ。そこで、たくさん話をしよう?」
「……!はい!!」
お嬢さんは真っ赤になって、大声で返事をしました。
ずっと、君を見ていたよ。
なんて可愛らしい、純粋そうな人間かと思った。
僕がクマでなければ、君の家に行って求婚したんじゃないかな、なんて。
だから、君が僕に歩み寄ってくれて、すごく嬉しい。人生が、輝いた気がしたよ。
でも、僕は君と友達になろうだなんて思っていないんだ。ごめんね。
僕は君に、友情なんて抱いていない。
僕は君に恋しているんだ。
愛しているよ、お嬢さん。
あの後、クマさんとお嬢さんは二人仲良くご飯を食べたのだと思います。