あなたのアドバイスはいつも的確ですね。……後出しで
私の婚約者のアドバイスはいつも的確だった。
「白地のスーツを着てきたのは失敗だったな。シミが目立ってしまう」
「ろくに準備運動もせず、急に動くから肉離れなんか起こすんだ」
「馬に背後から近づくのは危険すぎる。常識だろ?」
――ただし、重大な欠点があった。
それはいつもいつも後出しなこと。終わった後に、まるで評論家のような口調でアドバイスする。事前にアドバイスをするようなことは私の知る限り一度もない。
私の婚約者――伯爵令息ラルフ・シュベートはそんな男だった。
この私、子爵令嬢アナベラ・スフィアとラルフの婚約式。
私も長い黒髪をなびかせ、白いドレスに身を包み、幸せを噛み締めていた。
ところが、ハプニングが起こる。
式がこれからという時に、外からけたたましいほどのカラスの鳴き声が聞こえてきて、ムードが台無しになってしまう。
ラルフは式場の責任者に得意げにこう言う。
「この近くにはカラスが多いようだ。カラスよけを設置しておくべきだったな」
よく考えれば大したアドバイスではないのだけど、この時の私は「なんて理知的な人なんだろう」と思ってしまった。
ラルフとの付き合いが浅い人ほど、彼の後出しアドバイスに感銘を受け、彼を“いつも的確なアドバイスをする素晴らしい人”のように評価してしまう。
だけど、婚約者ほどの密接な関係になると、だんだんと彼の正体が分かってくる――
シュベート家の邸宅にいる時、買い物からメイドが帰ってきた。
あまりに急な土砂降りにあったらしく、体じゅうが濡れている。ラルフから本を買うように頼まれていたのだが、庇い切れずそれも濡れてしまっている。
そんな彼女にラルフは――
「せっかくの本を濡れさせやがって!」
「申し訳ありませんっ……!」
「今日の雲行きなら雨が降ることぐらいいくらでも予想できたはずだろうが! 雨が降りそうだから傘を持っていく、なぜこんな簡単なこともできない!?」
ネチネチと雷を落とす。
今日は朝から爽やかな晴れ模様で、あれほどの天候の急変はおそらく誰も予想できなかった。
もしラルフに本当に予想できていたとしても、彼がメイドにそれを忠告する場面はなかった。
私は気づいた。
ラルフは相手を思ってとか、今後の再発を防止するためにとか、そんな気持ちでアドバイスをしているわけじゃない。
ただ、いい気になりたいだけ。
石につまずいて転んでしまった人に「地面を見ていれば石に気づけたはずだ」と後からならいくらでも言えるアドバイスをして見下して、勝ち誇りたいだけ。そこに「転んだ傷は大丈夫かい」「もう転ばないようにしなよ」などの気持ちは一切ない。
正体に気づいてしまうと、ラルフとお付き合いをしていくのが苦痛になった。
ラルフは世のさまざまな事柄に後出しアドバイスをする。
「狩りをしていた貴族が熊に襲われ怪我をしたそうだが、この時期の熊は気が立っているなんてことは分かり切っているのにな」
「馬車の手入れを怠るから、事故など起こすはめになるのさ」
「集団食中毒だとさ。衛生管理がなってないからこうなるんだ」
ラルフの言うことはなにひとつ間違っていない。全てが正しい。
なのに、私は相槌を打つことすら億劫になっていた……。
そして――決定的な事件が起こってしまう。
私の親友にペルナ・テールという子爵令嬢がいた。
栗色の髪をボブカットにした可愛らしい女の子だ。
彼女の生家は『パロン』という南方で盛んに栽培される果実を導入すべく、大規模な投資を行った。パロンは私も食べたことがあるけど、黄色い皮と果肉が特徴的な非常に甘くジューシィなフルーツだ。もし上手くいけば、王国に新たなスイーツの流行を生み出すことができ、テール家は大きく躍進したことだろう。
しかし、結果は失敗に終わる。
我が国は南方に比べて気温も湿度も低く、それが災いしたと思われる。
テール家はかさんだ債務をどうにかするのに東奔西走しているような状況だという。
夜会の最中、ラルフはペルナにニヤニヤしながら近づいた。
「散々な結果だったな、ペルナ」
「……はい」
ペルナもすでになんのことを言われているかは分かっている。
「パロンは南国原産のフルーツで、南方の気温や湿度だからこそ健康的に育つことができる。それを気温も湿度もさして高くない我が国で育てようなどと、浅はかなのもいいところだ」
ラルフのアドバイスが始まった。
ネチネチと、グサグサと、テール家の失敗を鬼の首でも取ったように責め立てる。
ラルフにとって他人の失敗は最高の栄養剤だ。近年、貴族がここまでの事業失敗をしたケースは稀だから、さぞアドバイスしがいがあるだろう。
ペルナは「おっしゃる通りです」とアドバイスを聞くしかない。
なぜなら、ラルフのアドバイスはなにひとつ間違っていないから。
転んでしまった者は、立っている者から「お前が転んだのはこういう理由だ」「こうすれば転ばなかったんだ」と言われれば、反論することなどできない。
ただし、ラルフが植物や果物に造詣が深いという話は聞いたことがない。
おそらく世間で言われている『テール家失敗の理由』をそのままトレースして、ペルナにぶつけているのだろう。
「テール家には経営のセンスが……、この先どうやって生きていくんだ……、先を見通す力がなさすぎる……」
滅多打ちだった。
言葉でのこととはいえ、親友が一方的に暴行を受け続ける姿に、ついに私は我慢できなくなった。
「ラルフ様」
ラルフが振り向く。
その顔は、あまりにも晴れやかだ。
自分が悪いなどとは微塵も思っていない顔だ。
だから、私も思わず口にしてしまった。
「あなたのアドバイスはいつも的確ですね。……後出しで」
途端にラルフの端正な顔が歪む。
「ど、どういう意味だ!?」
「そのままの意味ですよ。あなたはいつも後出しで、後からならどうとでも言えるアドバイスをするのが上手いな、と言ったんです」
ああ、言ってしまった――
「俺はいつも問題を分析して、その問題をどうすれば回避できたかの、アドバイスをしているんだ! 後出しなんかじゃない!」
ここまで怒るということは、この男にも自覚はあったみたい。
売り言葉に買い言葉で、ついにラルフは――
「アナベラ、お前のような生意気な女と結婚できるか! この場で婚約を破棄させてもらう!」
やはり、こうなってしまったか。
私も格上の婚約者に失言をした自覚はあるので、受け入れるしかない。
結局このまま私たちの婚約は破談となった。
ペルナに「私のせいで、ごめんなさい」と謝られたけど、ペルナのせいなんかじゃない。他ならぬ私のせいだ。
心の中にラルフが現れ、得意げな顔で私にささやく。
『婚約者の後出しアドバイスぐらい、聞き流して我慢するべきだったな。お前には忍耐力ってもんが足りないんだよ。貴族令嬢としてあまりに軽率すぎる』
いまいましいけど、ラルフの後出しアドバイスはやはり的確だった。
***
その後、私の社交は捗らなかった。
「婚約破棄された」という事実そのものがハンディになるのに、ラルフが私のことを「いちいち男に歯向かう生意気な女」などと喧伝したから、余計誰も寄りつかなくなってしまった。
ちなみにラルフはミラ・ドゥーエという男爵令嬢と新たに婚約を交わしていた。
ラルフの後出しアドバイスをいちいちすごいすごいと持ち上げるような女性だったので、相性はよさそうだ。
『アナベラを切ったのは正解だった。おかげでミラと出会えたんだからな』
『私もラルフ様に出会えて幸せ~』
こんなやり取りもしていたそうな。
それはさておき、私はペルナとお茶をしていた。
スイーツとしてパロンで作ったパフェがある。
テール家のパロン事業は完全に失敗したわけではなく、わずかに実ったパロンがあり、それをパフェにしたものだ。
「……美味しい!」
私は思わずこう叫んでしまう。
「うふふっ、でしょ。南方の人はパロンをそのまま食べる文化だけど、ケーキやパフェにするととっても映えるのよ」
テール家の事業は単なる絵空事ではなく、確かな勝算もあったことが窺える。
栽培さえ上手くいっていたなら、大きな利益を生んだに違いない。
しかし、今や債務をどうするかで追われている。ペルナの行く末にはまるで先が見えない。
先が見えないのは私も同じだ。
このままでは結婚相手も見つからず、家のお荷物になってしまう。
ラルフのような後出しではなく、“先出し”アドバイスをしてくれる人がいたらどんなによかったか。
しかし、ないものねだりをしても仕方ない。
私もペルナも、黒い霧に覆われた一寸先も見えない道を歩くしかない。
***
社交シーズンということもあり、未婚の私は王都を訪れていた。
さまざまな夜会に出るも、やはり成果は上がらない。
しかし、めげずに前を向いて、ある公園の近くを通りかかる。その時だった。
「下を見て歩いた方がいいよ」
声をかけられ、私は下を見る。
数歩先には、カタツムリがいた。もし下を見なければ、私は踏んでしまったかもしれない。
「あ……」
「ね?」
振り向くと、そこには青年がいた。ベンチにゆったりと腰かけている。
艶のある金髪で涼しい目つきが特徴的な人だった。
「そろそろ雨が降ってくる。僕は傘を持ってるから、よかったらここでおしゃべりしない?」
私は上を見る。晴れていて、とても雨が降るようには見えない。
「雨なんて降りそうもないですよ?」
「ま、いいからいいから。騙されたと思って」
「はぁ……」
カタツムリを踏まずに済んだお礼だと思って、私は隣に座った。
「あなたはいったい……」
「僕はイシュエル。イシュエル・フォルデルングだ」
一瞬ギョッとした。フォルデルング家といえば、名門公爵家。
そんなお方がなぜこんな小さな公園にいるのだろう。
「ここにいれば、面白い出会いができるかもしれないと思ってね」
「はぁ」
「そうしたら、君に出会えた。アナベラ・スフィア」
「! 私の名前を……」
「有名人だからね。婚約者だったラルフ・シュベートに『あなたのアドバイスはいつも後出しだ』なんて言ったんだって?」
「……はい」
「そりゃ怒るよ。それで婚約破棄というのはいきすぎとしても、失敗だったね」
「私もそう思っています」
「でもね、だからこそ会いたいと思ったんだ」
私を貶しているのか、褒めているのか分からない。のらりくらりとした稲穂のような話術だ。
この人の真意がまるで読めない。
すると――
「お、降ってきたね」
ぽつぽつと空から雫が落ちてきた。
イシュエル様は傘を差した。私も中に入れてくれた。
「……! どうして分かったんですか?」
「空を見ていたら、一つだけ小さな雨雲があった。風向きからして、こちらに流れてくるのが分かった。それだけのことさ」
なんていう先読み能力。
「面白い出会いができる」と読んでいたのも、本当なのかもしれない。
「どこかでお茶でもしない? この雨だし、急がないと席はすぐ埋まってしまうだろう」
「……はい」
私はこの誘いに乗った。
お茶自体は軽く済ませたけど、ここからなんとなく私とイシュエル様の交際が始まった。
***
イシュエル様は先読みの天才だった。
人の動きや天気の変化を当てるのは朝飯前。
たとえば相場なんかは、イシュエル様からすれば手に取るように分かってしまうという。
競馬をやればお金こそ賭けないけど、イシュエル様が「あの馬が勝つね」と言った馬は、大抵勝ってしまう。
“予知能力”と言ってしまっても差し支えなかった。
「なんでそんなに先のことが分かるんですか?」
と聞いたことがある。
すると意外な答えが返ってきた。
「ひょっとしたら臆病だからかもしれないね」
「え?」
「未来は誰にも分からない。それが怖いから、恐ろしいから、僕は先を先をと予測する癖がついて、結果先読みが得意になったのかもしれない」
誰よりも先出しアドバイスが得意な人の意外な素顔だった。
いつも自信たっぷりに「こうした方がいいよ」「結果はきっとこうなるよ」とおっしゃるイシュエル様だけど、内心人一倍「未来はどうなるか分からない」という恐れを抱えていた。
私は自然とイシュエル様の手を握っていた。
「……!」
イシュエル様も驚いている。
「私のこの行為はさすがに予測できなかったようですね」
私はしてやったりという顔をしてみせる。
「イシュエル様は臆病なんかじゃありませんよ」
「え……?」
「だって本当に憶病なら、婚約破棄されたような女に声をかけたりしませんって!」
イシュエル様も微笑む。
「そうかもしれないね」
私たちは手と手を繋いだまま、街を歩いた。
私とイシュエル様の仲は、少しずつ進展していった。
***
ある昼下がり、私はイシュエル様とお茶をしている時に大きな提案をした。
「……パロン栽培を?」
「はい。本格的に事業として取り組んでみたいんです」
親友ペルナの生家テール家が失敗した事業を引き継ぐ形で、パロン栽培に取り組んでみたい。私の中で前々から芽生えていた想いだった。
イシュエル様も私とペルナの関係は知っている。
「ペルナ嬢への友情……それとも同情かい?」
私は素直に答える。
「どちらでもないと言えば嘘になりますが、負けたくないんですよね。人間として、果物に」
イシュエル様の眉がピクリと動く。
「人間って色んな不可能と思われてたことに挑戦して、文明を発展させてきたじゃないですか。だったら、この国でパロンを栽培させることぐらいできると思うんです。挑戦してみたいんです。パロンを栽培して、収穫して、『どうだ、ざまぁみろ』って食べてやりたいんです」
イシュエル様とはずいぶん仲良くなっていたけど、これで別れを告げられてもかまわないぐらいのつもりで答えた。
ところが――
「面白い答えだ。やはり君に出会えてよかった」
一方で険しい口調で言う。
「君も僕の先読み能力は知っているだろう。僕の予測では、君の事業が成功する確率は低い。それでもやるかい?」
天気や競馬の結果さえ容易く当ててしまうイシュエル様からの、ありがたい先出しアドバイス。
ここで引き返せば君は助かるよ、大損しないよ、と教えてくれている。
だけど、私の答えは愚かにも変わらなかった。
「やります。私はパロン栽培を成功させてみせます」
イシュエル様はどうするだろう。
『せっかく忠告してあげたのに……残念だよ』
という失望する声が聞こえてくるようだ。
しかし、イシュエル様は爛々とした目で身を乗り出してきた。
「だったら、ぜひ僕にも協力させてくれないか?」
「え?」
あまりの勢いに私はたじろいでしまう。
「ペルナ嬢のテール家、君のスフィア家、そして僕のフォルデルング家で、新しくパロン栽培事業を立ち上げよう。そうと決まれば善は急げだ。さっそく取りかかろうか」
「は、はい」
お茶をそこそこに切り上げ、私たちはリベンジマッチともいえるパロン事業に乗り出した。
***
私はテール家の失敗を見てからというもの、パロンについて猛勉強していた。
今や原産国の人々より詳しいというぐらいに。
同時に、ペルナたちテール家の人たちからもよく話を聞いた。
我が国でパロンを育てるのは、やはり温度や湿度の観点から見ても厳しいということが分かった。
一方で、希望もあった。わずかに育ったパロン。これを土台にできれば、と思った。
私が考えたのは温室作りだった。
他国ではすでにガラスを用いた温室を使っての栽培技術が確立しており、私はその専門家を招く。
パロンに適した気候さえ作れれば、我が国でもパロンは育つはず、というのが私の発想だった。
テール家の失敗を生かし、私の知識を総動員し、フォルデルング家の財力も遠慮せずに借りる。
スフィア家の領地でも最も日当たりのよい平地にガラス製の温室が完成した。
しかし、ここからが難しかった。
やはり温度だけでは不十分。湿度や土壌など、さまざまな面で南国と似たような環境を作り出さねば、パロンは育たない。
「どう?」
「はい、この区画のパロンは順調ですが、こちらの区画のパロンは生育が遅いですね……」
「分かったわ。データを取って、原因を調査しましょう」
「はいっ!」
私は積極的に温室に出向き、パロン栽培の様子を観察する。
すると、イシュエル様も農作業をする格好で応援に来てくれた。
「どうだい、様子は?」
「今育てているパロンはだいぶ順調ですね。他にも苗を植えているところです。パロンは気候に敏感ですが、生長が早いですから、リトライしがいがあります」
「よし、僕も手伝うよ」
「ありがとうございます!」
公爵家嫡子であるイシュエル様が現場に来られると、やはり士気が高まる。
貴族が戦場で剣を掲げると、兵士たちは盛り上がるというけど、農業の分野でも同じことが起こるのだなと分かる。
幾度かの失敗を経て、やがて、ようやく商品として相応しいレベルのパロンが実った。
事業を始めてから二年ほど経った頃の快挙だった。
私はパロンを一口かじって、うなずいた。
「うん、これならイケる!」
収穫を手伝ってくれたペルナが私に笑顔を向ける。
「ありがとう、アナベラ……。私たちができなかったことを、やり遂げてくれて……」
「いいのよ、ペルナ。私がやりたくてやったことだしね」
イシュエル様も祝福の言葉をかけてくれた。
「おめでとう、アナベラ。君の勝利だ」
「はい、イシュエル様。私はこの勝利を誇ります!」
スフィア家で栽培したパロンは売れに売れた。
南国から輸入するパロンとはまた違う味わいになっており、従来以上にデザートによく合う味になっていた。温室を使っていることにより、わずかに生じた気候の差異が、いい働きをしてくれたのだろう。
南方からもこちらのパロンを輸入したいという申し出があるほどだった。
私のスフィア家はもちろん、事業に協力してくれたテール家とフォルデルング家も、大きな利益を得ることができた。
南国原産の果実パロンは、私たちの王国に新たな潤いを与えてくれた。
一方、このパロン事業に新たに参入しようとする者もいた。
かつての婚約者ラルフだ。
『アナベラ如きが栽培できたんだ。俺たちにもできるに決まってる!』
『その通りだわ、ラルフ様!』
ラルフは男爵令嬢ミラと結婚しており、私たちの後追いをするように、温室を組み立て、パロン栽培を始めた。
いつも正しい後出しアドバイスをしていた男は、やはり後出しビジネスでも成功を収めてしまうのか――
結果はノーだった。
両家の財産をつぎ込むほどの設備投資をしたにもかかわらず、シュベート家とドゥーエ家のパロン事業は大失敗に終わる。かつてのテール家が軽傷に思えるほどの赤字になった。
私はパロンを猛勉強した上、「失敗を経験したテール家」と「潤沢な資金を持つフォルデルング家」という強い味方がいた。だからこそ、二年という短い期間でパロン栽培を成功できた。
他人の失敗をあざ笑い、評論し、後出しすることしか能がないラルフに、イシュエル様ですら「難しい」と評したパロン栽培を上手くできるはずもなかった。
『なぜだっ! アナベラ如きができたことが、なぜできない!? 俺はいつも正しいはずなのにぃ!』
出来損ないのパロンだらけの自身の温室で、頭をかきむしりながらこう叫ぶラルフが目撃されている。
シュベート家とドゥーエ家の財政は一気に傾き、その責任を負う形で、ラルフとミラは揃って家から追放され、社交界から抹消される。
二人を待ち受けるのは黒い霧に覆われた道だ。それも、私やペルナが味わったものどころではない濃さの――
***
ある夜、私はイシュエル様と待ち合わせをしていた。
場所はパロンを育てている温室。
私はパロンの葉っぱを撫でながら言う。
「彼らを上手く育てることができたのはイシュエル様のおかげです」
イシュエル様は首を横に振る。
「いや、僕の力など微々たるものさ。僕は君の歩みにほんのわずか力を貸したに過ぎない」
私は葉っぱから指を離す。
「そういえば、イシュエル様は最初『パロン栽培が成功する確率は低い』とおっしゃいましたね。あれは本当だったのですか?」
私はイシュエル様をじっと見る。
「本当だったよ。難しいと思ってた。だけど、あの時――」
『やります。私はパロン栽培を成功させてみせます』
「あの言葉を聞いた瞬間、僕の目でも君の行く末が分からなくなった。成功か、失敗か……」
イシュエル様も私を見つめる。
「常に未来を先読みして、失敗しないように歩くのもいいだろう。後出しで他人の失敗を評論しつつ安全な道をゆくという生き方もあるかもしれない。しかし、あの時の君はどちらでもなかった。自分は何があってもこの道を進むと、そんな決意に満ち満ちていた」
その通りだ。当時の私は何があってもパロン栽培を成功させてやると心に決めていた。
「そんな君を僕は美しいと思った。だから、パロン栽培を手伝わせてもらい、そして……君と一緒になりたいと思ったんだよ」
「ありがとうございます」
私とて気持ちは同じ。
私たちの苦労と成功の象徴であるパロンに囲まれながら、まっすぐ見つめ合う。
「結婚しよう」
「はい……!」
婚約期間は必要なかった。
だって、私たちがパロン栽培に情熱を注いだ日々が、そのまま婚約期間のようなものだったから。
私の目に、よく熟したパロンの果実が映る。
それはまるで、私とイシュエル様の愛のようだった。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




