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大人になると人生はクソゲー化する  作者: ドネルケバブ佐藤


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1/1

佐藤真理子の場合

オムニバス式に投稿しやす



「優奈、早く! 塾に遅れるわよ!」


佐藤真理子の声が、マンションの廊下に響いた。時計を見ると、午後五時四十五分。英語塾の開始まで、あと十五分しかない。


「今行く!」


娘の優奈が、リビングから出てきた。中学二年生の彼女は、重そうなリュックを背負っている。疲れた顔をしていた。


「ほら、お弁当。夕飯は塾で食べなさい」


真理子は保温バッグを手渡した。栄養バランスを考えた手作り弁当。タンパク質、野菜、炭水化物のバランスは完璧だ。


「ありがとう」


優奈は小さく言って、玄関を出た。真理子も車のキーを握り、後を追う。


車で塾まで送る十分間、真理子は優奈に声をかけた。


「今日の小テスト、どうだった?」


「まあまあ」


「まあまあって? 何点?」


「八十五点」


真理子は眉をひそめた。


「八十五? 前回より下がってるじゃない。どうしたの?」


「ちょっと難しかっただけ」


「でも、次は満点取らないと。夏期講習で取り返しましょう」


優奈は黙って窓の外を見ていた。


塾に着くと、優奈は小さく「じゃあ」と言って降りた。真理子は車の中から、娘が建物に入っていく姿を見送った。


英語塾が終わるのは午後九時。その後、家に帰って夕飯の片付けをし、明日の準備をする。そして、午後十一時過ぎにもう一度車で迎えに行く。


これが、真理子の日常だった。


### 2


佐藤真理子は、四十二歳。かつては、全く違う人生を歩んでいた。


二十年前、大学を卒業したばかりの真理子は、自由を愛する若者だった。美術大学でグラフィックデザインを学び、卒業後はフリーランスのデザイナーとして活動していた。


「安定なんてつまらない。私は表現者として生きる」


友人がみな大企業に就職する中、真理子は誇らしげにそう宣言した。


収入は不安定だった。月によっては十万円にも満たない。でも、それでよかった。自由があった。誰にも縛られず、好きな仕事を選び、好きな時間に働く。それが真理子の理想だった。


二十代の終わり、真理子は同じくフリーランスの写真家、健太と結婚した。二人とも収入は不安定だったが、それでも幸せだった。狭いアパートで、好きなことをして生きる。それが最高の人生だと信じていた。


しかし、転機は突然訪れた。


三十歳で妊娠した時、真理子は初めて現実を見た。


「子供を育てるには、お金がかかる」


産婦人科の請求書を見て、真理子は愕然とした。出産費用だけで数十万円。そして、これからミルク代、おむつ代、服代……計算するだけで目眩がした。


健太の収入も不安定だった。フリーの写真家として、彼もまた好きな仕事を追いかけていた。しかし、それでは家族を養えない。


真理子は決断した。


「安定した収入を得なければ」


デザイン会社に就職した。正社員として。給料は安定したが、自由は失った。朝九時から夜七時まで、会社に縛られる日々。クライアントの要望に従い、自分の表現を抑える毎日。


それでも、子供のためだと思えば耐えられた。


娘の優奈が生まれた時、真理子は誓った。


「この子には、私のような苦労はさせない」


### 3


優奈が小学校に入学する頃、真理子の執着はさらに強くなっていた。


「教育が全て」


それが真理子の信念だった。良い教育を受けさせれば、良い学校に入れる。良い学校に入れば、良い会社に就職できる。そして、安定した人生を送れる。


真理子自身が、不安定な人生で苦労したからこそ、その信念は揺るがなかった。


小学一年生から、優奈は習い事漬けの日々を送った。


月曜日は英会話。火曜日はピアノ。水曜日は水泳。木曜日は習字。金曜日は算数塾。土曜日はプログラミング教室。日曜日だけは休みだったが、その日は家庭学習の日と決められていた。


「優奈、これは全部あなたのためよ」


真理子は何度もそう言い聞かせた。


優奈は文句を言わなかった。おとなしい子だったから、母親の言うことに従った。


小学四年生になると、真理子は中学受験を決意した。


「公立中学じゃダメ。私立の進学校に入れなければ」


優奈の習い事は整理され、代わりに進学塾が加わった。週三回、午後六時から九時まで。宿題の量は膨大だった。


真理子は仕事を時短勤務に変えた。収入は減ったが、優奈の送迎と勉強のサポートのためには必要だった。


夕飯は塾の前に急いで食べさせる。弁当を持たせる。帰宅後は復習。就寝は午後十一時を過ぎることもあった。


「頑張って。あと二年で受験よ」


真理子は優奈を励まし続けた。


そして、優奈は頑張った。母親の期待に応えようと、必死に勉強した。


結果、第一志望の私立中学に合格した。


真理子は泣いて喜んだ。これで優奈の未来は開けた。そう信じた。


### 4


しかし、中学に入ってからも、真理子の執着は終わらなかった。


「中学受験はゴールじゃない。スタートよ」


真理子は優奈に言い聞かせた。


進学校に入ったからには、そこで上位を維持しなければならない。そして、三年後の高校受験、その先の大学受験。ゴールはまだまだ遠い。


優奈のスケジュールは、さらに過密になった。


学校の授業だけでなく、放課後は塾。週五日、午後六時から九時まで。土曜日は模試。日曜日は自宅学習。


真理子は優奈の成績を細かくチェックした。テストの点数、順位、偏差値。全てを記録し、分析した。


「次は数学をもっと頑張らないと」


「英語は良いけど、国語が弱いわね」


「理科の応用問題、もっと演習が必要よ」


真理子の助言は、常に的確だった。教育ママとしての彼女は、完璧だった。


優奈の成績は、確かに向上した。学年でも上位十パーセントに入る成績。真理子は満足した。


しかし、優奈の表情は、日に日に暗くなっていった。


「お母さん、ちょっと疲れた……」


ある日、優奈がぽつりと言った。


「疲れた? でも、来週模試でしょう? 今休むわけにはいかないわ」


「うん、分かってる……」


優奈は部屋に戻り、また机に向かった。


真理子は少し心配になったが、すぐに気持ちを切り替えた。


「これも優奈のため。今頑張れば、将来楽になる」


それが真理子の信念だった。


### 5


優奈が中学二年生になった春、小さな事件が起きた。


学校の美術の授業で、優奈が描いた絵が、先生から高く評価された。自由な発想と、独特の色使い。先生は優奈に「才能がある」と言った。


優奈は嬉しそうに、そのことを真理子に報告した。


「お母さん、先生が褒めてくれたの。もっと絵を描きたいって」


真理子は一瞬、昔の自分を思い出した。美術大学で、自由に創作していた日々。あの頃は、楽しかった。


しかし、すぐに我に返った。


「それは良かったわね。でも、絵は趣味でいいの。今は勉強が大事よ」


「でも……」


「絵でご飯は食べられないわ。お母さんが一番よく知ってるの」


真理子の声は、きっぱりとしていた。


優奈は黙った。それ以上、絵のことは言わなかった。


その夜、真理子は一人で考えた。


自分は間違っているのだろうか。


いや、間違っていない。現実を知っているからこそ、優奈を正しい道に導いている。


芸術で食べていくことの厳しさ。不安定な収入。将来への不安。真理子は全て経験した。


だからこそ、優奈には安定した人生を歩んでほしい。


それが、母親としての愛情だ。


真理子はそう自分に言い聞かせた。


### 6


しかし、優奈は変わり始めていた。


中学二年の夏、優奈は以前より無口になった。学校のことも、友達のことも、あまり話さなくなった。


「優奈、何かあったの?」


真理子が尋ねても、優奈は「別に」とだけ答えた。


成績は維持していた。むしろ、以前より良くなっていた。だから、真理子は大きな問題だとは思わなかった。


しかし、夫の健太は違った。


「真理子、優奈の様子がおかしくないか?」


ある晩、健太が真理子に言った。


「おかしい? 成績は良いわよ」


「そうじゃなくて……なんだか、元気がないんだ」


「疲れてるだけよ。受験生だもの」


「でも……」


健太は言葉を濁した。彼も、フリーランスから会社員に転職していた。家族のために。しかし、彼はまだ、かつての自由を懐かしんでいた。


「優奈に、もっと自由な時間を与えたほうがいいんじゃないか」


「自由? 今は勉強が大事なの。自由なんて、大人になってからいくらでも手に入るわ」


真理子は即座に反論した。


「でも、子供の時にしかできないこともあるんじゃないか」


「例えば?」


「遊ぶとか、友達と過ごすとか……」


「そんなの、いつでもできるわ。でも、受験は今しかないの」


健太は黙った。妻と言い争っても、勝てないことを知っていた。


### 7


秋になり、優奈の様子はさらに悪化した。


朝、起きるのが遅くなった。食欲も落ちた。勉強中にぼんやりすることが増えた。


そして、ある日。


「お母さん、塾休みたい……」


優奈が小さな声で言った。


真理子は驚いた。優奈が、自分から塾を休みたいと言ったのは初めてだった。


「どうして? 体調が悪いの?」


「そうじゃないけど……なんか、疲れた」


「疲れたって、来週テストでしょう? 今休むわけにはいかないわ」


「でも……」


「優奈、これはあなたのためなの。分かってる?」


真理子の声は、少し強くなった。


優奈は黙って、塾に行く準備を始めた。


その後ろ姿を見て、真理子は少し罪悪感を覚えた。でも、それは子供のためだと、自分に言い聞かせた。


しかし、その夜、事態は急変した。


塾から帰ってきた優奈が、突然泣き出したのだ。


「どうしたの!?」


真理子は驚いて駆け寄った。


「もう……無理……」


優奈は、床に座り込んで泣いた。


「何が無理なの? 何があったの?」


「全部……全部無理……」


優奈は言葉にならない声で泣き続けた。


真理子は、初めて娘が壊れかけていることに気づいた。


### 8


翌日、真理子は学校のカウンセラーと面談した。


「佐藤さん、優奈さんは相当なストレスを抱えています」


カウンセラーの女性は、穏やかだが真剣な口調で言った。


「ストレス? でも、私は優奈のために……」


「それは分かります。でも、お母様が良かれと思ってやっていることが、優奈さんにとっては重荷になっているんです」


真理子は反論しようとした。しかし、言葉が出なかった。


「優奈さん、最近友達ともあまり話さなくなっているそうです。休み時間も、一人で勉強している。放課後も、すぐに塾に行ってしまう」


「それは、勉強熱心だということでは……」


「いいえ。優奈さんは、お母様の期待に応えようと必死なんです。でも、それが辛いんです」


カウンセラーの言葉が、真理子の胸に刺さった。


「少し、休ませてあげてください。優奈さんには、自分の時間が必要です」


真理子は黙って頷いた。


### 9


その日から、真理子は優奈のスケジュールを少し緩めた。


週五日だった塾を、週三日に減らした。土曜日の模試も、月一回にした。


優奈は、少しずつ表情が明るくなった。


友達と遊ぶ時間も増えた。好きな漫画を読む時間も増えた。


そして、再び絵を描き始めた。


ある日曜日、優奈はリビングでスケッチブックに向かっていた。色鉛筆で、何かを描いている。


真理子は、その姿を見て、複雑な気持ちになった。


これでいいのだろうか。


勉強時間が減った分、成績が落ちるのではないか。


そんな不安が、真理子の心を支配した。


そして、真理子の不安は的中した。


次の定期テストで、優奈の成績が下がったのだ。


それまで学年十位以内だった順位が、三十位まで落ちた。


真理子は焦った。


「優奈、これはまずいわ。また塾を増やしましょう」


「えっ……でも……」


「このままじゃ、高校受験に間に合わないわ」


「お母さん、僕……」


優奈は「僕」と言いかけて、口をつぐんだ。最近、優奈は一人称が安定しなくなっていた。


「僕じゃなくて、私でしょう? ちゃんとしなさい」


真理子は注意した。


優奈は黙った。


### 10


冬が来た。


真理子は再び、優奈のスケジュールを詰め始めた。カウンセラーの助言は、もう頭になかった。


「今が大事な時期なの。高校受験は、人生を左右するのよ」


真理子の言葉は、以前にも増して強くなった。


優奈は再び、無口になった。朝起きるのも遅くなり、食事もほとんど食べなくなった。


健太は何度も真理子に言った。


「もう少し、優奈に自由を与えたほうがいい」


「自由? そんなもの、大人になってからいくらでもあるわ」


「でも、優奈は明らかに辛そうだ」


「一時的なものよ。受験が終われば、楽になるわ」


健太は諦めた。


そして、ある夜。


優奈が、突然真理子に言った。


「お母さん、聞きたいことがある」


「何?」


「お母さんは、昔何をしてたの?」


真理子は戸惑った。


「昔? デザインの仕事よ。知ってるでしょう?」


「それって、楽しかった?」


真理子は言葉に詰まった。


「まあ……楽しかったけど、大変だったわ」


「じゃあ、なんでやめたの?」


「それは……あなたを産んだからよ。お金が必要だったから」


優奈はじっと母親を見つめた。


「お母さんは、自分の夢を諦めたの?」


「夢? そんな大げさなものじゃないわ。ただ、現実的な選択をしただけ」


「でも、後悔してない?」


真理子は答えられなかった。


後悔しているのだろうか。


自分でも、分からなかった。


「優奈、どうしてそんなことを聞くの?」


「……別に」


優奈は部屋に戻った。


### 11


そして、運命の日が来た。


中学二年の終わり、三月のある日曜日。


優奈は、リビングで一人、絵を描いていた。スケッチブックには、鳥籠の絵があった。その中に、小さな鳥が閉じ込められている。


真理子は、その絵を見た瞬間、胸が苦しくなった。


「優奈、その絵……」


「お母さんには関係ないよ」


優奈の声は、冷たかった。


「関係ない? どういう意味?」


「お母さんは、僕のことなんて本当は分かってない」


「優奈!」


真理子は声を荒げた。


「私があなたのために、どれだけ頑張ってきたと思ってるの!」


「頑張ってほしいなんて、頼んでない」


優奈の言葉が、真理子の胸に突き刺さった。


「何ですって?」


「お母さんは、自分が満足したいだけ。僕の人生じゃなくて、お母さんの理想を僕に押し付けてるだけ」


「違う! あなたのためを思って……」


「僕のため? 本当に?」


優奈は立ち上がり、真理子を見つめた。その目には、涙があふれていた。


「お母さんは、僕に何をさせたいの? いい学校に入れて、いい会社に入れて、安定した人生を送らせたいんでしょう?」


「そうよ! それが幸せでしょう!」


「それは、お母さんの幸せ。僕の幸せじゃない」


真理子は言葉を失った。


「僕は……僕は、絵を描きたい。音楽を聴きたい。友達と遊びたい。自由に生きたい」


「そんな甘いこと言って! 現実はそんなに甘くないのよ!」


「お母さんみたいに?」


優奈の言葉に、真理子は凍りついた。


「お母さんは、自分の夢を諦めて、安定を選んだ。そして今、その選択を僕にも押し付けてる」


「それは……」


「でも、お母さん自身は幸せなの? 本当に、今の人生で満足してるの?」


真理子は答えられなかった。


「僕は……お母さんみたいな、自分のない人間にはなりたくない」


その言葉が、真理子の心を打ち砕いた。


優奈は部屋に戻り、ドアを閉めた。


真理子は、リビングに一人取り残された。


### 12


その夜、真理子は眠れなかった。


優奈の言葉が、頭の中で繰り返し響いた。


「お母さんみたいな、自分のない人間にはなりたくない」


自分のない人間。


それは、真理子自身が一番恐れていた言葉だった。


真理子は、押入れの奥から古いポートフォリオを取り出した。二十年前、デザイナーとして活動していた頃の作品集。


ページをめくると、若き日の自分の作品が並んでいた。


自由な発想。大胆な色使い。制約のない表現。


それは、確かに自分が作ったものだった。


でも、今の自分には、もう作れない。


いつから、自分は変わってしまったのだろう。


表現者として自由に生きると誓っていた少女は、どこへ消えたのだろう。


真理子は、自分の人生を振り返った。


結婚。出産。そして、安定を求めて会社員になった日。


それは、現実的な選択だった。子供のために必要な選択だった。


でも、その過程で、自分自身を失っていたのではないか。


そして今、自分は娘に同じことをしようとしている。


優奈の自由を奪い、安全な檻に閉じ込めようとしている。


真理子は、涙があふれるのを感じた。


### 13


翌朝、真理子は優奈に謝った。


「優奈、ごめんなさい」


朝食の席で、真理子は頭を下げた。


優奈は驚いた顔をした。


「お母さんは……間違っていたわ」


真理子の声は震えていた。


「あなたのためと思って、色々押し付けてきた。でも、それは本当はお母さん自身の後悔を、あなたに投影していただけだった」


優奈は黙って聞いていた。


「お母さんは、若い頃、自由に生きていたの。でも、それが不安定で、怖かった。だから、安定を選んだ。そして、その選択を正当化するために、あなたにも同じ道を歩ませようとした」


真理子は涙をこらえながら続けた。


「でも、それは間違いだった。あなたには、あなた自身の人生がある。お母さんの人生じゃない」


「お母さん……」


「これから、変えるわ。あなたの好きなように生きていい。絵を描きたいなら、描きなさい。お母さんは、応援するから」


優奈の目からも、涙がこぼれた。


母娘は抱き合って泣いた。


### 14


それから、真理子の人生は少しずつ変わった。


優奈の習い事を大幅に減らした。塾も、週一回だけにした。


優奈は、再び笑顔を取り戻した。友達と遊び、絵を描き、音楽を聴く。


成績は少し下がったが、真理子はもう気にしなかった。


そして、真理子自身も変わり始めた。


週末、久しぶりにデザインソフトを開いた。指は鈍っていたが、少しずつ感覚が戻ってきた。


夫の健太は、嬉しそうに言った。


「真理子、久しぶりにいい顔してるな」


「そう?」


「ああ。昔の真理子に戻ったみたいだ」


真理子は微笑んだ。


でも、完全に昔には戻れないことも、真理子は分かっていた。


二十年という時間は、取り戻せない。失ったものは、もう戻らない。


それでも、これから少しずつ、自分を取り戻していける。


そう信じることにした。


### 15


数ヶ月後。


優奈は、美術部に入った。顧問の先生は、優奈の才能を高く評価した。


「佐藤さん、優奈さんは将来、芸術の道に進むかもしれませんね」


真理子は、複雑な気持ちで頷いた。


かつての自分と同じ道。不安定で、厳しい道。


でも、それを止めることはしなかった。


「優奈が決めることです」


真理子はそう答えた。


家に帰ると、優奈は居間で絵を描いていた。


以前描いた鳥籠の絵は、壁に貼ってあった。でも、その隣には新しい絵があった。


鳥籠の扉が開いていて、鳥が空に飛び立とうとしている絵。


真理子は、その絵を見て涙があふれそうになった。


「お母さん、見て。これ、お母さんのために描いたの」


優奈が振り返って言った。


「私のために?」


「うん。お母さんも、自由になっていいんだよ」


真理子は、娘を抱きしめた。


「ありがとう、優奈」


二人は、しばらく抱き合っていた。


### エピローグ


それから一年後。


優奈は高校受験を控えていた。第一志望は、芸術科のある高校。


真理子は、少し不安だったが、優奈を信じることにした。


そして、真理子自身も変わっていた。


会社を辞め、再びフリーランスのデザイナーとして活動を始めた。収入は不安定だが、充実感があった。


ある日、優奈が真理子に言った。


「お母さん、最近楽しそうだね」


「そう? でも、不安定よ」


「でも、お母さんらしいよ」


真理子は微笑んだ。


自分らしく生きる。


それは、二十年前に失ったものだった。そして今、娘のおかげで取り戻しつつある。


「優奈、ありがとう」

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