転生したら前世の幼馴染がイケメン婚約者ってどういうことですか?!
※自死を含む表現が含まれています。十分に注意してお読みください。
※あくまでフィクションです。
ある侯爵家の一室で婚約者の初顔合わせが行われていた。豪華絢爛な装飾が広い一室を寂しく感じさせないようにお行儀よく飾られている。それを横目に私は初めて会う婚約者に対し完璧なカーテシーをぶちかました。
両親からも完璧にふるまうように言い含められている。今日はおしとやかに行くぞ!
そう意気込んだ矢先だった。
「…小林?」
「…は?」
その目標は塵となって崩れ去った。
この世には異世界転生という現象があるらしい。しかし、そんなものは人間の妄想で、到底起こり得ないと思っていた。
いままでは、ね。
もともと私はしがない高校生の林 紗理奈だったが、漠然と生きる理由に悩み始め、その理由はないのではないかと思い、地元で有名な崖から身を投げた。
しかし、その時に世界がぐるりと回って気が付いたら、見知らぬ貴族に転生していた。
最初は初めてのことだらけだったが、転生してから約5年がたった今はもうずいぶん慣れた。周りのことも、私自身のこともようやくつかめてきた。
どうやら私はイェイツ侯爵家の一人娘クリスで、蝶よ花よと育てられたあげく傲慢になり、普段からメイドに当たり散らしていたところに運悪く頭をぶつけ気を失ったらしい。なにもわからない私を見て両親は記憶喪失として都合よく捉えてくれた。
これからはメイドたちにも優しくしようとパワハラ防止委員会を心に設置し、徹底的にパワハラを疑われる行動を避け、できるだけみんなに優しく、笑顔を保って接するようにした。その結果お屋敷の中では「お嬢様が成長した~」と涙ぐむ使用人も出てきているとかいないとか。
まぁそんなわけで私は順風満帆な人生を送っていたはずであった。
が、ここで大きな問題が発生した。
婚約者が前世幼馴染の八神 累だったのである。
なんでわかったのかって?
ここで冒頭に戻ってみてほしい。
累が顔合わせ早々に「小林」と前世のあだ名をつぶやいたからだ。それも彼しか言わないはずの。
私の前世の苗字は「林」であるが、中国語には親しい人に対し「小」をつける文化があり、「小林」って響きかわいいよねと話したことをきっかけに定着したあだ名である。
幼稚園に入る前からお母さんの付き合いで遊ぶようになって、小中高ずっと一緒に登下校していた。その経験から、人の顔見てそんなことをつぶやくのは累しかいない、と無駄な自信をもって言える。
だがどうしたものかな。
婚約者として紹介された男性が前世の幼馴染だったというだけでも気まずいのに、今回の累があまりにもイケメンすぎていまだ直視できていないのも気まずい。
累、もといノエル・フォークナー様は社交界でも有名なイケメンで、短く切りそろえられた黒髪にルビーのような赤い目、そんでもって王国騎士団の中でも指折りの実力者らしいと噂の逸材である。
対して私は長い群青色の髪に金色の瞳を持っているただの貴族令嬢である。
触らぬ神にたたりなしともいうし、黙秘を貫いて、この秘密は墓場まで持っていこうか。
「…申し訳ありません。取り乱してしまいました。初めて聞いた言葉でして。おほほ…。」
うまくごまかせているのだろうか。少々不自然だったかもしれない。
挨拶もできたし、ボロが出る前にここいらで私は退散したいところだ。
「今日はあり…」
「よろしければゆっくりお話ししたいのですが、わがフォークナー家自慢の温室でお茶でもいかがでしょう?」
「え。」
「いいじゃない!私たちは退散して若い子だけにしてあげましょうか。」
食い気味に誘われた。
累と累ママからの逃がさないぞという圧がすごい。今も私の瞳をじっと見つめて、首を縦に振れよと圧力をかけてくる。
「ぜ、ぜひお願いしたいですわ。おほほ…。」
おわった。
これは問い詰められること間違いなしだ。
おもむろに累のエスコートでいい香りのする温室に入る。そこら中に見たこともないような花が咲き乱れて、いくつもの蝶がひらひらと舞っている。キラキラと太陽の光が差し込み、草木についた水滴が星のように反射している。
「すっごくきれい…!」
ついこぼれた独り言に、なぜかまぶしいものでも見るように累はふっと目を細めた。
「わが温室はお気に召しましたか?」
「はいっ!」
そう反射的に答えてしまうほどきれいだった。
温室鑑賞もそこそこに席に着くと、累自ら紅茶を入れ始めた。
お湯を注ぐ角度、蓋にそっと触れる左手、なぜか下を向くと左に傾いてしまう頭。
どれをとっても累で、声も顔も全部違うのになぜか累と重なって見えた。
「角砂糖二つと蜂蜜少し?」
確信したような笑みとともに聞いてくる。
わかってるくせに。
素直に答えるのは癪だが、ここでウソつくのは何か違う気がする。
「…はぁい。」
ずいぶん不貞腐れたような返事になってしまった。
まずい、と思ってチロリと累を盗み見る。
累は爆笑が抑えきれていないようで、肩を大きく揺らし、ティースプ―ンで混ぜる手が震えている。
それに抗議するようにジロリと見上げると、累はしまったというような顔を一瞬した後ゆっくりと紅茶を差し出した。
香りをかぐとオレンジがふんわりと薫り、その水面には少しこわばった顔の女性がうつる。
一口飲んでみると茶葉が違うはずなのに懐かしい味がした。
時々学校の帰りに累の家で飲ませてもらっていた紅茶の味だ。
「懐かしいでしょ、その味。」
なんでわかったんだろう。不思議になって累のほうを見る。
「あ、今度はなんでわかったんだろうって思ったでしょ。小林、すぐに顔に出るからわかりやすいんだよね。」
そういって今度はケラケラと声を上げて笑った。
私は少し恥ずかしくなってうつむいた。
彼はひとしきり笑い、疲れたようにため息を吐いた。
しばらく無言になったあと、まるで禁忌を犯すような子供の目で私を見た。
「なんでいなくなったの?」
静かだった。音なんてしないのに、午後の西日が肌をチリチリ焼く音と聞こえた。
「…別に。栄養失調じゃない?」
「そうじゃない。」
「じゃあ、なに?」
「…。」
空気が重い。息を吸うのも精いっぱいで、意識的に呼吸しないと止まってしまいそうだった。
「別に小林をせめてるわけじゃない。ただ、大切な人が急に目の前からいなくなる悲しみを、絶望を、知っているかどうか聞きたかっただけ。」
「…知らないわよ、そんなの。知るわけないじゃない。それに、累とは関係ないでしょ。」
言ってしまった。
言葉を発した後にする後悔ほど、取り消したいものはないだろう。
すぐ取り消せるのに、弁明できるのに、なぜかできなかった。
怖くて累の顔を見れない。
「関係あるよ。俺、紗理奈のこと好きだから。」
はじかれたように累を見た。
信じられないものを見るような目で見てしまう。
鮮紅色の瞳と目が合う。
吸い込まれそうだ。
そこには虚言は含まれていないように感じた。
「やっと目があった。」
不意に頬をぎゅむっとつかまれ、累の顔が近づく。
累の黒い髪が頬にかかる。
あまりの至近距離にぎゅっと目をつぶった。
数秒後、何もないまま解放され、そこにはいたずらが成功したような顔をした累がいた。
「俺、紗理奈がいなくなってから本当に辛かった。目の前が真っ暗になって、なんで想いを伝えとかなかったんだろうって後悔した。何度も世界から自分を消すにはどうしたらいいだろうってそればかり考えてた。」
累が私の方に手を伸ばす。互いの手をぎゅっと握る。存在を確かめるように。ここにいるよ、と言外に伝えるように。
「でもさ、紗理奈がいなくても地球は回るし、日は昇って沈む。時は無常なんて言うけど、ホントにその通りで。だんだんと紗理奈がいない世界にも慣れてきて。うれしくもあったけど、寂しくもあった。」
何故か無意識に慰めたくなって、肩に手を置いた。自分より大きいはずの背中が、小さく、震えて見えた。
「だからね、紗理奈のこと、忘れちゃいけないと思いながら生きて、死ぬ間際に神に祈ったの。もう一度チャンスをくださいって。だから今日この場で会った時、本能ですぐにわかった。紗理奈だって。」
びっくりしたよね、と頭をかきながら困ったように笑った。
そうだよ、ホントにびっくりしたんだから、とか。私のことなんて忘れてしまえばよかったのに、とか。言いたいことは喉の下まで来たけど、口には出せなかった。
「紗理奈。人は生きることに理由なんてなくて、ただ漠然と生きてるだけかもしれない。だけど、それでも進んだ先にすごく小さなことでもやり遂げたことがあって、死ぬときになってみてやっとわかる実績もあるんだよ。」
累はまるでゲームみたいだねとカラカラ笑った。やってみたときになって初めて実績が解除されるなんて分かりにくよね。
「俺はその実績を解除してみたくて、前世はしっかり生きてみたんだ。ちなみに俺の実績なんだったと思う?」
「そんなの分からん。」
「小林を愛してた、だよ?」
「…は?」
また沈黙が訪れる。
大事なとこで何言ってんだ、こいつ。
キョトンとした顔をすれば許されるわけじゃないからね。
でもそれが少しモヤモヤしていた心にストンと落ちてきて、そのモヤモヤを霧散させてしまった。
端から累は、こういう人だった。
だから面白いし、好きだ。
「累。」
「ん?」
「大好きだよ。」
みるみるうちに累の顔が朱に染まる。
視線が左右に揺れて、片手で口元を覆う。それがどこか可笑しくて、令嬢あるまじくお腹をかかえてゲラゲラ笑った。それにつられるように累も笑いだし、温室中に笑い声が響いた。まるで体が軽なって、ぽかぽかしていた。
温室から戻ったら、婚約者の顔合わせは無事に終わったということで私たちの婚約が発表され、その2年後に結婚が発表された。
結婚式では私の両親よりも累が号泣するハプニングがあったものの、無事にとりおこなわれ、私たちは晴れて夫婦になった。
「ねぇ、累。私が死んだ後累はどうしたの?」
「もし来世でまた会えた時は絶対かっこいい人になって紗理奈に想いを伝えようって決めてたから、そのための修行してた。」
「ふふ、なにそれ。」
「ほんとだよ?」
「幸せだった?」
「…うん。でも今の方が幸せ。」
「…よかった。」
その後、私たちは王国でも有名なおしどり夫婦として語り継がれるのはまた別のお話。
読んでいただきありがとうございました!
少ししっとりな感じにしてしまいましたが、いかがだったでしょうか?楽しんでいただけていたら幸いです。