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世界は裏でまわってる  作者: 最上 品
95/120

95.一雫

もう一話ありますよぅ


2/3


 一人が注文すれば、他の客も注文するもので。


 出囃子ライスはお昼をずらしたお客さん達を喜ばせる事になったのですが、焦ったのはまだ賄いを食べていない女給仲間。

 賄いが客にも出るようになったという事は、自分の分が減っていっているという事にすぐに気が付いたみたいで、我先にと残りの女給が一気に集まる。

程なくして、今日の賄いの鍋は空っぽに。


「あっ!?」


みんなも喜んでくれたことはとても嬉しかった。

ただ、自分の分を食べていなかった事に気づく。


「何事か!?」


 私の大きな声に大将が慌てますが、自分の分がなくなったというのはちょっと恥ずかしい状態。


「皆さんが満足してくれたのはよかったのですが、自分の分を忘れてしまいまして……」

「ああ、だったら、丁度いいから一つ頼めるか?」

「丁度いい、ですか?」


 大将はそう言うと、空っぽの鍋をコンロの所へ移し、少量の水を鍋に足します。


「客にも出しちまったから、また注文が入ったときに、出せないとは言えねぇ。レシピを教えてくれって言うのは、都合が良すぎる言葉だと理解しているが、何とか頼めないか?」

「ああ、それは全然かまいませんよ。じゃあ、私の分を作るという形で、しっかりと伝えればいいですかね?」

「いいのか?」

「ええ。あ、でももしよければ……ですが、出来るだけこういう風なレシピというのは公開していって欲しいです。今は無理でも、これから頑張っていくこの国に美味しいモノはいくらあっても困りませんからね」

「それは、構わないが……、寧ろ本当に、いいのか?」

「美味しいモノは独り占めしても、先は短い。であるならば、広く浸透させて先の長い味にするのは、とても素敵じゃありません?」


 戸惑う大将に、丁寧に作り方を教えさせてもらうのですが、ちょうど同じタイミング、客席でも少しばかりの騒ぎがあったのか、ガヤガヤと声が厨房まで聞こえる。




「紫乃、この賄いライスは……また食べられるのか?」

「うーん、どうだろうね?タエちゃんが今日作ってくれたみたいだから、また頼めばいいとは思うけど……、大将の料理じゃないから……何とも」

「そう、なのか。肉もあるし野菜の美味さもあって、カリーライスとは違った美味さを感じる料理で、何よりも辛さが無いから、ばあちゃんにも食べさせられるんだよ」

「あー、辛いのが得意じゃ無い人もいるからねぇ」


 紫乃さんと若旦那の二人が食べたばかりの賄いについて、あーだ、こーだと話をしているわけですが、若旦那的にはどうしても一つ気になる言葉が。


「で、だ。さっきの名前……あれは、なんだい?」

「ん?出囃子ライスの何か変だった?」

「そう、それ。出囃子……は、劇場で始まる時のアレだろう?」

「そうだよ。賄いなんて陳腐な言葉じゃなく、出囃子パン、出囃子ライスがこのお店の良い所なんだよ。その日、その日で違いはあるけど、いい名前だろう?」


 またこの子は、変な名前だと言いたそうな顔で若旦那が呆れますが、ゴロの良さは認めているみたいで。


「掛け声がいい響きだとは思ったが、さっきの料理の名前が無いなら、それをつけたらいいんじゃないか?」

「ソレって、出囃子?」

「ああ、と思ったんだが少しばかり長いから端折るのもいいだろう?」

「端折るって、何処を?」

「お囃子にすりゃあいい」


 それは子供が悪戯を思いついたような顔で、二人共かなり無邪気にじゃれ合う姿にわざとらしい咳をするよその客。

 そんな事に全く気付かない二人は、言葉遊びで盛り上がり、そして一つの答えに辿りつく。




「なるほどなぁ、トロミは必須か」

「ええ、まあ、賄いにいいモノは使えないので、こういったほかの材料での工夫も必要ですけど、大まかにいえば、これで出来上がりですね」


 大将に先ほど作った作業を教えながら、手を動かすのは私ではなく大将に任せて、私の分の賄いを作ってもらうのですが、手際の良さと長年の火加減を見せるのは流石、本職。

 数日後には必要なさそうなメモを置き、すぐにそれを自分の技として使い、あっという間に私の分の賄いを作り上げてくれます。


「うちの命である、デミソースを伸ばすなんてとんでもないと思っていたが、逆だな。この旨さを伝える為にも、こういう方法でも安く、食べてもらう事も必要だったってわけだな」

「人は知らない味には憧れてくれませんからね。まあ、これだけ美味しければ香りだけでも集客できますけどね」

「違いない。現に、若旦那も釣れたしな」


 笑いながら話していると、トテトテと小走りに賑やかな音で戻って来たのは紫乃さん。


「慌てて、どうしたんだい?」

「若旦那と出囃子ライスの名前を考えてね。私の言い方じゃ長いし覚えづらいって言われて」

「まあねぇ。紫乃の言葉は耳に引っかかりはあっていいんだけどねぇ」


 褒めているのか微妙な言い回しをするおかみさん。


「ハヤシライス。ってのは、どうだい?」


 紫乃さんの言葉に、頷く一同。


「ハヤシライス?……カリーライスに近い響きで、うんうん、覚えやすそうだ」

「林さんって知り合いの顔が浮かんじゃったよ。でも、……いいね」


 まずはみんなの視線が大将に。

その視線を切る様に大将が私を見ると、つられてスッとみんなの視線が私に集まる。

 誰かが唾を飲む音が聞こえた。


「いいんじゃないですか?ハヤシライス」


 この料理の由来は諸説あって。

でも、こんな流れは……知らないもので。

 紫乃さんの思い付きの名前がこれからも残っていくのは少し嬉しい話ですね。




後述……がまさにここ。。。


この「せかうら」(勝手に自分で略してる(笑))を書くにあたって、これだけは書きたい!!と強い思いがあったのが、このハヤシライス誕生秘話。


何でしょうね、思いついたんですよね。

諸説あるっていい響き(笑)


まあ、この話を書く為に長い回り道をしたような気もしますが、長い回り道が書く側としては楽しくて。


大安に届けられているのがいつも楽しい作者なのです。

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