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世界は裏でまわってる  作者: 最上 品
9/15

9.こわもての勇気

3/3

本日はここまでとなります


「経験はここの連中も大なり小なりあるが、かなりやっていたか?」

「……どうでしょう?」


 作ること自体は前からやっていますし、ここ以外でも給仕の経験は多少ある。

ただ、かなりやっていたと聞かれる、自信を持って“はい”とは答えにくい。


「今日より、少し早い時間に明日は来られるか?」

「一時間も二時間もと言われると難しいですが、多少であれば」


 占いを明日もしていいと一応言われているので、今のところは今日と一緒で占いをするつもりがあるのですが、予定は未定。今の時点では、これぐらいが精いっぱいの返事になると思います。


「さ、賄いも食べ終わったらもう一仕事みんな頼むよ」


 おかみさんの一声で、集まり始めていた女給さんも持ち場に戻り始めます。

 ただ、いつもよりちょっとだけ賑やかな賄いの時間が他の人達にもあったとかなかったとか。




 給仕に戻り、少し経つと初めの頃の賑やかさとは違う酒に酔う緩い空気の賑やかさが強くなり始める。


「三番さんの熱燗あがったよ」


 おかみさんの声に先輩女給さんが少しだけビクリと跳ねる。


「どうかしましたか?」


 女給さんは少しだけ目を潤ませたまま、ぽつりとこぼした。


「傷病軍人さんで、ちょっと目つきが怖くてね」


 どうしても接客には運が絡み、返事をしてしまって対応しないという訳にもいかない事もあるのが分かる。


「もしよければ五番さんと変わりましょうか?」

「いいのかい?」

「ええ」


 先輩のお客さんを取る形になれば面倒になる事は分かるので、交換という形で提案をすると潤んでいた目はどこへやら、といった様子で自分のメモと私のメモをバッと交換。


「熱燗冷めちゃうよ」

「はーい」


 おかみさんの言葉に返事をして、熱燗を持って客席に戻るとそこにはパッと見て分かる傷病軍人の姿。その顔には赤黒く凍傷で出来た跡がくっきりと残っていて、目は鋭く一見すると怖そうな雰囲気はあるものの、軍人さんの纏う空気は思いの外柔らかいものでした。


「どうぞ。お酌しましょうか?」

「ん、ああ、ありがとう」


 先輩の女給さんと私が変わったことで少しだけ気を使っている風に見えたのでせめてものサービスでお酌をしていると、お店にふらりと千鳥足で入ってきたのは酔いが見える若造さん。


「おお、奇麗なお嬢ちゃんが一杯だ。そうだ、ビールを頼もうか?うーん、そこの姉ちゃん、お酌を頼むよ?」


 入って来るなりそんな言葉を投げ、メモを入れ替えたばかりのお客さんへの給仕の邪魔をされてしまう先輩。

 こういう時は、気丈に振る舞えば問題はないと強い足踏みでもって若造さんの方へ行こうとすると、軍人さんがスッと席を立ち若造さんの方へ。

 立ち上がると頭一つ分軍人さんが大きくなるのですが、若造さんの手前まで行くとパッと奥から足早に女給さんが持ってきていたビールを掴む。


「酌ならしよう。頼まれていないが、交流も大事だろ?」


 そういって、ズイとさらに一歩前に進みコップを手に取る。

 あまりの眼光の鋭さに酔いが一気に醒めたみたいで、若造さんは慌ててポケットに手を突っ込んだ。じゃらっと小銭がこぼれ落ち、拾い集めて雑に置くと、すいませんでした~と叫んで逃げていく。


 酔い客が逃げ帰ると、店の空気は一瞬止まる。

 その静けさを破るように、どこからともなく拍手が沸き起こる。


「軍人さん、ありがとうね。厳つい顔をしているのに優しいのね?」


 おかみさんが背中をバシバシたたきながら、軍人さんにお礼を言うと、少しだけ軍人さんが照れて小さく頷きを返します。


「その傷だと、シベリアかい?」

「ええ。満州から流されまして」

「そりゃあ、ご苦労様だったね」

「そういう時代でしたからね」


 軍人さんの言葉にお店の中はしんみりとした空気が漂い始めたのですが、それを破ったのは先輩女給さん。


「あの、怖がってすみません」

「いや、この跡は自分で鏡を見てもギョッとしますから、ええ、気にしないで下さい」

「いえ、こんなに優しい人なのに……」


 あれ?もしかしなくてもいきなりラブロマンスが始まるの?みたいなワクワクの視線が他の女給さんからあり、客席からもちょっとだけそういう空気を期待している人がちらほらと。


「あの、明日も居るので是非来てくれませんか?」

「明日ですか、明日までだったら、ええ大丈夫かと」

「その後だと、ダメなんです?」

「手続きが多分明日には終わるといわれているので、それが終わったら故郷に帰ろうかと」


 助けられた女給さんは縋るように捕まりながら頷きを返していると、奥の女給さんがひそひそ声で言います。


「凄いわよね。ああやってお客さんを増やすのよあの子」


 まさか、と思ったが先輩女給さん達の表情を見て察する。

 あれは本気ではなく、“技術”なのだ。――客を引き寄せる、計算された優しさ。


 ただ、そこまで軍人さんに響いているようには見えないのですが、その辺りも察している先輩女給さんがメモをもう一度私と交換。


 なるほど?先輩がココから意地を見せてくれるという事ですね?

 お譲りしますよ、喜んで!!






丁度書き始めたころは終戦日が近く、毎年時期的にも少しだけ過去の話がテレビなどでも流れます。

何処まで伝えるべきなのか、はたまた伝えないべきなのか。

過去の人達も色々と悩んで、今があるような気がします。


って、どうしても戦後とかそういう時代の話だとちょくちょくこういう感じが出てしまいますが、基本的にこの話は何処を切り取っても明るく、元気に、楽しくなります。


そういう意味では安心して今後も読んでもらえると幸いです。


前回、書き忘れてしまいましたが、次回の大安日にまたよろしくお願いします

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