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世界は裏でまわってる  作者: 最上 品
78/90

78.虫の温度

3/3


本日はここまでです


 昼間とは違い、ドキリとした顔にもならず表情を変えないまま双葉さんは再び言葉を零し始めた。


「僕は、どうしたらよかったんですかね?否定も、肯定もできなくて、どんどん見えない何かに雁字搦めにされて、今じゃ殆ど動けなくて」


 双葉さんはどうもできないと嘆いているのですが、そんな中でも諦めなかった最後の最後。小さな種が芽吹いて、双葉さんが見えない何処かへ落ちそうになるのを必死に繋ぎ止めていて、雁字搦めのモノは見ようによっては、絶望でもあり希望でもあって。


「もう暫くしたら、足は止まって。……何かに飲み込まれても、いいかもしれないって」


 双葉さんの言葉はそこまでで、俯いていた頭を上に向けてみてはそっと空を眺めようとしたみたいですが、ちょっと眩しい電灯がそこにはあるだけ。


「今は、とりあえず以上ですか?」

「え、あ、そうですね。多分」


 ほんの少しだけスッキリとした顔ですが、抱える色々の全てがたったこの程度の時間で吐き出せる訳もなく。

 いきなりこのタイミングでハッとしたのか、大げさに驚いた双葉さんは自転車から落ちそうになり、慌てて私が借り物の自転車から飛び降りて、双葉さんの自転車を支える。

 一度大きく双葉さんの自転車はよろめいたものの、力で抑え込まれればそれ以上動かず、双葉さんはサドルをギュッと握ると安定を取り戻す。


 色々と掛けてあげられる言葉は頭の中に浮かぶものの、きっちり、かっちり、今の双葉さんに届く言葉はかなり少なく、違った風に解釈をしてしまった場合、見えている闇よりももっと大きな闇と挨拶してしまう可能性もちらほら見えた。


「うーん、そうですねぇ。聞いている感じからですが、二つ程言える事がありましたね」

「二つ、ですか?」


 私は頷きながら、もう一度借り物の自転車に座り直します。


「亡くなっていった友人、戦争という時代、そして今を取り巻く状況。ハッキリ言いますが、双葉さんを苦しめているのは誰でもなく、双葉さんです。それは自分を責めているなどではなく、生きる流れの中で育まれた感性と世界という大きな状況の中で新しく形作った、もしかしたら人が抱えるには大きすぎる力の欠片かもしれません」


 戦争という名の時代という大きな抗えない流れを、双葉さんは感じ取り過ぎた。


 ソレは誰彼構わず心を壊す力を持ち、一端を双葉さんは取り込んでしまった。


それなのに、戦わなかったという自分の弱さが足を引っ張る。


 心のバランスは次第に均衡を保てなくなっていった。


そういう解釈をしないと、私の中でも辻褄が合いません。


「ただ、自分としては――そんなつもりが無いかもしれませんが、書くという行為で双葉さんはまず自分を守り始めました」

「書くという、行為?」

「破らせなかった、そのメモ。大切で色々な言葉を溜めたものでしょう?」


 そんなつもりが無かったとしても、双葉さんを生かすように薄っぺらな紙一枚を翼のようにして、必死に飲まれないように抗った形跡は紙の中に多く見受けられます。


「文字を書いていくことは、吐き出す事に似ていますよね。溜めるだけだと息が詰まってしまいますよね?」


 ジッと双葉さんはメモを見る。

 多分、色々な気持ちを言葉にしてみて、納得がいかない時は消し、納得しても書き直し、綴った文字はやがて詩になり、人に残せる文字の羅列へと変化を始めていたハズ。


「怨嗟ばっかりの気がしていましたが、違いましたかね?」

「双葉さんの触れた色々の怨嗟はあっても、心の中に双葉さんは恨みを飼ってはいませんよ?むしろ、幻の様に見え隠れする、かすかな光を追ったのでは?」

「かすかな光?」


 どんどん動けなくなっていく事を感じながらも、双葉さんは歩き続けた。

 歩みを止めなかった理由は多分、追うものが見えていたからだと私は思う。


「先程のもう一つ。追うものが……見え隠れする、まるでホタルの光のようなかすかな誘導灯が見えていたのでは?」


 それは悪いモノから守り、今の場所から移動して、ココではない何処かへの片道切符。

 留まる事が悪いわけではなく、歩き続ける事に意味があるわけでもなく、でもたどり着ける場所へと、願う人の思いの一端が双葉さんを突き動かし続けていたようにも見える。


「ホタルの光……」


 ぼうっと、空を見る双葉さん。


 見えるのはただの星空。



 戦争という時代が始まって、終わった。


 街中に蔓延る様に死や恨みは増殖し続けた。


 でも、生きた人間は俯いてばかりもいられない。


 死も恨みも蔓延る以上、生も希望も生まれ始める。


 双葉さんの強すぎる共感は重たいモノを先に感じてしまう。


だけど、しっかりと正反対の生の力もゆっくりと感じていったのだ。


 今はまだバランスの取れていない向きがゆっくり変わり始めれば、それはそのうちどうにかなるモノ。


「とても、よく、頑張りましたね」


 そんなつもりは全く無かったのですが、口から出たのは思いもよらない言葉。

 そして、子供をあやすようにただただ、そっと双葉さんの頭を撫でてあげました。





ちょっとだけ、重たい空気が年明けから続いてしまい、驚かせていたらすみません。


カラッとした、いつもの調子には、もう少ししたら戻る予定です。


ただ、この時代を描くにあたって、明るい話ばかりではどうしても作者の中で「しっくりこない」部分があり、今回はこんな形になりました。


いい落としどころを探しながらの展開ではありますが、どうかご安心ください(笑)。


作者はバッドエンドがあまり得意ではないので、ハッピー……かどうかはさておき、できる限り前を向ける終わり方にはなる予定です。


それでは、次回の大安吉日に、またお会いできるのを楽しみにしています。

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