5.かおる夕ぐれ
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お昼前に占いを一人やったことで、三時ぐらいの休憩の時に一人、そしてついさっき三人目のお客さんを占った。どのお客さんも緊張や疑心暗鬼の空気でそっとお願いをしてくる感じだった。私は淡々とカードを混ぜ、お客さんに選んで貰い、静かな声で結果を伝える。一人目は「戦車」の正位置を出したので、そのまま迷わずに進むように伝えた。二人目は「塔」の逆位置とかなりカードの意味合い的にはマイナスな人だったので、さっき以上の念入りなヒイラギの葉っぱの御守りを渡すことに。
「さて、とりあえず30円が集まったね?」
「蕎麦の屋台が10円だから、まあ多少のモノは食べられそうだよね?」
「そう言えば、さっきの職人さん達が明日もこの辺り使ってくれって言っていたから、明日はもう少し稼げるかな?」
「何となくあっちの方に美味しいモノの気配があるから、あっち行こう?」
三人目の占いが終わり、夕方の空気になり職人さん達が疎らに帰り始めた気配を感じたので、占いは店じまい。つっちーが感じた気配を頼りに建設現場から人の流れに乗って移動を再開。
行く先は定まらぬまま、人波に身を任せて行くとひときわ高く聳える大きな時計塔が見えた。そこには人々が集い、話し声や路面電車のベルの音も混じった賑やかな空気が漂っていた。さっきまでの場所とは違うモダンさを感じる開けた場所だ。
「おー、何というか中心街って感じの空気だね」
「美味しい香りもするよ~?」
キュピーン!?
「みんな、こっち。こっちに私達を呼ぶ美味しいモノの気配!」
つっちー?なんかアニメのおニューなタイプの人みたいな気配の感じ方をしているけど、大丈夫?問題ない?
そんな心配をよそに、つっちーが歩みを進めた先にあったのは、木造平屋の少し汚れたモルタル壁にトタン屋根で手書きのメニューが少しだけ張られている洋食屋。
周りのお店は何処か少し奇麗さを売りにしている感じだが、このお店だけは外からでも聞こえる賑やかさがあって――そして、ほんのり焦げたソースと炒め玉ねぎ、それにどこか甘さを帯びたマーガリンの香りが鼻をくすぐる。その賑やかしい声と混ざるような香りに私達はつられるように汚れ始めている暖簾をくぐる。
「あーら、遅かったじゃない。五分前よ?ほら、ちゃっちゃと前掛けつけて」
「え?あ、はい……?」
てっきり「いらっしゃい」の言葉があると思っていたのに、どうやら臨時で募集されていた女給さんと間違えられたらしい。背中を押され投げるように手渡された前掛けを慌ててつけることに。
「そろそろ夕飯時だから、お客さんも来るわよ。注文を取って、メモして、大きな声で大将に通す。簡単でしょ!」
「あ、はい……」
「大丈夫?聞いていたよりは別嬪さんだけど、女は度胸。ニコって笑って、元気な顔を見せてあげりゃぁ男はコロッと……ね?」
そんな事を言われつつも、いい笑顔でまたも背中を叩かれ、渡された前掛けを後ろ手で結んでいくが、頭の中ではちょっとした混乱が渦巻いていた。
「ねぇねぇ、ご飯を食べに来たんだよね?なんでお手伝い?」
「いや、ちょっと待って。ほら、そこの値段――」
脳内の声に促され、壁に貼られた手書きのメニューに目を向ける。そこにかかれていたのは『カリーライス』の文字。そして、すぐ下の小さな数字――40円。
「……え?……嘘でしょ?30円あっても足りないの!?それも、カレーで……!?」
「“カリーライス”って響きはいいけど、香りもちょっと、私達の知っているのと違う気がする……?」
視線をそっと厨房の方へ移す。鉄製のフライパンは年季が見え、鍋なども乱雑に置かれていて自分の知っている現代の衛生基準からすれば正直、やや抵抗がある。それでも出来る限り清潔に保とうと気を配っている気配が伝わって来て、なんだか嬉しいような切ないような。
「働けば、食べられるのかな?」
「多分、そういう流れだよね」
「だったら、このまま働く?」
「でも、私達、本当は別の女給さんと間違えられているんでしょ?」
「……いまさら、『違います』って言える空気じゃないよ?」
「コレはもう、流れに乗っちゃったってことでいいんじゃない?」
「ご飯、食べたいよ?」
「そうだよね。流れに逆らうよりは……乗った方がいいよね?」
……厨房からはマーガリンを溶かし炒め玉ねぎの香りが漂い、少しだけ焦げたようなソースの香りが漂ってきて、再び私達の空腹を刺激してくる。
そしてみんなで出した答えは……
「来るまでは、いいよね?」
ご飯は大事。
というか、私の作品は大体ご飯で出来ていますね。
人間なのでやっぱりご飯が無いと生きていけない(笑)
……ただの食いしん坊?
その通りかもかもー(笑)