27.焼き鯖と詩心(ししん)
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双葉の後をつけるわけではないのですが、彼が引き戸を開けると魚の脂が焼けるいい香り。そして中から元気な声が。
「いらっしゃい、お好きな席へどうぞ」
お店の中は個人店という感じが強く、入ってすぐにでかでかと見える神棚が印象的。
そのまま双葉の後を追うようにカウンターの席に彼が座るので、その横に私も座ります。
「いつもの」
「はいよ。隣のお嬢さんは、遂に双葉にも春が来たのかい?」
お店のおかみさんがニコニコと笑い、彼に話しかけているのですが今の彼は思案中でその声は聞こえておらず。
「で、お嬢さんは?」
「じゃあ、彼と同じものを」
「はいよ。焼き鯖二つー」
おかみさんの大きな声に厨房に居る低い男性の「おう」という声が聞こえ、少し経つととてもいい香りと一緒に白い煙がもくもくと店内にも広がる。
その香りは胃を刺激するもので、出て来たお水を一気に飲み干したくなる程。
「ありゃ、今日は考え中の日かい?」
「考え中の日、ですか?」
「そう。双葉は詩を考え始めるとずーっとこんな感じで――」
ガタッと双葉は立ち上がり外へ慌てて向かうのですが、おかみさんは苦笑い。
それにつられて私も苦笑いしていると、よかったとおかみさんが零します。
「考え中のままだとノロノロと食べちゃうし、反応も薄いから折角美味いもん出しているのにもったいなくてね。今日は落ち着いたみたいでよかったよ」
「落ち着いた……んですか?」
「ああ。今頃外で浮かんだ詩を書き留めているんだろうよ。直ぐに紙を持って見せてくれるからねぇ」
どうやらこのようなやり取りを何度もしているみたいで、おかみさんは慣れている様子。
そして、奥からそろそろ焼きあがるぞという声が。
「あらあら。すぐにご飯を用意しないと。うちのご飯は美味しいのよ?双葉の所のお米って言うのもあるけど、混ぜこぜじゃないからね」
そう言って下がっていくおかみさんと入れ替わるようにして戻ってきたのは双葉。
「なかなかのが出来ましたよ。って、あれ?……えーっと、タエさんでしたっけ?」
キョロキョロとおかみさんを探して、いなかったところに見知った顔を見つけたようなそぶりで双葉が声を掛けてくる。
「さっきぶり?でしたっけ?あれ?」
「乾物屋さんでいきなり考え始めちゃって、ついて行けば美味しいお店に案内してもらえるってお姉さんから聞いたんです。あ、奢りとも言ってましたよ?」
「え、あー。うん?どうだったか。あ、とりあえずコレ。今、出来立てほやほやです」
そう言って、グイっと一枚の紙を押し付けるように渡してくる。
店内の焼けた魚の香りが漂い、少しの緊張と期待で胸がざわつく中、文字を目で追う。
「 空はゼロを抱き
海はカイテンが舞う
水たまりの世界に
落ちるバクダン 」
濁った目で、目尻をひくひくとさせ今にも泣きだしそうな双葉。
けれど張り付けたような笑顔で紙を見せて来る。
この詩は今の彼の心情を表しているのだろう。
色々な言葉が頭の中に浮かんでは消え、中には彼を傷つける可能性の言葉も浮かんだ。
その中から選んで出た言葉は一言。
「……悪くないですね」
「でしょう?」
たった一言のやり取りだけで、ほんの少しホッとした顔に変わった気がして私自身もホッとした気がするが、そんな私達の緊張を無視するようにおかみさんがわざと音を立てるように私達の座っていた机の所にお昼を置きます。
「お待ちどう様。焼き鯖定食二つ」
鯖はパッと見ると小ぶりではありますが、皮目がパリッと焼けて内側から熱そうな湯気が出ていて、食べる前でも身のホクホク感が伝わってきます。更に汁物はアラを使ったみたいで魚介の香りがココからも。そして、おかみさんが言っていた通りご飯がかなり奇麗に見える。
「ウチは押し麦と白米だけでやっているからね。栄養よりも口当たりと美味しさ重視ってとこだよ」
昨日の洋食屋でもご飯と言われるものは混ぜご飯が当たり前で、粟やヒエ、キビに押し麦と色々と混ぜてあったりしたのですが、どうやらここは美味しさ重視。おかみさんの笑顔でさらに美味しく感じそう。
「いただきます」
隣に双葉が居る事をケロッと忘れて、目の前のお昼に意識が向いてしまったら、わき目も振らず。
パリパリの皮を少しだけ潰しながら、身を持ち上げて一度ご飯の上にバウンドさせてぱくりと口の中へ。口いっぱいに広がるのは焼けた脂のいい香り。そして、少し強めな塩加減が食欲をそそり、押し麦と白米のご飯を頬張るとまさに幸せ。
あまりに多くご飯を口にいれてしまったので、慌ててアラ汁を飲むとこれまたいい味。
そんな私の食べっぷりにおかみさんも双葉もぽかーんとしているのですが、双葉は少し遅れて自分の食事を始めます。
今回もたのしんで頂ければ幸いです。
次回の大安日までにストックを頑張って増やして次回も三話……いけるといいなー
では、次の大安日にまたよろしくお願いします




