14.よるかぜの香り
2/3ですー
銭湯から出ると、夜風がとても心地よく思わずため息がもれた。
「さっぱりするとやっぱりいいね。それにしても長湯だねぇ?」
「紫乃さん、今日はかなり短めですよ?」
「常連さんの言う通り、江戸っ子なのかい?」
「そういう訳ではありませんが……、色々ですよ」
「そうかい。っと、じゃあ、家はこっちの方だからもう少しいくよ」
「はーい」
紫乃さんの後をついて行く形で街をさっきよりもゆっくりと移動するのですが、大通りから入ってきているので一気に静かになり、明かりもあまりない状態。
キョロキョロと周りを見ても変わり映えのない家々が並ぶだけになってきます。
「そこの角を曲がった先さ」
紫乃さんの案内について行くと、二階建ての周りに比べると少しばかり良さそうな家の前に着きます。
紫乃さんは自転車を止めると、引き戸を開けます。
「ただいま」
奥の方からおかえりの女性の声が一つ。
「数日間だけ、知り合いを泊める事になったから、おかあちゃんお布団出せる?」
「あら、そうなのかい。すぐに用意するから……二階の部屋でいいかね?」
「大丈夫」
そのやり取りを玄関前でぼーっと見ていると、紫乃さんがハッとして笑顔で手招きしてきます。
「ほら、タエちゃん。遠慮せずにあがって」
「あ、はい。えーっと、こんばんは?お邪魔します?」
「いいからほら、あがってあがって」
頭を下げている所の右手をグイっと引っ張られる形で、顔を上げ慌てて靴を脱ぐと初めてなのに懐かしさを感じる田舎の家のような空気を感じます。
「すみませんが、数日間よろしくお願いします」
頭を下げてみますが、紫乃さんは笑うばかり。
「それはうちのおっかさんにとっておいて、本当は何かお構いしてあげたいけど、このご時世だから……ちょっとまっとってね」
それだけ言って紫乃さんは何処かへ行くと、代わりとばかりに紫乃さんのお母さんが入ってきます。
「こんな別嬪さんを?こんなご時世じゃなければもっとちゃんとお構いしてあげたいのですが……ごめんなさいね?」
「あー、いえいえ。こちらこそいきなり尋ねる形になってしまって申し訳ありません」
「別嬪さんは器量もいいのね?ふふ。ああ、紫乃アレを濃い目に入れて頂戴」
「あー、アレね?分かったわ。タエちゃんと喋ってて」
紫乃さんと紫乃さんのお母さんのツーカーな会話は見ていて仲がとてもいいのが分かります。
そして、紫乃さんの優しい目がお母さん譲りだという事も。
少し間があったので、視線を回すと、仏壇のところ線香が燻っており、その奥からこちらを見るような形で目が合ったのは、多分男性の遺影。
「うちのお父さん、憲兵だったのよ。それもあって、息子も今は自警団にいるんだけど、この時間はお仕事でね。紫乃も働きに出てくれて、幸いなことに家もこの通り燃えないで済んでくれたから、暮らせているの」
ふわっと香る線香は、少し前にあげたばかりだと分かる柔らかな香りだった。
「大変でしたね」
「まあ、みんな一緒よ。……ええと、タエさん?は、どうしたのって、聞いてもいいのかしら?」
「別に構いませんよ。ちょっとしたことがありまして、正味三日程、こっちにいる事になりまして」
「あらあら。三日で大丈夫なんて、防衛相にでも寄るの?」
「ちょっと違いますが、似たようなものです」
「じゃあ、すぐにいなくなっちゃうのね」
「ええ。ただ、宿無しでこっちに来ていたので、渡りに船というか、紫乃さんのお陰でとても助かっているんですよ」
もうちょっとスマートに話せる話をしたらいいんじゃないの?なんて、頭の中では色々な意見も出ているのですが、銭湯の時からまとめ役を買って出てくれているひーちゃんがいい感じにみんなを窘めてくれていて、意外と静かな頭の中。
「自慢の娘がいい事をしたんですってよ、お父さん」
紫乃さんのお母さんが娘を自慢するように遺影に向かって言うと、少しだけ遺影の写真が笑ったような雰囲気を持ったのですが、会話に割り込むように入ってきたのは紫乃さん。
「当たり前のことをしただけよ。はい、タエちゃん。ちょっとしたお夜食が出せる程じゃなくてごめんよ?ちょっと濃い目の麦茶を入れたからのんどくれ」
そういって湯呑で出されたのは濃さがはっきりとわかる、いい香りの麦茶。
「ぐいっと、ね」
「では、ありがたく」
淹れ立てでほのかに湯気が立つほどでしたが、濃い味の麦茶はさっき飲んだ冷えた井戸水とはちがった美味しさが。
「最高に美味しいですよ」
「そりゃあよかった」
その後は女三人で他愛もない話を続け、朝ご飯前に予定があるから家を出ると伝えると、急がないでもいいとは言われたのですが、明日も占いをするつもりがあるので、少し早めにここを出る許可を貰う事に。
「私みたいにゆっくり寝るのもいいモノだよ?」
「それも魅力的ですが、まだこっちに来て長くないので、色々と見たいんですよ」
「女の一人歩きは、危ないのよ?」
「紫乃さんだってしているじゃないですか?」
「私はほら、お父さんの知り合いの憲兵さん達が今は警察だから、大丈夫なの」
なるほど。その辺りの事情もあって、おかみさんは紫乃さんとも仲がいいわけですね?
「実は私、凄く強いんですけど……」って、伝えたのになんで笑い声が返って来るんですかね?
時代考証が……何とも難しく。
食べ物がない時代なんですよー。
今みたいな飽食ではない、本当に厳しい時代。
でも、物語で厳しい所ばっかりってやっぱりこう……嫌になるじゃないですか(笑)
なので、出来るだけ明るく。でも、不自然にはならない様に。
……私ひとりじゃコレはやっぱり考証が無理ですねー。そして、調べているうちにミスしそう。
便利な世の中に生まれたことに感謝です。




