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世界は裏でまわってる  作者: 最上 品
120/120

120.長くて速い昼

本日ここまで。

3/3


 私達のお昼は特別だった。


 炊き立ての白米で握って貰うお寿司は口の中へ入れるとほろりと崩れ、口いっぱいを幸せにする。


「上物には上物が必要だからな。本醸造の隠しておいた醤油を塗っているから、そのまんま食べてくれ」





 出したお米を見て、親父さんは何度もそれと私を見比べた。

その様子には思わず笑ってしまったが、肝心なのはその後だった。


「これだけいい鯛、それにこいつは……ブリだな?」


 折角のお寿司と喜んだのだが、米だけではなくネタもあれこれ手に入らない苦しい時期。


 私はお米の後に悔しそうな親父さんに甘い声を掛けた。


「職人ですよね?」


 挑戦者の目はギラギラと輝き、私を満足させてくれると信用できたので、追加のネタを渡した。


「ああ、そうでした。ええと、……これでお願いしますね」


 米、ネタと渡し最後の最後に机の上に置いたのは今日の朝からの占いで稼いだお金。


「お米は二合、ネタもあって、何か言う事は?」

「――すまない。時間だけ、くれないか?」


 相手も職人。

 金を受け取らないなんてことは言わないで、時間を要求してくる。


「構いませんよ」


 頷く様に言うと、へへっと親父さんが笑った。


「なけなしの卵、それに砂糖をつかったかんぴょう、あとシンコはねぇが、コハダをどうにかしてくる」


 米を研いで、飯を用意すると言って、客である私を一人残して出ていく親父さん。



「これは、期待できるのでは?」

「ワクワクだね」

「洋食ばっかりも悪くなかったけど、やっぱり魚市場が近いなら、お寿司だよねぇ」


 私達の中でワイワイと会話が始まったところに、音もたてずにスッと寄って来たのはお店のおかみさん。


「あの、またうちの人が何かしましたかね」


 職人気質の親父さん、客と喧嘩する事もあるのだろう。

 おかみさんは心配そうに、お茶を出してくれた。


「いえ、美味しい握りを用意してくれると」


 そう言って視線を投げると、前金という形で渡したお金がバラバラになっているのをおかみさんも見た。


「うちの旦那、曲がったことが嫌いで」

「何となく、わかりますよ」

「寿司屋が名乗れないから、立ちいかなくなっちゃって。でも、江戸前は曲げないって」


 たった数年と後年では言われるが、米の配給に関わるからと飲食業はこの時代とても厳しい頃だった。

 その中でも、特に寿司屋は米が命というのもあって、混ぜ物のない米が必要で。

 苦肉の策として、米加工という名目で江戸前寿司が残るわけだが、かなり無茶をしている時代だった。


「あの人があんなに急ぐなんて……、え、このネタは?」

「私がお願いしたのです」


 鯛やブリのサクを見て驚いた後、頭を下げたおかみさんは数分も経たずに慌てて戻って来た。


「久しぶりの大仕事に、慌てたのね。ネタはちゃんと冷やさないと……」


 そう言って丁寧に紙を取り出すとくるりと包み、袋に入れてそれごと持って来たばかりの氷に突っ込んだ。


「これだけいいネタがあるなら、私にも言って欲しかったわ。……多分、あの人はコハダを取りに行って、そうすると……アラが手に入るかもしれないから、お湯の支度かしらね?ああ、ご飯もそのままじゃない。飯台も濡らしていないし、全く」


 お茶を入れてくれた時とは違い、生き生きしていくおかみさん。

 ぶつぶつと言っている言葉が私は聞こえますが、行動の把握が的確で、その先まで見えているようだった。


「あの人、何か言っていましたか?」

「いえ、時間だけくれと」


 おかみさんは、少しだけ悩むとさらに聞いて来る。


「そう、飲めるの?」

「ええ」

「すぐに、つけるわ」


 そう言って、おかみさんが裏へ行くとポツンとまた一人。



「ねえ、お酒ってたしかこの頃は」

「親父さんも親父さんだったけど、おかみさんも見た目よりもおかみさんかも」

「お金は先払いしたから、楽しむだけでいいんじゃない?」

「そうだよ。僕達お客さんだよ?」


 そんな会話をしている間に、ゲソを茹でてツメのかかった小鉢が出てきます。


「旦那には内緒だよ?あの人、女、女って、うるさいから」

「いいんですか?」

「帰ってくるまでに、食べちゃってくれればね。これは商売じゃなくってお付き合いの乾杯でお酒を一緒に飲んでいるだけだからね?」


 そういって、コップにトクトクと柔らかな音を立てて日本酒が注がれた。


「キレイなお水だろう?」

「ええ、酔いそうなお水ですけどね」

「女一人でって事は、高給取りだろう?景気がいいね?」


 スッと目を細め、値踏みをするように見て来る。


「国に帰る前に、パーッとやっているだけですよ」


 そう言うと、そうかいとだけ言って、コップのギリギリまでお酒を再び注いできた。


「ありがとね」


 おかみさんの言葉は優しく、それだけ言うとすぐに下がってしまったので私達は無言でつまみを食べながら美味しいお水を飲んだ。



「お寿司、まだかなぁ」



 ガラガラと大きな音を立てて、店の扉があくまで、長くて速い、どこかゆっくりな時間を過ごす昼になった。




てっきり、この時代に「納豆巻き」が出て来たのかと思っていたのですが、違ったみたいです。

いえ、全く無かったかと言われると、この時代に生きていないので分かりませんが、調べてみる限り、もう少し後の時代らしいですね。


アレもコレも規制対象。

一応貝類だけは、セーフだったと言いますが、大変な時代を超えて今もお寿司屋さんがあるんですね。


さて、次回は15日でしょうか。

少しでも運がいい大安吉日……の効果の程は不明ですね。


本日も読んでいただきありがとうございました。

次回の大安吉日にまた読んでいただければ幸いです。

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