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世界は裏でまわってる  作者: 最上 品
106/120

106.カチリ

今日もいつも通りの3話です。

よろしくお願いします

1/3



 楽しい時間というのは早く感じるモノで、親方衆の一組目は場をわきまえていると言わんばかりに、食べて飲むとサッと帰り次の親方衆が交代のように入って来ては、ハヤシライスを頼む。

 ただ、サバのタタキは男も女給も目を合わせて頑なに教えず、あのタイミングに居た人達だけの特別感を楽しんでいた。


「紫乃ちゃん、ちょっといい?」

「はいはい?どうかしました?先輩」


 お客さん達の多少の入れ替わりはありつつも、若旦那や常連さんはお酒を嗜みながら慣れた様子で楽しい時間を過ごしている。

 そんな折、先輩女給が申し訳なさそうに声を掛けた。


「軍人さんと少しだけでいいから、話をさせて貰えるかい?」

「ええ、ええ。じゃあ……ちょっとだけお膳立てしましょうか」


 そう言って、コップに水を注ぐと後ろをついて来るように先輩に指示を出して、若旦那の所へ二人は行く。


 私はというと、厨房も一段落ついて新しく入って来た親方衆のお酒の酌をしながら、偏りのないように注意し、今朝のお礼を伝えながら店内を回っていた。

 ただ、なんとなく不思議な感覚があったのかみんなが頭の中で騒ぎ始めた。


「ねぇねぇ、あまり見られないものが生まれそう」

「うんうん、珍しいね」


 ひーちゃんとみーちゃんがワクワクとした声を上げた。


「歯車が合わさる音?」


 つっちーが言うと、ふーちゃんも頷きぽつりという。


「レールが変わる」


 不思議な感覚の意味するところは私もなんとなく察したが、どうしようかと思っていると、一気に事が動き出す。



 パシャン



「ありゃ、躓いちゃって……ごめんよ?若旦那?」


 とてもわざとらしい顔で紫乃が若旦那に謝るが、気にした様子は全く無い若旦那。


「水も滴るいい男だろう?」

「そうだねぇ。御召し物に悪いから、ちょっとこっちに来ておくれ」

「……そうかい。ちょいと、着替えて来るよ」


 そう言って、紫乃の後をついて行く若旦那とポツンと一人残された軍人さんの所へ一昨日助けてもらった女給が音もたてずに近づいていく。

 少しばかりの酔いもあってか、軍人さんは目をトロンとさせているが女給が近くへ来ると慌てて水を飲み干す。


「この間はありがとうございました。それに昨日も来ていただいてみたいで、すみません」


 とても丁寧なお辞儀を先輩女給がすると、軍人さんは慌てて頬を爪で掻いた。


「いえ、当たり前のことをしたまでです」

「そんな男気に惚れたんよ」

「は?」

「国へ帰るんだろう?ついて行っていいかい?」


 賑やかだった店内は聞き耳を立てはじめた女給連中の気持ちを察し、男達もいきなり静かになって、この会話に注目が集まった。


「この通りの、傷病軍人ですから」

「尚の事、手伝いが必要でしょうよ?」


 ぐいぐいと先輩女給が押しているのが分かるが、何故か軍人さんはスッと目を伏せた。


「私はこの通り、凍傷の跡があります」

「知っていますよ」


 その声は優しさに溢れていた。


「田舎に逃げ場はありません!」


 ガタンと勢いよく立ち上がる軍人さんの目はキョロキョロとせわしなく動く。

 そして、数秒の沈黙が二人の間にあった。

 静かすぎて、周りの誰かが唾を飲む音がはっきりと聞こえる。


「勝手に――、そう、私が勝手に決めたんです。アナタについて行くと」

「は?」


 突然過ぎる告白に今度は軍人さんが驚いた顔になった。


「昨日、一日会えなくてね」


 フッと、笑顔になる先輩女給。


「それで、私の中では決まったんです。ついて行こうって」




 シンとした店内に音を出したのは常連客。


「美味かった。ご馳走さん」


 あまりに突然の声に常連さんに視線が一気に引き寄せられる。


「え、あ、はい。おかみさーん、お会計」

「はいはい。本日もご来店ありがとうございました」


 静かだった店内は一気に元の状態に戻った。



 そして、私達しか聞こえないカチリとした音が嚙み合った。



 私も呼ばれた親方の所へ酌をしに移動しようとするが、どうやらあの一瞬で二人の間に何かが通った。


軍人さんはストンと椅子に腰を下ろし、真っすぐな目で言った。


「……済まないが、日本酒をもう一本頼む。ただ、当分、酒は無しだ」

「いいんですよ。そんな事」

「男には男のケジメってものがあってな。折角だから、一緒に付き合ってくれ」

「ええと、それは……確認をしてみない事には」

「それもそうだな。じゃあ、おかみさんに確認を」

「ええ」


 私は二人の様子を遠目で見ているつもりだったのだが、親方の一人が笑顔で私を呼んだ。


「お待たせしました。お酒です」

「タエさんよ、そんなに笑顔で、コッチも嬉しくなるね?」

「あら、いつも通りですよ?」

「いやいや、いつもの占いでビシッと決めている顔も悪くないが、今の笑顔は最高だねぇ」


 女性を褒めるのが上手い親方に私も少しだけ乗せられて。


「嬉しい事を言ってくれますね。ちょっとだけ、いい事があったんですよ?」

「ああ、知ってるよ」


 気づけば私は笑っていた。

 あの音はいつ聞いても心が躍る。

 不思議なカチリが私の背中も押していた。




音なタイトルは……私にはなかなか上手に使いこなせないイメージで。


ネタバレにも見えるし、でもなんとなく気にもなるし。


ハマってくれるといいんですけど、自分の感覚はどうにも人とは違いがあるタイプ。


サブタイトルって本当にむずかしいですわー

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