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春なんか嫌い

作者: 桜木翡翠
掲載日:2025/05/16

「それじゃあね。また来年会いましょう」

「はい。また、桜が咲くころに」

 そう言うと、桜さんは眠りにつくように桜の木と同化していった。桜さんの体が消えると同時に最後の花びらがひらり、と枝から舞う。

「また一年後、か。長いな」

 桜色で染まった景色はすっかり新緑で覆われてしまった。これからまた暑い夏がやってくる。暑いのは苦手だ。考えただけで気が滅入ってきた。

 俺は桜さんが今まで使用していた部屋を簡単に片づけをし、戸締りの準備をした。ここは桜さんが存在している間だけ使用している別荘のような場所だ。明日には業者が入り、本格的な清掃が始まる。また桜が咲くまでの一年弱は誰も立ち入ることがないだろう。

 桜さんは毎年この別荘にある桜の木が咲くころに姿を現す。桜さんが現れたときに世話係としての務めをするのが俺の家業だ。今までは父か兄が付きそうことが多かったが、今年からそのほとんどを俺一人で行った。任されたと言えば聞こえがいいが、ほとんど押し付けられたようなものだ。まぁこの家業を行っている間はほとんど桜さんに付きっ切りで学校に行かなくてもいいのが唯一いいところだろうか。だが、それも今日まで。明日から学校だ。しかもクラス替えもあったというのに4月も中旬。正直、これが一番気が重い。

「はぁ……。明日から気合入れるか」

 俺はしっかりと戸締りをして、別荘を後にした。





 桜が散り、少しづつ気温も上がってきた4月中旬。学年が上がり、新しいクラスにもやっと馴染んできた。

 私は先生に頼まれていたプリントの回収をクラスメイトから行い、それを職員室まで運んでいた。

「ちょっと先生! それはないって!」

 職員室の前まで来ると、男子生徒の大声が中から聞こえてきた。何か揉めているようだ。

 私はできるだけ邪魔にならないように小さい声で「失礼します」といい、職員室の中へ入った。入口からは声の主は分からなかったため、そのまま担任の元でへ向かった。

「だから、事前に言ってましたよね。僕は家庭の事情で春ごろは出席できないから配慮してくれるって」

「そういわれてもなぁ。先生はできるだけ配慮したつもりだぞ」

「どこがですか……」

 担任の元に向かうと大声の主がいた。とてもタイミングが悪い。

「おう、小林。どうした」

「えっと、頼まれていたプリント持ってきました」

 担任は私に気づくと「そうだったそうだった。ありがとうな」と言い、私からプリントを受け取った。自分で頼んだのにすっかり忘れていたかのような反応だ。

 私はこれ以上頼まれごとを増やされてはたまらないため、そのまま立ち去ろうとすると「ちょっと待て、小林」と呼び止められてしまった。

「何かまだありますか?」

「そんな嫌そうな顔をしないでくれよ。紹介するよ。こいつが真鍋だ。今日から登校になったから同じ学級委員同士仲良くしてやれよ」

「……はぁ、わかりました」

「僕はその学級委員に納得してないですからね」

 担任の紹介に真鍋は不満そうな顔をしている。先ほどまで揉めていたのはこの件だったのか。

 ぶつぶつ文句を言いながらも真鍋は私とともに職員室から出た。これ以上文句を言ってもしょうがないと思ったようだ。

「まぁ、やりたくないけどよろしくね。コバヤシさん?」

「よろしく。そんなにやりたくないならやらなければ良いんじゃない? 今までも私一人でやってきてたし」

「流石にそこまでして逃げようとは思わないよ。学級委員なんてしたことないから分かんないんだけど具体的に何するの?」

「提出物集めたり、何か決め事があったときの司会とか」

「地味だね」

「地味よ」

 真鍋は見るからにめんどくさそうという顔をしている。

「まぁ最後まで余ってたからね。誰もやりたくないのよ」

「お互い貧乏くじってところかな」

「ま、余り物には福があるっていうじゃない? それを信じてみるのも悪くないかもよ」

「学級委員にたいして随分ポジティブだね。でも悪くない」

 その時、彼の表情が初めて柔らかくなった。

 私も面倒だと思っていた学級委員もほんの少しだけ悪くないと思った。



 委員としての仕事は4月も過ぎればほとんどなくなってくる。真鍋は4月後半に残っていた仕事を積極的に行ってくれた。「任せっぱなしだった分を取り戻さないと気が済まない」といっていた。律儀だなと思った。

 夏休みまではほとんど勉強やテスト、部活動に追われる日々だった。

 そして、テストの返却期間も終わり、あとは夏休みに向かうのみ、という頃、久しぶりに委員の仕事という名の先生からの雑用が入ってきた。夏休み明けにある文化祭についてのアンケートをクラスメイト分集め、集計してほしいというものだった。明らかに雑用だ。

 放課後、真鍋と共に居残りをしながら行うことになった。真鍋が集計をし、私がまとめるという役割分担で行った。そうすると必然的に真鍋の方が先に作業が終わり、私の作業が残る形になってしまった。

「うーん、他に手伝えることないかな」

「綺麗にまとめてくれているし、これ以上はないと思うけど。これ書き終わったら提出するから先に帰ってもいいわよ?」

「流石にそういうわけにはいかないっしょ」

 真鍋はそういうと私の作業を眺めている。見られるとやりづらい。

「そういえば、夏休みの間もまた家の手伝いとかさせられるの?」

「え? 手伝い?」

「ほら、春は長い間休んでたじゃない。長引いたりしたのかなって思ったけど、長期休みのたびに手伝いに駆り出されるのは大変だろうなって」

「あぁ、あれね。あれは春だけのイベントだよ。まぁその時期に毎年来る人がいて、その人の世話みたいなもの」

「なんだか大変そう」

「まぁちょっと我儘な人だからね。振り回されてはいるかな。そもそも兄貴たちがやらないから俺がやらされてるわけで好き好んで引き受けたくない仕事だよ」

 そういう彼の表情はいつにも増して柔らかく、愛おしいものを見つめるかのような表情だった。

「……その人のこと、とても好きなのね」

「ば、ばか何言ってんだよ。そんなわけねーだろ」

 否定しながらもその頬は赤く、肯定しているとしか思えなかった。

 彼の表情を見ていることができず、作業に集中するふりをして目を逸らした。

「じゃあ、また春になったら手伝いが始まるの?」

「まぁ、春というか桜が咲いたらだな」

「桜が?」

「そう。桜が咲いて、散るまでしかいないんだ。だから正確にいつからとかは分かんないだけどさ」

「桜が咲くまで待ち遠しいわね」

「待ち遠しくなんかねーよ。ほら、早く続き書けよ」

 落ち着きのない様子に笑ってしまう。それと同時に胸の奥の方がひんやりとしていく感覚がある。

「もう終わるわよ」

 私は最後の確認をして書類をまとめた。

「お疲れ様~。じゃあ俺先生に出してくるよ」

「それで自分一人で仕上げたって報告するの?」

「そんなことするわけないだろ。字ですぐばれるし。小林、字綺麗だし」

「お褒め頂き光栄です」

「じゃ、また明日なー」

「また明日。ありがとうね」

 そう言いながら真鍋は荷物を持って出て行った。

 教室の外はとても暑そうだ。なんだか立ち上がるのも億劫だ。

「はぁ。このまま夏が終わらなければいいのに」




 そんな願いも虚しく季節はあっという間に過ぎていった。時々、委員の仕事があって、真鍋と話すことがあっても仕事がなければただのクラスメイト。席が近いわけでもなかった。

 そして、冬になった。2月。来月には桜が咲くだろう。いつ咲くのだろうか。去年みたいに遅咲きだったらいい。

 今日は部活もないから早く帰ればいいものをなんとなく帰る気にならず、ぼんやりと教室から外を眺める。グラウンドでは運動部が走り込みをしたり、部活動を始める準備を行っているようだ。空はどんよりしている。そういえば今日は夜から雪が降るかもしれないって天気予報で言ってたっけ。

「あ、小林じゃん。何してるの」

 急に背後から声がして心臓が飛び出るかと思った。振り返ると真鍋がいた。何か忘れものをしたようで自分の机の中を漁っている。

「いや、外が暗いから雪がもう振り出してるのかと思って。確認してただけよ。もう帰るところ」

「え、今日雪降るの?! マジ!?」

「まだ降ってないわよ」

 慌てて窓に飛びついてきたが、私の言葉に「なんだよ~」と興味をすぐに無くしたようだ。

「まぁ、でも確かにいつ降ってもおかしくなさそうだよな。俺も早めに帰ろうかな」

 そう言って、真鍋は歩き出した。

「待って。これあげる」

 立ち止り、振り返った真鍋に私は小さな袋を投げた。

「え、なにこれ」

「今日、バレンタインでしょ。委員会で一年間お世話になったから。あげる」

「マジで! やった~。ありがとう! まじでうれしい! けど、俺の方が世話になった感あるけどな」

「まぁお互い様ってことでいいんじゃない」

「でも、俺が教室戻ってこなかったらくれないつもりだったの?」

「渡せそうになかったらロッカーにでも突っ込んでおくつもりだったわ」

「なるほどね。確かにそれが確実だな。じゃあちゃんとお返しは用意しとくから期待しとけよ」

「期待しとくわ。よく3倍っていうものね」

「……本気?」

「冗談よ」

 真鍋は大事そうに袋を鞄にしまった。そんなに大したものじゃないんだけどな。

「ま、来月楽しみにしとくけど、桜が早く咲いちゃったらまた学校来ないのかしら」

「流石に下旬までは咲かないだろうから大丈夫だと思うけど……。そこまで早咲きにはならないと、思う。それにお返しくらいするよ」

 任せとけ、とでも言うように真鍋は胸を叩いた。

「じゃ、俺部活行くから。小林も天気悪くなる前に帰れよ」

「先生みたいな言い方ね。用も済んだし帰ることにするわ」

 「また明日」と言い、真鍋は教室から出て行った。これ以上残っていてもしょうがないので私も帰り支度をして教室を後にした。



 3月になり、真鍋は登校しなくなった。風邪でもひいたのかと思ったが担任の話だとそうでもないようだ。翌日のニュースを見ていると今年は暖冬だったため、桜が普段よりも2週間ほど早くに咲くだろうと言っていた。まさかと思った。悪い方の予想が当たるだなんて。胸の奥がまたひんやりとした。

 ホワイトデー当日。真鍋はやっぱり登校してこなかった。お返し期待してって言ってたのに嘘つきね。3月から登校してきていない時点で期待などしていないけれど。

 こんな気分の日に限って、部活がかなり長引いてしまった。早く帰りたい。

 身支度を整え、ロッカーに向かう。

「え……」

 扉を開けるとそこにはかわいらしいラッピングの袋とメモがおいてあった。

『お返し直接渡せなくてごめん。まさか狂い咲きくらい早く咲くとは思わなったよ。また委員の仕事任せっきりになっちゃってたらごめん。来年も同じクラスになれるといいな!』

 袋の中にはぎっしりとクッキーやチョコレートなどのお菓子が入っていた。

「私があげたより3倍は入ってるかしら」

 私はそのままクッキーを一枚食べた。

「……しょっぱい」

 春なんか嫌い。桜なんか咲かなければいいのに。早く散ってしまえ。

 また、同じクラスになれたらいいのに。


                                         終わり


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