トラスト SIDE-R
今回も遅れてしまいました。
次回もそうなりそうなので、次からの更新は日曜になります。
申し訳ありません。
それでは、本編のほうをどうぞ。
真夜中も過ぎ、東の空から日が昇ろうとする頃。
私達はあれから話を終えると、天子にうながされすぐに家を出た。
前を歩く天子はいつもと違っていた。
学校での彼女をよく知っている私でも、背筋が凍るような冷たい雰囲気を纏っていた。
天子の家で既に一回見てはいるけど、私が知っている天子と違い過ぎて違和感がある。
私はどちらが本当の天子なのか、まだ知らない。
話が終わった後聞こうとは思ったけど、結局言わなかった…いや、言えなかった。
もし、私が知っている方の天子が作っている人格だったらと……そう思うと、聞くのが怖くなった。
そうして私達は、家を出てから一言も話さずに歩く。
そんな事を思いながら下を向いていると、天子が声をかけてきた。
「……どうしたの?やっぱり不安?」
言われた様な空気を出していたのか、私は急に声をかけられた事に驚きながらも答えた。
「えっと、正直不安はあるかな。これから知らない人に会うわけだし」
「…………」
私の言葉に苦笑いで返してくる天子。
世話になっているから文句も言うの、はお門違いだ。私は空元気で天子に返す。
「でも大丈夫!天子の知り合いで信用出来る人だって言ってくれたから」
「……そう」
それだけ答えると天子はまた前を向いて話さなくなった。
しかしその言葉は優く、まるで安堵しているように感じる。
そんな天子の優しさが私は嬉しかった。
さっきの会話で、今まであった張り詰めた様な冷たい空気がなくなったのを感じる。
そこで私は気になっていた事を聞いてみる。
「今更なんだけど、私達どこに向かっているの?」
私の質問を聞いた天子は、あっと何かを思い出した様な顔をした。
「そう言えばいってなかったわね。ごめんね」
天子は謝り、苦笑を見せながら教えてくれた。
「今私達が向かっている場所は桜町にある『トラスト』っていう喫茶店よ」
『トラスト』という喫茶店については聞いた事はなかった。
そして天子の言葉を聞いて、私の中に疑問が浮かぶ。
「なんで喫茶店なの?」
別にどこに向かうのか考えていた訳ではないが、まさか喫茶店だとは思いもしなかった。
私の疑問を聞いた天子は言葉を探しているのか、難しい顔をしながら唸っている。
「ん~、灯台下暗しと言うか何と言うか……私が説明するより灯さんに聞いた方が早いわね」
結局上手い言葉が浮かばなかったのか、説明する事を放棄した。
「ここが『トラスト』よ」
天子は立ち止まると目の前に建っている建物を指差す。
しかし私はその建物を見て不思議に思った。
「何で開いてるの?」
喫茶店なら昼に経営しているから夜は開いていないはず。
なのに看板を淡い光りが照らしていて、店が開いてる事を示してる。
「あぁ、言ってなかったけど『トラスト』は昼に喫茶店、夜はバーを経営してるの」
天子は付け加える様に説明すると、店のドアに近づきそのまま開けた。
ガラン、ガラン、ガラン。
ドアを開けた拍子にカウベルが揺れて、店内に鐘の音が響く。
私は天子の肩越しに店内を見渡してみる。
中の構造は普通の喫茶店と同じだが、今は店内の暗さと照明によってまた違った雰囲気を醸しだしている。
そしてカウンターの中には一人の男性がいて、磨いていたのか手にはコップとタオルが握られている。
男性は私達に気がつき、コップとタオルを置くと話しかけて来た。
「いらっしゃい、こんばんは。どうしたんだ天子?こんな時間に来るなんて」
男性は微笑を浮かばせながら私達に挨拶をすると、天子に質問した。
天子は男性の方を向き、表情を変えず冷たい雰囲気のまま返事をする。
「こんばんわ篤志さん。オーナーに用があって来たの。連絡はしてあるんだけど、もう来てる?」
「あぁ、今裏にいるよ。呼んでくるから待ってて」
篤志と呼ばれた男性はそう言って店の奥へ入って行く。
しばらくして彼が戻ってくると、その後ろから一人の女性がついて来ていた。
長い髪の毛をバレッタで纏めながら出て来た女性は、縁のない細い眼鏡を直しながらあらわれた。
女性は私を見て少し悲しそうな顔をするが、すぐに表情を変えて天子に話しかけた。
「と言う訳で…お願いします灯さん」
「事情は理解した。彼女はこちらで保護しよう」
女性は任せろと断言すると私の方を向いた。
「初めまして。私は雉元 灯。この喫茶店『トラスト』の店長だよ」
灯さんは優しい声で話してくれて、私も慌て自己紹介をする。
「篠崎 莉奈です。えっと……よろしくお願いします」
私の様子を見た灯さんは苦笑しながら顔を左右に振る。
「そんなに緊張しなくていいのに。もっと楽にして」
私は照れ臭くなって顔を下に向ける。
「とりあえず、お互い色々と聞きたい事があるはずだから奥の方に……」
バンッ!
ガラン、ガラン、ガラン。
話が一段落し様とした時、ドアが勢いよく開いた。
音のしたドアの方を向くと、一人の女性が立っていた。
無造作に纏めた黒く長い髪と黒縁メガネ、少しヨレヨレの服を着て、何処と無くだらしなさそうな雰囲気を感じさせる女である。
「やっほ~、こんばんは」
女性は気が抜けるような笑顔を浮かべながら私達の方に近づく。
「こっちに来たら面白いことがあるかもって思ったから…来ちゃった」
「……円、お前また能力を使ったな」
灯さんが溜め息をつき呆れた顔をするが、女性は気にせず私達に話しかけてきた。
「あら?天子ちゃんじゃない、久しぶりね」
「っ……お久しぶりです。円さん」
何故か天子は一瞬身体をビクッ、と震わせた。
その事に気付いていないのか、女性は笑みを絶やさないまま今度は私の方を見る。
「初めまして、私は金崎円よ。好きなように呼んで」
「あっ、篠崎 莉奈です。円さんはこの店の方ですか?」
「ん?私はこの店の常連なの。主に昼の喫茶店の方だけどね……ところで莉奈ちゃん?」
円さんは私の質問に答えると、笑みをさらに深めて近づいてくる。
……何故だかその笑みからは恐怖を感じてしまう。
「莉奈ちゃんは、ここに何しに来たのかな?お姉さん聞きたいな」
円さんは喋りながら私の肩をがっちりと捕まえ、私は逃げられなくなった。
「大丈夫。やさし~く根掘り葉掘り聞いてあげるから」
「えっ、いやっ。た、助けて、天子……」
私は助けを求めて天子と灯さんの方を見る。
「円に捕まってしまったか……仕方ない、私達だけで話すか」
「そうですね」
しかし、無常にも二人の目はこっちを向いていない。
既に二人は歩き出していて、店の奥へと行ってしまった。
「…………」
「さてと、何から聞こうかしら。……うっふふふっ」
その日私の中に思い出したくない事が一つ刻まれた。
酷いや天子…。