力を持つ者、持たざる者 SIDE−T
話の校正に手間取り少々遅れてしまいました。
申し訳ありません BYオピオイド
「この施設が能力者を人工的に造るための人体実験場であることに」
五條さんの話を聞いても、俺はすぐに頭の中で整理することが出来なかった。
そして数秒程経ち、五條さんの言葉が脳に浸透した俺は、身を翻して部屋を出て行こうとする。
そんな今にも駆けださんとしている俺を、五條さんは慌てて呼び止める。
「おい! 一体どこに行くつもりだ!?」
「助けに行くんですよ、その人たちを!」
五條さんは話の中で「連れてこられるのに増えることのない人口」と言った。
それはつまり実験が失敗していて、死んでいる可能性が高い。
居ても立ってもいられない俺を止めるため、五条さんは更に声をかける。
「待つんだ!」
「止めないでくれ、五條さん!」
「じゃあ聞くが、一体どうやって助け出すつもりだ?」
五條さんのその言葉を聞き、部屋の入口まで来ていた俺の動きが止まった。
その状態のまま数十秒間時間が流れ、部屋の中が静寂に包まれる。
俺は気まずいのを堪え、部屋の中央辺りにいる五條さんの方へと振り返った。
俺の反応から、何の考えもなく突っ走ろうとしていたのがわかったのか五條さんは手のひらで顔を覆いながら盛大に溜め息を吐く。
「とりあえず、座って落ち着け」
手招きをする五條さんの言う通り、俺は座っていたソファーへと再び腰を下ろす。
俺は何も考えずに自分がやってしまった行動に恥ずかしさから身体を小さくして、食事の最中に入れ直してもらったコーヒーをちびちびと飲む。
改めて思うと俺は思い上がっていたのかもしれない。
能力や『励起法』を使えるようになって自分はどんな事も、とは言わないが少なくとも大抵の事は出来ると思い上がっていた。
確かに身体的能力は『励起法』により上げることができ、やれる事が増えて可能性が拡がった。
しかし、言ってしまえばそれだけである。
俺という人間が変わった訳ではなく、多少力が付いただけなのだ。
一人の人間がどうこうした足掻いたところで、出来ることには限界がある。
そんな当たり前の事なのに、気付かず粋がっていた自分が恥ずかしい。
そこまで考え俺は、項垂れさせていた頭を上げて五條さんを見る。
五條さんは俺の事を真っ直ぐに見ていて、俺はその視線にうろたえながらも謝罪の言葉を伝えた。
「…すみませんでした」
「ん、熱も冷めたみたいだな。まぁ、気持ちは解る。そんなに気にしなくていい」
五條さんはそう言うと、言葉通り気にした風もなく空になっていたコーヒーカップを持ちコーヒーメーカーへと向かう。
少しの間、部屋の中にコーヒーメーカーの点てる音だけが響く。
まったくもって自業自得なのだが、俺は沈黙に耐えきれなくて一言もはっせない。
ここは気を変えるために五條さんが話してくれた事を思い返してみる。
しかし、改めて考えてみて浮かんできた感情はさっきの様な衝動的なものではなく、漠然としたものだった。
確かに能力者となり、普通の人とは一線を画すモノになってしまったのかもしれない。
しかし、つい最近に能力者として発現するまでは普通の人間として生活していた。
それなのに自ら望んだこととはいえ、自分と同じような人間を作るためにこの施設ででは人体実験が行われていると言われても、今一実感が湧かなかった。
だから俺は、漠然としながらも考えるうちに生まれた疑問を五條さんにぶつける。
「なんでそんな事までして、能力者を求めているんですか?」
五條さんは正確な人数などを言わなかったが、話の流れから彼がこの研究所に来てからそれなりの期間が経っているのだろう。
ということは、それだけ多くの人がこの施設へ「地獄列車」に乗せられ、連れ込まれているはずだ。
連れてくる人間がどこの国のどんな人間であれ、人一人を連れ去るのだから、それなりの危険は伴うはずである。
しかし、それでもなお実験を行われていると言う事は、それほどの利点が能力者にはあるのだろう。
疑問と共に自分も成り立てだが一能力者として、それが何であるのか気になりどうしても聞いてみたと思ったのだった。
コーヒーを淹れなおし終わった五條さんが、自分の座っていた椅子に座り、俺の方を見る。
「そうだな。これも俺の推測の話になるが、それでよければ話そう」
五條さんはカップを傾け、コーヒーで喉を潤わせてから話し始めた。
「おそらく能力者は常人を遥かに超える力を持っているからだと、私は考えている。君は使っていたみたいだから知っているはずだが、能力者は能力の他にも励起法と呼ばれる特殊な身体能力増強が出来る。これにより練度の差こそあれ、普通の人間と違い格段に身体能力を上げることが出来るんだ」
五條さんはそこで言葉を切ると、溜め息を纏わせながら話を続ける。
「励起法による強化って、そこまで言うほど凄いんですかね?」
「君は、自分で使っていて気付いていなかったのか?」
五條さんは驚いた風に言うが、俺は五條さんの言ってる意味が分からず頭を傾げる。
それを見て五條さんは苦笑いをしながら、さらに俺へ質問してくる。
「例えば研究所内を警備員から追われている時だ。君は警備員から発砲されたと思うが、その時どうした?」
「それは、避けて……あっ」
そこで俺は気付く。
あの時俺は、励起法により自分が確実に強くなっている事にしか気が向いていなかった。
しかし、改めて考えてみれば銃弾を避けるなど、『多少』身体能力が上がった程度では出来るわけがない。
銃の『発砲』を確認してから銃弾を避ける、既に人の域を遥かに超えている。
「更に励起法に加え、能力者個人ごとにそれぞれ個別の能力を有しているんだ。それだけの力を誰かが求めてもおかしくはないだろう?」
五條さんの話を聞いて俺はその考えに納得する。
自分は何も知らない能力者だった訳だが、経緯はいつもの日々を取り戻す為に力を求めその末に『励起法』を習得した。
ならば普通の人間の中でも俺と同じ様に、何らかの理由で力を求めている人がいる筈だ。
その為ならば非道な行いをしても能力者を作り力を手にしようと考える者がいても、おかしくないと思ったのだ。
「そこまで考えていたんですね」
素直にそう思い俺は五條さんに称賛の声をかける。
しかし俺の称賛に、五條さんは渋い表情を表した。
「いや、結局それまでだ」
短いその一言にどれだけの意味が込められているのか分からず、俺が戸惑っていると、五條さんは自らの罪を話すように独白する。
「私はこの施設で人体実験が行われていると知ってしまった事で、責任感等から逃げだす事も、後に引き返すことも出来なくなっていた」
五条さんは人体実験の事を話す時と同じ様に、苦々しく表情を歪めながら話す。
「何か出来ないかとひたすら情報を集め続けたが、私には何かを実行するだけの力がなかった」
そこで話を区切り、五條さんが俯かせていた顔を上げる。
顔を上げた五条さんのその瞳の中からは、堅い決意と真摯な気持ちが読み取れた。
「……だが、そんな時に現れたんだ。君という名の『力』が」