行方 side-T&R
夕日も沈み、木々の隙間から見える夜空に星が灯り始めたころ。
深い森の中を走るような錯覚を振り切る様に、俺は思いつく限りの場所を走っていた。
学校にも戻った、いつも行く喫茶店や図書館など…思いつく限りだ。
「くそっ…莉奈、どこにいるんだよ」
俺は一度立ち止まり息を整える。
あの時、少し冷静さを取り戻した俺は、街の深い森の闇の中へと走り去っていった莉奈を追いかけた。
しかしあれから2時間走り回ったが、いまだに見つからないでいた。
「…俺は何で莉奈の手を掴まなかったんだ」
手を掴めなかった自分を責める度に、莉奈の泣きそ出しそうな顔が脳裏に浮かぶ。
「他に莉奈が行きそうな場所は……そうだ、まだあの場所がある!」
何で今までそれを思いださなかったのだろうか。
それと同時にある場所のことを思い出し、俺はその場所に向けて再び走り出した。
俺は昔、こっちに引っ越して来てよく遊んだ時の記憶を頼りに森の中を進んでいく。
家から少し行った鎮守の森の中、神社の裏手にある茂みの奥に少し開けた場所があった。
そこには周りの木と比べると一回り大きい木があり、そのそばにあるものを見て懐かしい気分になりながらも転がり込むように入る。
「まだあったんだな、俺たちの秘密基地…」
秘密基地といっても子供が作ったものだから別にたいしたものではないが、でもそこには俺と莉奈の思い出が詰まっている。
今の体からは少し小さくて窮屈だが、できる限り身を縮め中を探った。
人形に水鉄砲、その他にも小さいころ使っていた遊び道具が色々と転がっていた。
一つ一つに色々な思い出があるが、俺はその中にあるものが無いことに気づく。
「俺が作った莉奈の弓がない…」
昔、莉奈がテレビの影響で弓を欲しがったから俺が作ったことがあったのだ。
子供にしてはの力作。
種を明かせば弓の材質から形まで家にある親父の研究資料からかっぱらって作った作品だったりする。
オチとしては莉奈が試し打ちして、若木を貫いた威力から恐ろしい事態になり封印していた。
しかし、今この場所でそれが無いと言う事は。
「莉奈がここに来てた…いや、他の誰かが持って行った?いや、違う。莉奈が持って行ったんだ、まだ近くにいるのか……ん?」
そこで、俺は違和感を感じた。
もし莉奈が持って行ったのならば、なぜ莉奈はあんな危険な『弓』を持っていいったんだ?
工事現場のこととも関係しているのか?
考えれば考えるほど、俺の頭の中でいくつも疑問が浮かんでくる。
そんな中、ふと俺の脳裏にある光景が掠める。
「あの時もあいつは………あの時?」
記憶にないはずのものが浮かんだ、あの時。
あの時っていつだ?
俺は何か忘れてる
何だ?
俺の頭はさらに混乱し、答えの見えない疑問に途方に暮れた。
さらに夜の帳が深くなって。
結局あれから何も思い出せず、莉奈も見つけられていない。
俺は、父さんと母さんに莉奈のことを伝えるために家まで帰って来た。
玄関を開け、リビングへと入る。
そこには父さんと母さんがソファーに座っていて俺に気づくと駆け寄ってきた。
「こんな時間まで連絡もせずにどこに行ってたんだ?」
母さんの目には涙が溜まっていて、罪悪感で胸がはち切れそうだったが今はそれどころではなかった。
「それより父さん、莉奈帰って来てない?突然いなくなったんだ!」
「なに?」
困惑する二人に俺はビルの工事現場でのことを話した。
二人で買い物に行って、その帰りに事故にあった事。
莉奈が落ちてきた鉄骨に当たりそうになった事。
そして鉄骨が莉奈の周りだけ粉々になった事。
二人は話し終わった後も黙っていたが、しばらくすると父さんが口を開いた。
「…東哉、お前はもう捜すな」
「父さん何言ってるんだよ?」
俺は自分の耳を疑う。
しかし父さんの目はまるで俺を貫くかの様に鋭く見詰めてきて、冗談を言ってる様には見えなかった。
「莉奈は私達が必ず捜し出してみせるから…」
「母さんまで。俺だって家族だから莉奈を放っとける訳ないだろ!二人ともどうしてだよ!!」
「待て、東哉!」
たまらず俺は玄関へと走る。父さんの制止の声が聞かずに。
俺は立ち止まらない、莉奈を捜すため再び夜の街へと駆り出した。
私は街の森の中で身を潜めていた。
あの場からすぐに逃げ出したのは最善の判断だった……だった筈だ。
東哉は覚えてないだろうが私は私の持つ能力が呼び寄せる危険性は十分解っている。
一緒に居ればあの時の事を覚えていない東哉を巻き込んでしまう。
そう、一番良い方法なんだ。
「でも…これからどうしよう」
私に行く場所は無い。
今、この状態の私はハッキリ言って危険物と変わらない。
頼りたくても頼った人間にも危険が及ぶ。
不安に駆られ、手に握っている物を強く握る。
今、私の手には『弓』がある。
念のためと秘密基地に置いてあったものを持ってきたのだ。
部活動でアーチェリーをしているから上手く使えるだろう。
その『弓』をジッと見ていると、こんな事になってしまったビルの工事現場でのことを思い出す。
東哉に手を掴んでもらえなかったことが、私を拒否している様で辛かった。
彼の目は戸惑いの色に染まっていた、だから掴めなかったのは解っている。
本当は、掴んでいたら東哉も巻き込んでしまうから駄目だともわかっている。
でも、感情が追い付いていかない。
掴んで貰えなかった事実が私の胸を苛んでいた。
「いけない、こんな事じゃ今からやっていけない」
何度も繰り返される思考に辟易しながら思い耽っている。
その時だった。
少し離れた場所から何か呻き声の様なものが聞こえた。
気になってしまい、私は手に持っていた『弓』を握り直すと静かに近づいて行く。
私の事がもう発覚したのだろうか?
音がする方へ気付かれないよう身を屈め木々に隠れる様に向かっていく。するとそこには倒れ込んでいる男と何人かの少年達と二人の少女。
少女達はそれぞれ剣と杖を使い戦っていた。
「なに、これ…」
少女達の戦いを見て私は目を疑った。
二人の動きはとても速く人智を超えている。
余りの光景に凍りついた身体、反面私の心は自分が今から入り込むであろう世界に恐怖し身体を震わせ、思わず呟いた。
「東哉…」
もう、あの日常には帰れないのだろうか…?