人攫い SIDE-R
今回は一日遅れで完成。
この調子で目指せ日曜日更新だ!!
円さんの叫び声はトラスト全体が震えたのではないかと思うぐらい大きく、私の鼓膜に痺れを残しながら響き渡った。
それから数秒、円さんの叫び声の残響も止んで部屋の中が静かになる。
まだ耳鳴りしている耳を手で押さえながら、私は回りを見渡す。
私以外の皆はこうなる事を予測して耳を塞いでいたからか、多少顔をしかめてはいるが大丈夫そうだ。
何で教えてくれなかったのかと私は文句の一つも言いたい気持ちになったのだが、今はそれよりも気になる事があった。
私は突然の事に信じ切れず再度、気配も前触れすら何もなく突如現れた男性に視線をマジマジと向ける。
するとやはりそこには金髪碧眼の男の人がいて、ニコニコと実に愉しそうに笑っていた。
私が驚き、戸惑っている内に灯さんがその男の人に話し掛ける。
「直接会うのは久しぶりだな風文。元気にしてたか?」
男の人に話し掛けた灯さんの表情は微笑を浮かべてるが、その微笑には隙が一切見当たらない。
それに対し、灯さんに風文と呼ばれた男の人の方も笑顔で答えた。
「元気も何も、昨日電話で話したじゃないですか。それとも、そんなに俺の事を気にかけてくれたのかな? だったら光栄だなぁ、こんな美しい人に気をかけられて」
「気にするな。お互いの社交辞令に薄ら寒さを感じる」
男の人の軽口を灯さんは何事もないように微笑を浮かべたまま捌く。
そんな灯さんの反応に男の人は肩を竦め、苦笑した。
「はははっ、相変わらず灯さんはつれないね」
男の人は灯さんの事はさっさと諦めたのか、次に視線をスッと動かし円さんの方を見る。
円さんは叫んだ状態のままで固まっていて、ピクリとも動かない。
そんな円さんに男の人は笑顔を浮かべたまま話し掛ける。
「やぁ円さん。来てからずっとどうしたんだい? まるで狼の前の兎のようだよ?」
男の人に話し掛けられた円さんの反応はまたしても物凄かった。
円さんは隠れていたはずのカウンターからいつもと違う機敏さで飛び出すと、今度は扉を開けて倉庫の中へと吸い込まれる様に入っていく。
円さんの行動を見ていた男の人は、楽しそうにさらに笑みを深める。
「やっぱり円さんは期待通りのリアクションをしてくれる…全然飽きないよ」
男の人が呟いたその時、皆は円さんの方を見ていたが、私は何となく気になって男の人の方を見てみると、そこには笑顔の仮面を被っていても隠し切れていないほど邪悪な雰囲気を男の人が出していた。
私はそんな表情に対して何とも言えない恐怖感を覚えた。
男の人を見るのが怖くなった私は、倉庫へと逃げ込んだ円さんの方を見る。
円さんは時折扉を少し開け、私達の方の様子を伺っていた。
その度に円さんの触れている扉が震えていて、円さん自身がどれだけ震え怯えているのかがわかる。
そんな円さんを見ても皆は変わらず傍観していて、その表情からはまるで“またか……”と呆れている様にさえ見えた。
私はどうしても気になりちょうど隣にいた篤志さんに聞く。
「あの、篤志さん。円さんがあんなに怖がってるのに何で皆何もしないんですか?」
私の疑問を聞いた篤志さんは私の方を向くと、苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「あぁ、風文が来ると毎回こんな感じなんだ。円の反応を見てると少し可哀相とも思うんだが、別に風文もそこまで酷いことはしてないからね。むしろ俺達から見たらからかっている様に見えてしまうぐらいだよ。あと、彼女の自業自得だよ」
篤志さんは話している間に表情が緩んでいき、終わる頃には苦笑いが見守るような微笑へと変わっていた。
あと自業自得が一番納得した。
ちょうどその頃、男の人はある程度満足したのか灯さんに話し掛けていた
「さて、灯さん。そろそろ本題に入ろう」
「そろそろって、お前が長引かせたんだろうが……まぁいい。篤志、莉奈ちゃんを」
「解りました。莉奈ちゃん、灯さん達が話すみたいだから向こうに行こうか」
篤志さんに促され、私は気になりながらも部屋の奥へ向かった。
それから数十分後……。
「莉奈、こっちに来てくれ」
話し合いが終わったのか私は灯さんに呼ばれた。
「風文が莉奈ちゃんの事を聞きたいそうだ。こう言う事は本人に自己紹介させた方が手っ取り早いと思ってね」
灯さんにそう言われて、灯さんとテーブルを挟んで向かい側にいる風文さんを見る。
風文さんは私が自分の方を向いたのを確認すると話し掛けてきた。
「自己紹介がまだだったね。俺は風文、三剣風文だ呼び方は好きな様に呼んでくれ……君は?」
風文さんに促されて私も慌てて自己紹介をする。
「初めまして、篠崎莉奈です。えっと……風文さんでいいですか?」
私が風早さんに聞くと、笑顔で「ああ」と頷いてくれた。
「俺は莉奈ちゃんって呼ばせて貰おうかな。ところで…莉奈ちゃんもう一つ聞いてもいいか?」
私が頷くのを見て、風文さんは私の目をしっかりと見ながら聞いてきた。
「俺は莉奈ちゃんの能力について知りたいんだ」
力強く意志の強い風文さんの目を見てると意識がそのまま彼の奥へと吸い込まれそうだった。
私は意志を無理矢理奮い立たせ、話していいか確認を取るために灯さんの方を見る。
私の表情を見て分かったようで、灯さんは頷きで答えてくれた。
灯さんからの許可もおり、私は意を決して風文さんの方を向いて話し始める。
「……私の能力は結晶化です。結晶化できる範囲、大きさ等は私の意志に比例して、何をどのように結晶化するかは私自身が理解してないといけません」
私が話し終わり一息すると風文さんが話し掛けてきた。
「へぇ、おもしろい能力だな……灯さんが手元に置いておく理由が分かるよ」
「…風文、能力者をかこってコレクションしているみたいな発言をするな」
「これは失礼。そのような意味で言った訳ではないですよ」
そして風文さんは灯さんに目配りをしてなにかを伝えると、とんでもない事を言った。
「ねえ灯さん……この子連れていってもいいかな?」
「えっ?」
私は驚き風文さんの言葉に耳を疑うが、次の瞬間私はさらに驚愕する事になる。
「ん、別にいいぞ」
「はっ?」
まさか灯さんが許可を出すとは思ってもいなかったから、私は驚きのあまり思考が停止した。
「よし。許可も出た事だし行くか」
「ちょっちょっと!?」
今だに思考が停止している私は風文さんに服の襟を掴まれて引きずられていく。
はっきり言って問答無用、抵抗しようにも引きずる力は恐ろしく強い。
そうして引きずられていると急にどこからか悲しそうな曲、ドナドナが聞こえてきた。
私は突然の急展開に思考が上手く回らないながらも、何とか声のした方を向く。
そこには倉庫の扉を少し開け、その隙間からこちらを見ている円さんが歌っていた。
扉の隙間から見えたその表情は新たな仲間が増えた事で喜んでいる様だ。
そんな円さんのドナドナに見送られながら私は「トラスト」から連れ去られるのであった。