風と共に SIDE-R
相変わらずの二日遅れ。
申し訳ありません。
次こそはー!!
日も沈み、頂点から見下ろす月の光りが闇夜を照らす頃。
今時計の短針、長針は11時の所を指している。
いつもならば、『トラスト』は昼間の喫茶店の様相を変え、BARとして営業しているはずだった。
しかし、今日は雰囲気を出す為の薄い暗目の照明や音楽は無く、店の外のドアに掛かってる札もClosedになっている。
店の中は普通の白色蛍光灯に照らされていて、中の雰囲気は昼間と変わっていない。
そんな、いつもとは違う『トラスト』の店内で私達は晩御飯を食べていた。
店内に皆がパスタを食べている音のみが響く。
今店内には私、灯さんと円さん。
パスタを作ってくれた篤志さんと何故か居る天子の五人。
私は食べる手を少し休ませて目線だけを動かして、テーブルを見渡す。
こうして皆揃ってご飯を食べる事は、この一週間で初めてだ。
天子は元々『トラスト』に余り寄り付かないし、円さんは喫茶店の方が終わる頃には欠伸混じりで帰る。
そして灯さんと篤志さんは昼と夜のシフトを別々に働いているから、交代の時か店の経理をしている時しか二人ともいる事がほとんどない。
私は私で主に喫茶店の裏方を主に手伝っているから、それぞれ微妙に時間がズレて揃わなかったのだ。
しかし、今回はある特別な事情によって皆揃うことになった。
そんな特別な事情を作り、それをその日の昼に急に決めた張本人は、私の右隣りで静かに食事している。
私が昼の休憩に入る前に灯さんが“今日合わせたい人がくるから”と言ったが、それ以上何も言わないし聞いても教えてくれない。
ただ、楽しみにしておけと含み笑いをされながら言われるだけだった。
含み笑いを見せられて安心して待つ事が出来ずに昼からの数時間、楽しみと言うよりも不安の割合が時と共に大きくなるだけである。
そんな事を考えていると。
「……今さっきからこちらばかり見てどうしたんだ?」
最初は考え込んでいたから灯さんに話し掛けられた事に気付くのが遅れ、その言葉を頭に浸透させるのにも時間がかかった。
灯さんの事を考えていたからか、視線はずっと灯さんに止まっていたみたいだ。
私は慌てて目線を逸らし何でもないと話しをずらそうと考えるが、別に隠すこともないと思い私は再度灯さんに聞いてみる。
「あの……まだ何も教えてもらってないんですけど、今日私に合わせたい人ってどんな人何ですが?」
正直、今回も会えばわかるみたいな事を言われて 半分諦めていたのだが、今度の灯さんの反応は違った。
灯さんは瞼を閉じて考えるそぶりを見せ、そのまま黙り込む。
その反応に私は多少の期待を込め、灯さんが話し始めるまで待つ。
それから瞼を開けた灯さんは言葉が纏まったみたいで、いつものしっかりとした声で話し始める。
「私が今日呼んだやつの事を話さなかったのは、私が教えてもあくまで私から見たそいつの印象だからだ。相手に対して抱く印象なんて、人によって受け取りかたが違うからな」
そこまで話すと真面目な表情から急に微笑を浮かべて続きを話す。
「まぁ、何も知らない状態であいつに会った時の君の反応を見てみたかった、というのもあったがね」
話し終えた灯さんはさらに微笑を深め、笑みを作る。
灯さんの浮かべている笑みが、私をからかっているものだと分かった。
いつもなら文句の一つでも言うはずなのだが、今の私は灯さんの笑顔に見惚れていた。
灯さんの笑顔は大人の女性の中に少女のような輝きを持っていて、同性の私からしても綺麗である。
「……本当にどうしたんだ?」
またもや灯さんの事をジッと見ていたみたいで、灯さんが不思議そうに私を見てくる。
私は恥ずかしくなって、ごまかすために立ち上がり自分と灯さんの空になった皿を持つ。
「何でもありませんよ。食べ終わったみたいですから片付けてきますね」
灯さんが頷くのを確認してから皿を持って行き、シンクで洗う。
それから少し経つと篤志さんが自分の分の皿を持って来た。
「俺の分も頼めるかな。代わりに紅茶でもいれよう」
「はい、お願いします」
私が皿を受け取ると篤志は礼を言ってから紅茶を用意し始める。
私は皿を洗いながらも食事中から気になっていた方を見た。
そこにはテーブルに座っている円さんと天子がいて、二人は見るからに落ちつきが無い。
天子は円さんの方を時々見ながら気にしているのだが、天子に関しては同じ質問地獄を受けた者同士として、何となく気持ちがわかる。
しかし、何故円さんまでそうなってしまっているのかが分からない。
しかも度合いは天子よりもさらに酷く、そわそわしていて視線はうろつき、食事はほとんど手を付けてない。
今日私が昼休憩に入る前ぐらいからずっとこんな調子で、円さんも今回の事に関係あるからか『トラスト』から速攻で逃げようとしていた所を灯さんから捕まえられていた。
そんな円さんの行動に私が不思議に思っていると、篤志さんが壁に掛けてある時計を見て言う。
「もう11時半か。そろそろ来てもいいころだな」
相手の方には喫茶店を閉めて晩御飯を食べる時間をある程度予想して、10時半頃に来るように灯さんは言ったらしい。
それはこの場にいる全員が知っているはずなのだが、篤志さんの言葉に円さんは身体を“ビクッ”と震わせ、立ち上がると目にも留まらぬ速さでカウンターの方へと身を隠した。
そんな円さんの異常なまでの反応に、私は口を動かすが驚きのあまり声が発せられない。
しかし回りを見渡してみると、皆円さんの行動を見ても平然としていて、灯さんに関しては悠長に食後の紅茶を楽しんでいる。
「円さん?……って何で皆はそんなに普通なの?」
私は声にだして訴えるが、皆は揃って“慌てなくても大丈夫”という表情で私を見てくる。
しかしほっとける訳もなく、私は今だに身を縮めて隠れている円さんに聞く。
「あの円さん、今日来る人について何か知ってるんですか?」
私の言葉を聞いた円さんの身体の震えが急に止まり、物凄い形相で訴えてくる。
「知ってるも何も……あいつは鬼で悪魔よ! あいつの前じゃ地獄の鬼も狼を目の前にしたウサギの様に震え上がるわ!!」
「へぇ、そんなひどい奴なんだ」
「もちろんよ。むしろ今言った言葉だけでも足りないぐらいだわ、悪魔の化身に謝った方が…」
そこまで言ってから円さんの動きと声が止まった。
私もその違和感に気付き、円さんと同時に声のした方を向く。
そこには黒の入った金髪に碧眼に彫りが少し深いながらも日本人の容貌をした男がいて、笑顔を浮かべながら私達の視線に答えた。
「やぁ。久しぶり円さん」
円さんの方を見ると口を開けた状態で止まっていて、周りの皆は何故か耳を塞いでいる。
そして……。
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜」
その日日付が変わる時、円さんの言葉にならない叫び声が深夜の『トラスト』の中をこだました。