戦い SIDE-T
今回も二日遅れでお送りします。
初めての戦闘シーンで手間取りました。
すみません、次回こそは予定通りに行きたいとおもいます。
それでは本編を。
急に背中が泡立つ様な感覚が走り、俺は後ろを振り向く。
月明かりが漏れうっすらと立ち並ぶ木の影から人影が、飛び出し俺の方へと向かって来た視界の端におさめた。
その人影を見て、俺は反射的に右横へ全力で飛びのいた。
次の瞬間、俺がいた所辺りで木に何かが当たったような音が聞こえた。
地面へ倒れ込みながらも何とか受け身を取り、跳ね上がる様に立ち上がり今さっきまで自分が立っていた場所の方を見る。
俺の背後に立っていた木に鋭い刃物で斬ったような傷痕が残っていて、それはちょうど俺の首の高さだった。
それを見て俺は粟立った肌が一気に冷え込みゾッとする。
少しでも反応が遅れていたら、あの木の傷痕が自分の首に深く刻まれていたかもしれない。
「くそっ……どうなってんだよ!?」
これがもう何度避けてるのかさえわからない。
恐怖感から小さく叫びながらも、周囲への警戒は怠らない。
状況に追い付かない頭を整理する為にこれまで一連の流れを思い出す。
講堂で学年主任の先生からの説明が終わり、浩二達から力強く後押しされた後。
俺は先生や他の生徒達の視線をかい潜りながら、何とか施設から出る事が出来た。
施設を出た俺は、施設が建っている敷地を抜けて周辺の森へと人目がないかと警戒しながら入っていく。
叫んで呼びかける訳にはいかず、さらに昼間と違い暗くて視界も悪い。
周りの木々の隙間から零れている月の光だけを頼りに進む。
森はただひたすら静かで、木の葉が風で揺れる音、虫や動物達の鳴き声が周りに響き渡る中を抜ける様に俺の枯れ葉を踏む足音が響く。
施設を出た時点での時刻は8時だったが、今携帯の時計で確認すると既に12時を回っていた。
とりあえず休憩を取ろうと思い地面に直に座って近くの木に背中を預ける。
そして、その時身体にいつもとは違う様な違和感を覚える。
前は莉奈を捜すため夜中ずっと走り回って、だいたい途中で力尽きるか次の日の朝に身体が泥沼に嵌まったかのように重かった。
しかし、今は身体が全くと言っていいほど疲れてなくて、むしろ軽いぐらいである。
「ん〜……最近ずっと走っていたから体力がついたのかな」
俺は自分なりの答えを出して納得すると、上の方をを見上げる。
夜空には光り輝く星々がちりばめられていて、いつもより暗い場所から見ているからか星が近くに感じられ、手を伸ばせば掴めそうな気さえした。
そうして少しの間休憩していると、何故か背中を悪寒が走るような何とも言えない感覚にあう。
俺はその感覚に逆らう事なく、立ち上がり周囲を見渡す。
そして背後が気になり後ろを向くと……。
これが施設を出てから今までの流れで、結局何故俺が襲われているのかわからないままだ。
しかも、ちょうど回想が終わった時にまた何かを感じ、左の方へ視線を向ける。
茂みの中から飛び出して来る相手の姿を見るが、その姿に違和感を覚える。
(……相手の動きが見える?)
何故か、今さっきまでとは違い相手の動きが少し遅く感じる。
何度も避けて相手の動きに対して目が慣れてきたのかもしれない。
俺は思い切って、ただがむしゃらに逃げるのではなく、今度は相手の動きをよく見ながらほぼ最低限の動きで避ける。
右斜め後ろへバックステップし、相手の刃物をかわす。
だが、俺はそこで安心してしまった。
相手は俺の動きに即座に反応して、空いている左手で俺を掴むと、左腕だけで俺を投げて木へと打ちつけた。
「かはっ……」
近づいてくる気配を感じて立ち上がろうとするが、痛みのあまり起き上がる事すら出来ない。
それでも、何とか木に背を預けて座ったまま相手の方を向く。
その頃には相手は目の前まで来ていて、右手に持っている刃物を振り上げている。
俺が見上げる中、相手は一切の躊躇も無く振り下ろす。
俺はそんな様子をまるで走馬灯の様に引き延ばされた時間の中で、自分の首に向かって振り下ろされていくのがスローモーションのように見える。
そしてもう少しで刃が首に届く時、俺の頭の中に膨大な量の情報が流れ込んできた。
最初はそれが何なのかわからなかったが、すぐに右手が触れている木の構造である事を理解した。
それから俺は本能の通りにそれらを動かす。
思いのままに……。
そこで俺は我に帰った。
右手が触れていたはずの木は、触っていた部分だけがごっそりと無くなっていて、明らかに不自然な跡を残している。
更には、周辺の空気が異常にくすみ淀んでいる。
突然の視界不良の為かそれとも他の理由があるのか相手の刃は細かい震えと共に俺の首の皮一枚の所にあって、そこで動きが止まっている。
それから時間にして数秒もなかっただろう俺にとっては永遠にすら思える時間が経ち、そのまま相手は後ろへ飛びのく。
相手はすぐに反転し全力で森の中へ駆け抜けて行った。
「……えっ?」
頭の処理が追い付かず呆然としていたが、少し時間が経ち状況が飲み込めると慌てて立ち上がる。
周りを見渡して相手がいないことを再度確かめて、俺は逃げ出した。
どこに向かうなんて考えずに。
俺は相手から逃げるためにとにかく走り続けた。
そして気付くと既に森を抜けていて、海岸部の公園まで来ていた。
そこは、白い石畳の公園と混じり合う砂浜が連なって一体化している。
今いる場所を把握するため、林間学校のしおりの中にあった施設周辺の地図を思い出す。
地図の中に海の側にある公園は一カ所しかなかったので、すぐに自分がどこにいるのかがわかった。
それで少し安心して思い出したかのように疲れが振り返し、立っていられなくなって近くのベンチへ腰掛けた。
身体を休めていると思考の方が働いてきて、嫌でも今さっき森の中で起こった出来事を思い出させる。
頭の中に知らないはずの膨大な量の情報が流れ、それらを理解してさらには操作することが出来た。
言葉にするのは簡単だが、それがいかに現実ではありえない事であるかはわかる。
前にビルの工事現場でも同じ現象が起きたが、今回は規模や物質も違い、自分で何が起きるのか理解までした。
「……俺はいったいどうしてしまったんだ?」
プレートには「残響の迷宮」と書かれており、その名には聞き覚えがあった。
前に莉奈が噂で聞いたのを俺に話したのだが、ここで仲を拗らせたり険悪にしたりするカップルが多い事から、別名「別離の境界」と呼ばれているらしい。
オブジェを見ていると急に耳の奥へ響くように潮騒が聞こえ、そしてそれに隠れるように、何十何百何千もの人の囁く声が奥底から聞こえてきた。
「うっ……うわぁぁぁぁぁあああっっっ!!!?」
その場に倒れ込み頭を振って、気が失いそなのを何とか堪える。
数千人規模の怨嗟の声、聞きつづけていれば精神的にくるモノが来る。
「こんな物はあってはいけない……」
俺は何かにつき動かされる様にオブジェに触れた。
よくみるとジャージ姿の女生徒がオブジェの傍らに倒れている。
「…っっっ、こいつのせいかぁぁぁ!!!」
痛みに堪えながら手に意識を集中させる。
すると、さっきと同じく頭の中にオブジェを象っている分子の構造を理解し、そして俺はただ外す事だけを考える。
オブジェは俺が触れている場所から段々と形を失い、数秒後には跡形も残らず無くなった。