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08.冗談で全てを誤魔化そうとするのは良くない

 真上にまで登った太陽が余すことなく大地を照らす。森は深い緑を茂らせ、畑の作物はすくすくと天へ向かい伸びていく。

 シャレムが馬屋で待ち伏せていると、こちらへ気付いた男はメガネ越しにあからさまに眉を潜めた。


「もう少し隠す気があっても良いのでは?」

「何の事でしょうか?」

 

 瞬く間にスロースは素面に戻る。

 足を止める気配がない男に歩幅を合わせるため、シャレムは足早に、大きく脚を開く。ロングスカートをやめて正解だったようだ。


「申し訳ありませんが自分は本日、非番となっております。ご用件は他の者にお申し付け下さい」

「あなた以外にお話しできるクリード様のお付きいないのにどうやって……? それに、そのことで聞きたいことがあったので来たのですけど」

「はぁ……。なるほど……」


 生返事ばかり返して困った従者だ。本当に従者なんだろうか。

 彼はメガネを持ち上げると少しばかり歩調を緩めた。強い日差しを避けるように、2人は木陰の下を歩く。


「クリード様ってフロスト家の次男なのに、どうして……あんなに身軽なの?」

「クリード様を産まれたお母上が、亡きお父上の妾だからです」

「……それだけ?」

「それだけですとも。クリード様には他に3人ご兄弟がいらっしゃいますが、腹違いはクリード様のみ。もし現当主である兄君がお亡くなりになったとしても、余程のことが無い限り次のご当主はクリード様の弟君です」

「そうなの……」


 彼が6年前の面影を一切残さずに育ったのは苦労があってのことだろう。『シャレム・エストリンド』と言い、クリードと言い、何とも悩ましいものだ。

 すれ違う人の姿が無くなると、スロースは足を止め手近な木に寄りかかった。シャレムも隣の石垣へ腰かける。帽子を取ってぱたぱたと顔を扇ぐと生温い風が生まれた。


「それで? わざわざその格好でこちらまでいらっしゃった実際のご要件は?」

「クリード様の興味を私からそらすにはどうしたら良いと思います?」

「また随分と心ないことをおっしゃる」


 そんなことは自分が一番分かっとるわ!

 ぐぬぬ、とシャレムが口を引き結ぶのを見た従者は笑みを深めた。もしかしてもしかしなくても、一番タチが悪いのはこの男なのだ。


「……私は真面目に相談しているんです、スロース殿」

「自分は主人の意向に従うだけの人間です。クリード様があなた様を手に入れたいとおっしゃる内はそれに従う他ありません」

「お兄様にも私のことは伝えていらっしゃらないのでしょう? 私の素性がバレたら、匿っているクリード様もあなたもタダでは済まないのではなくて?」

「その様なことはクリード様も承知の上でしょう。覚悟の割に準備不足は否めませんが……」

「私は私のせいであなたやクリード様が国から追い出されるようなことがあってはいけないと思うし……。もっと相応しいお相手が他にいると思うのだけど……」

「他者の幸福をご自分のご都合で否定されるとは、お父上に似て傲慢であられますな、シャレム様」

「もう少しオブラートに包んでいただけませんこと……?」


 シャレムは帽子に顔を埋めて唸った。

 彼から見れば12歳の少女がどうにかして自分に一方的な好意を抱く男から逃げ出したいように見えていることだろう。しかしクリード・フロストが恋をしているのは『シャレム・エストリンド』であって『天羽優陽』ではないのだ。頷くことはできない。もし彼の言葉に頷くとすれば真実を話すべきだろう。

 

「5年経ってもまだ好いて下さっているのであれば、きちんとお話ししたいですけど……」

「そのお気持ちには賛同いたしましょう。さすがにあと5年も経てばあの言動も落ち着くはず。落ち着いてもらわねば困る」

「いや別にそう言う意味じゃ……。その辺りはスロース殿のお仕事では……?」

「言ったでしょう。自分は従うだけで意見する立場ではありません。臣下よりも使用人と思って下さい」

「その腰の剣は一体……」


 山暮らしでは常にアイギスが山賊や獣の襲撃を警戒してくれていた。今さらだが、自分が思っている以上にこの世界は物騒なのかもしれない。

 帽子から顔を覗かせると、スロースがこちらから視線をそらす。代わりに剣の柄を撫で、嫌味っぽく鼻で笑った。


「お飾りですとも。剣術の基本は心得ておりますが、自分の本業は魔術でしてね」

「魔術……? スロース殿は魔法使いなの……?」

「言っておきますがお見せするつもりはありません」

「な・ん・でー?!」


 無意識の内に輝いていた目をかたく閉ざし、シャレムは石垣の上で両足をばたつかせた。

 見たい。見たい。めっちゃ見たい。

 この世界に魔法が存在しているのは『シャレム・エストリンド』の記憶で知っていたが普段使いするような代物ではないらしいのだ。それこそ、森でその日暮らしをしていた身では有ってないようなものであった。

 スロースは息をついてまたメガネを直す。


「どんなに期待をされてもお見せできるものは何もありませんよ」

「どうしてです? 魔法が使えるのにどうして使わないんです?」

「魔法でなく魔術です。私が習得している魔術は日常生活での汎用性がないためです。特にシャレム様には無縁でしょうな」

「え? 魔法と魔術って別物なんです……? 私に無縁で、日常生活での汎用性がない……?」

 

 シャレムは腕を組んで首を傾げる。

 汎用性のないものを何故わざわざ習得したのだろう。それともまた暗に皮肉を言われているのか。

 諦めずに長考しているとこれみよがしにため息が聞こえてきた。やはり後者かもしれない。


「どうしても答えが欲しいのでしたら、そうですね……。せめて子どもらしい可愛げと言うものを覚えたらいかがですか?」

「……うわーん! スロース殿のケチー! 陰険従者ー!」

「そう言う意味ではありません。そして冗談でもあなたの泣き真似はロクなことにならないので」


 「止めて下さい」の語尾がやけに小さくなった。代わりにヒュッと鋭い音が横切り、木の枝を揺らす。

 シャレムが帽子から顔を持ち上げると、道のずっと先。シルエットでどうにかアイギスと判別できる人影が狩猟用の弓を構えている。そしてひきっつた顔のスロースの脇には矢が突き刺さっており、今まさに2本目の矢がつがえられようとしていた。


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