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07.これが、あおはる……

 夏。まごうことなき夏。

 この国は春と秋が短い。天羽優陽(あまばゆうひ)が味わっていた四季折々の趣を眺めるのは難しかった。

 その上、暑いからと言ってドレスの裾を託しあげたり、袖をまくっただけでクリードに怒られる。彼の傍らに控えるスロースも良い顔はしない。

 シャレムはどうにかして快適に過ごす方法を模索していた。


「女の子だから怒られるのなら、女の子だとバレなければ良いのではないでしょうか」

「バカか貴様は!!」


 怒られました。何故。

 クリードはわなわなと震える指でこちらをさす。シャレムは口を尖らせて全身を省みた。


「えー……。こんなにかわいい美少年のどの辺りがお気に召さないと?」

「髪はどうした! 貴様の髪は!」

「髪長かったらバレちゃうじゃないですか。帽子に入らない分は切って、アイギスに頼んで売ってきてもらいました」

「切って……?!」


 おかげさまで良いお金になりました。

 そんな報告を受けたクリードは壁に寄り掛かる。相当ショックだったらしい。お主もしや髪フェチか。

 シャレムは短くなった髪をまとめて帽子を被る。


「ほらほら。これで分からないでしょう? ロングスカートもコルセットも暑くて苦しいし、野良仕事が大変なんですよ。冬くらいには元に戻りますから大丈夫ですって」

「あの男はなぜ止めない!」

「アイギスですか? アイギスはお前の好きにしろって言ってました」

「~~っ!!」


 ついには胸をおさえてしまった。彼の情緒の方がよっぽど心配だ。

 シャツに緩めのパンツ。そして革靴。スロースに呆れ顔で古着を用意してもらった訳だが、くたびれていて庶民感も増している。さらしを巻けばまだ誤魔化せる体型。我ながら完璧な男装ではなかろうか。

 鏡に向かってキメ顔をしてみせると美少年と目が合った。うん。最高だね。


「それで……? そのふざけた身形で俺を呼びつけて何の用だ?」


 ようやく落ち着いたクリードは前髪をぐしゃりと持ち上げる。以前アイギスと殴り合ったアザはきれいに消えて何よりだ。

 シャレムはそうそうと宙に指で円を描く。


「お頼みしたいことがあって」

「できる限りの範囲にしろよ」

「お墓参りに行きたいんです」

「…………」


 途端にクリードはしかめっ面になった。拒絶の意思ではなさそうだ。

 シャレム・エストリンドが望むと思われる墓参りは彼ならば言わずとも伝わるだろう。


「……それで男に化けたのか?」

「それもあります」

「だとしても止めておけ。見つかれば家まで後をつけられる」

「あと何年ほど待てば良いでしょうか?」

「10年は待て。それまでには俺がどうにかしてやる」

「あら。お優しい」

「勘違いするな。あの焼け野原をいつまでも遺しておくのはフロスト家にとっても縁起が悪いからだ」

「そういう事にしておきますね」


 つい笑みを溢すと眉がつり上がる。

 自分たちが戦で勝った証として残すならまだしも、アレは『領主』としては戒めか、もしくは脅しに近い。

 シャレムはじゃあ、と話題を切り替えた。


「釣りに付き合って下さい」

「は?」

「今日の夜ご飯です。いまアイギスが町へおつかいに行ってくれているので、その間に」

「なぜ俺がヤツの夕食を用意せねばならん」

「まあまあ。そう言わずに。せっかく着替えたんですから、お出かけしたいんです」


 シャレムは構わず外へ出て納屋に向かった。いつもはアイギスと2人で手分けをして持つ荷物をクリードへと渡す。

 粗末な釣竿をしげしげと眺め、彼はシャレムに続いた。


「こんなもので魚が釣れるのか?」

「釣れる日も有りますし、釣れない日も有ります」

「釣れない日はどうしている」

「アイギスが銛で魚を取るか、目標をザリガニに切り換えます」

「ざり、がに……? カニを捕まえるのか……?」

「川に住むエビみたいなヤツですよ」

「カニでなくエビなのか……」


 こちらの世界で何と呼ばれているかは知らないがどう見てもザリガニなので勝手にザリガニと呼んでいる。捕まえるのが魚よりずっと楽だし、工夫してやれば味も悪くない。夏休みに田んぼ脇の水路で兄と共によく捕まえてきたものだ。食べはしなかったが。

 林を抜けて橋を渡り、小川のほとりで石をひっくり返す。生き餌を竿につけて、糸を垂らす。後は待つだけ。

 見上げると、雲ひとつない青い空が広がっていた。


「……手慣れ過ぎだぞ、貴様」

「生きていくには順応するしかないのです……」


 隣りに座るクリードの表情はどこか諦めたように見える。

 ネット環境がなくても。電気が通わなくても。推しジャンルが存在しなくても。生きていくのは辛いが、野垂れ死ぬのはもっとイヤだ。

 もっとも、釣りに関しては趣味にしていた父を横目で見ていたおかげだ。自分は二次元の世界でしかやったことがないので、1年経っても上手いとは言い難い。

 生ぬるいそよ風に枝葉の影が揺れる。釣糸は流れに身を任せて下流へと漂う。


「クリード様は私の髪が好きなんですか?」

「…………」


 思い返して問いかけてみる。その顔がみる間に茹でダコと化したので、シャレムは眉を下げた。


「なんか、すいません……」

「うるさいっ……」

「大丈夫ですよ、クリード様。髪好きはそこまで特殊な趣味と言うほどでは……」

「だまれ……!」


 しまいには釣竿を置いてしまった。

 人の性癖に深入りするのは良くない。触れないのがお互いのため。

 シャレムは素直に口を閉ざして糸の先を見つめる。小鳥のさえずりが青空に響く。


「……貴様はもう覚えていないだろうがな」

「…………?」


 口元を隠したまま、クリードが沈黙を破った。

 シャレムは横目で未だ耳まで赤い青年の顔を見返す。


「貴様があの日……。俺に、上手く髪を結えたら結婚してやると言って…………」

「…………」

「貴様の髪を結った、だろう…………」

「…………」

「……もう一度。チャンスを、くれないか…………」


 語尾がどんどん小さくなり、顔が手に隠れていく。

 シャレムは大きく息をはいて視線を釣糸に戻す。

 そんなことが、あった気がする。

 6歳の祝いの席。シャレム・エストリンドの父は例年通りに賑やかなパーティーを娘のために開いた。昼から常に引っ張り出されていた幼い主役は夜になればもうクタクタだ。

 楽しいパーティーから少し離れて、ひとり窓際で髪を結っていた。彼女自身も月明かりに照らされて輝く自身の髪を眺めるのが好きだったらしい。

 そこへやって来たのが、まだ少年だった頃の彼だ。

 埋まっていた少女の記憶はようやく発掘された。

 帽子を目深にかぶり直し、シャレムは咳払いを挟む。

 いけない。この甘酸っぱい恋心は引きこもりには刺激が強すぎる。落ち着け。落ち着くのだ私。体はまだ12歳だぞ。

 

「……クリード様が立派な紳士になられたら考えておきますね」

「……今度は忘れるなよ」


 忘れられたらどんなに楽だろう。

 釣糸の先が深く沈む。慌ててシャレムが竿をあげると、糸の先がもうひとつの糸とぐちゃぐちゃに絡み合っていた。

 仕方なく釣り場を変えてザリガニらしきものへターゲットを変える。思いの外、2人して白熱しまい、迎えにきたスロースから仲良く説教を食らうのだった。

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