69.終局
地鳴りが大きくなる。壁や天井に亀裂が入り、みるみるうちに広がっていく。
クリードは声を張り上げた。
「急ぎ引き返すぞ……!」
「あのクソ長い階段をこの荷物背負ってか?」
「構わない……。私は置いていけ……」
ジャラスはこちらを指すラーストーの手を払った。それでもレイがジャラスへ肩を貸そうとしていると、ケテルの剣が軽く空を凪いだ。
「アロガントを残してきたのは彼らの安全を確保するためだけじゃない」
ケテルの剣に切り裂かれた空間から光が漏れ出てきたかと思えばそれは徐々に強さ増していく。
ケテルはこちらへ、と手招きする。ラーストーがジャラスを半ば強引に引きずり、ケテルの周りへ身を寄せた。
ひと際に光が強くなり、彼らを包んだ。
ほんの瞬く間、風を感じたサヘルたちが目を開くとそこは神殿の入口だった。
閉ざされていた金色の瞳がゆるりと開く。
「思ったよりも早い戻りであったな」
「おかえりなさ~い。はやくここから離れた方が良さそうだねぇ」
呆気に取られるクリードの手をグラトナスが引いた。
石造りの建造物は地鳴りと共に次々と音を立て崩れていく。美しくあしらわれた繊細な彫刻から、空をさえぎるほどの巨大な城も。白くまばゆい景色は瓦礫の山へと変わっていった。
ひらけた庭園までたどり着くと、グラトナスは足を止めて振り返る。
「リュシオンが思ったより大きくなってるねぇ。もう決着をつけないとダメかも~」
「レイ……。この方たちは……?」
「我ら竜人が呪われる前より、この地を支配されていた純血の竜でいらっしゃいます」
「純血……。原初の……。聖リュシオンに滅ぼされたと言う竜か……」
「あなたも竜、なのですか……?」
肩を貸していたレイがジャラスの体を下ろす。
そのかたわらへ膝をつき、サヘルはグラトナスと視線を合わせた。
「うん。グラって呼んでね、サヘルお姉ちゃん。僕はまだ400歳だから、あんまり竜っぽくないでしょ~?」
「え……? えっと……そ、そうね……?」
自身を指すグラトナスとその倍は背丈のある騎士たちをサヘルは思わず交互に見てしまう。
脇腹を抑えるジャラスを見下ろしアロガントは顎をさする。
「手酷くやられておるな、黄金の血を引く者よ。リュシオンの呪いをグラトナスが抑えてやる故、大人しくしておれ」
「はーい。と言うことでお兄さんは大人しくしててねぇ」
「呪いを……? 感謝する、が……」
ジャラスの額へグラトナスが手をかざす。彼は目を閉ざし「痛いの痛いの、とんでいけ~」と唱え始めた。困惑するジャラスとレイの視線が混じり合う。
そんな様子を横目にクリードは空を見上げた。地下から灰色の空へと伸びていく巨大な陰を。それは崩れかける城へ手をかけ、地の底に隠していた巨体を引きずり出しているようにも見える。
「アレが神の末席だと……? 笑えん冗談だ」
「で? 肝心のあの神サマをどうやって殺すんだ?」
クリードは額へ手をあて頭を振る。
ラーストーの問いにケテルは目を伏せ剣を鞘へと納めた。
「ヤツはこの城下で集めていた不浄や眷属をかき集めて肥大化した……。穢れの塊とでも言った方が正しい。ただし『聖リュシオン』として崇められ続けていた以上、その性質に関係なく神性を帯びてしまっている」
「そうだねぇ。リュシオンが神の末席に手を伸ばしたなら、僕らがやれることは限られちゃうかなぁ……。はーい。お兄さん立ってみて~」
グラトナスがジャラスの両手を引いて促す。
半信半疑ながらも難なく立ち上がったジャラスはレイと顔を見合わせた。
アロガントは腕を組み金色の瞳を細める。その視線の先でケテルは硬い光沢に覆われる自身の手を見つめていた。
「多くの祈りと贄を要して、理に触れるほどの力を手に入れた。それはつまり、神へと昇華される物語の始まり。主が望んだ結末へ近づきつつあろう?」
「…………」
しばしの間を要して、ケテルはサヘルへ呼びかける。
笑みのないケテルの表情に彼女は思わず身構えた。
「何? 逃げろとかもう言わないでよ?」
ケテルは頷き、もう一人、暗くなっていく空を見上げていた人物の名前を呼んだ。
彼がサヘルの隣へ並ぶとケテルは声を潜める。
「君とアイギスへ、頼みたいことがある。彼女の背を押せる君たちに」
「……ええ。任せてちょうだい」
「………………」
サヘルは両手を強く握りしめた。アイギスが続けて無言で頷く。
ケテルの表情はわずかに和らいだ。
ケテルからの頼みを聞いたふたりは了承すると共にその場を離れた。
背後から感じる力強い羽ばたきを聞き届け、ケテルはクリードたちへ声をかける。振り返るクリードの視線とゆっくりと瞬く赤い瞳が交わった。
「準備が整うまで僕らを援護して欲しい」
「具体的に何をしろと?」
「時間稼ぎを。ヤツの注意を引き続けてくれ」
「コレを相手にか? 簡単に言ってくれる……」
「こういうノロマの相手はやる気出ねぇなァ……」
ため息をつきながらも、クリードは再び剣を抜いた。隣でラーストーが気だるげに肩を回す。
アロガントが地面を蹴った。その姿は見る間に元の巨体と変わり、黒翼が空を遮った。
「我も手伝おう。王子の思惑通りにならなかったとしても、神々の審判までは時間を稼がねばならぬ。グラトナスも手伝え」
「僕はアロと違ってちゃんとお勤めは果たすよ~」
「その拙は悪かったと申しておろう……。だからこうしてここまで出向いてきたと言うに、いつまで根に持っておるのだ……」
「死ぬまで~」
唸るようなアロガントのぼやきにグラトナスはにっこりと笑う。
「いくら竜をかき集めたとて、今の我らはそれらを超越した存在……。我らを脅かすことかなわぬ」
地響きのような声が発せられた。未だ地の底から盛り上がっていく肉塊に巨大な目が現れ、ぎょろりとこちらを見下ろす。それを皮切りに、次々と異様な眼が肉塊の至るところから突き出た。
無数の眼はケテルの姿を捉えると、ひとつの塊から肉塊を切り離し分かれていく。それらは大地を黒く穢しながら地を這った。
ケテルが剣へ手を伸ばすより先に、近づいてきた肉塊の一部を赤炎が焼き払う。
大剣が地を揺らし、温度を失っていく空気は熱を取り戻す。炎をまとった刃が赤く燃える。
「ケテル様。自分たちが必ずやお守りいたします」
レイのひと薙ぎで、大地がくすぶる。
ケテルの前でジャラスは膝をつき、頭を垂れた。
「……あなた様のおっしゃる通り。私は陛下が継承の儀式の後、陛下でなくなったことに気付いていました」
「……僕も、君が父と母の死を、悲しんでいてくれたことは知っている。君が僕を守ろうとしてくれていたことも」
「今一度、汚名を注ぐ機会を……。我が王の盾となることをお許し下さい……」
「僕はもう王ではないよ、ジャラス。……王になる資格など、僕にははじめからなかった」
「……例え国が滅びようとも、我が王が滅ぶことはありません」
「……もう一度、僕に君を信じさせてくれ」
自身の前に立つ背中を見て、ケテルは静かに目を閉ざした。
頑強な岩の壁がケテルの周囲を砦のように囲った。どこからともなく巻き上がった砂が辺りを覆い、その姿を隠す。
地の底から這い出し、肥大していく黒い肉塊。崩れた巨大な城よりも膨れ上がったそれから、その一部が滴り落ちてくる。
それらは形を変えながらクリードたちを取り囲んだ。
ラーストーの槍が迫る肉塊を切り払うと断面から個々に蠢き始め、数を増やす。
「こりゃあ切ると無限に増えるヤツか?」
「はしゃいでいる場合か……」
口笛を吹くラーストーに、クリードはげんなりと視線を落とした。
足元には城から流れてきたかと思われる紫色の水が流れている。鮮やかな水の勢いは徐々に増している。クリードはその流れに違和感を覚えた。
水が流れてくる方向を視線で辿り、クリードは笑みを口角を持ち上げる。
「遅参した分まで働けよ」




