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67.秘匿

 ケテルがサヘルの部屋にやって来る頃にはだいぶ夜がふけていた。

 いつもかたい表情をしているレイ・ジールが生暖かい目でサヘルに一礼し、部屋を後にした。


「……気が重いわ」

「仕方ない。彼らは君と僕の仲が良好になることを心から望んでいるから」


 ケテルは苦笑しながらテーブルの上へ持参したグラスとボトルを置いた。


「……言っておくけど、私は飲まないわよ」

「ただの香りがついた水だけどいらないかい?」

「…………」


 げんなりと椅子に腰を下ろすサヘルへケテルは小首を傾げて笑う。

 ケテルはやけに華美な装飾が施されたふたつのグラスへ水らしいものを注ぐと、ひとりでグラスを鳴らす。

 ガラスの縁が触れ合った余韻は波紋を描いた。


「ジャラスがずっと僕に礼節の復習講義をするものだから、気付かれずに差し替えるのが大変だった……」

「……あなたのそういう所も嫌いよ」


 向かいへ腰を下ろしたケテルにサヘルは声を潜めた。


「自分たちに尽くしてくれる彼らに対して、何も思わないの……?」

「今の僕ではできることが限られているんだ」

「それで悔しくないの……?」

「サヘルは、僕がどう感じていると思っているの?」

「分かったらこんなことはじめから聞かないわ……!」


 サヘルはついカッとなって身を乗り出していた。

 昼間の出来事が頭をよぎる。彼は、彼の親同様に感情の起伏がないのかと思っていた。しかしそうではない。感情を表に出していないだけだ。だからこそ、サヘルは余計に彼が恐ろしく感じる。


「あなたの親切心が本当かどうか分からないから嫌なの! 親の前では頷くことしかしないのに、見てない所では正反対のことをしてる! 私と結婚したくないならしたくないって言いなさい! 争いたくないなら争いたくないと言いなさい! あなたの親でしょう!」

「便宜上はね」


 まくしたてるサヘルを、彼は静かに手で制した。

 サヘルは口をつぐむ。微笑むケテルの声はその表情にそぐわない冷ややかさだった。


「サヘル。君はリュシオンが行う竜の一族への待遇や、他国へ侵略に、僕が否定的だと……。そう感じているんだね」

「……ええ。そんな気がしてるわ」


 椅子へ座り直したサヘルは重く頷いた。

 レイ・ジールへの態度を改めてから、サヘルのその予感は徐々に増している。

 サヘルの故郷は強くリュシオンの改宗に反発し、弾圧された。その弾圧を止めるよう進言したのは彼だと言う。レイを始め、竜人たちが貴族や王族から冷遇されている中、ケテルだけは彼らの目を見て会話をし、雑談まで交わしている。

 ケテル・ミトロンはよそ者のサヘルの目から見ても、この城内では異質だった。


「だって、レイはあなたのことを好いているもの。あなたの護衛をしている騎士はみんなそう。あなたがこの国の呪いで死ねと命じているようなものなのに、あなたを好いてる。……どうかしてるわ」

「ああ。僕もそう思う」

「…………」


 サヘルがつけ加えたぼやきへケテルは頷く。

 彼は両手を組み、目を閉ざした。


「彼らにとってはそれが当たり前なんだ。朝に目が覚めたら、君が君の神様へ祈るように。身に染み付いた当たり前を変えるのは簡単なことではない」

「あなたは、彼らの……。この国の当たり前を変える気があるの?」

「変えなければならない。でなければ、この大陸が僕らと共に滅びる」


 事もなげに紡がれた言葉はサヘルの耳に届きはしたが、受け入れるまでに間を要した。

 

「……あなた、いま何て?」

「このままではこの大陸そのものが滅びる。リュシオンもフロストロンも、それ以外も全て。平等に更地へ変わる。更地になるだけならまだマシだ」


 瞠目するサヘルに対し、ケテルはグラスの中に映る自身を眺めている。


「サヘル。僕はこの国が大陸ごと滅びへ向かう光景を何度も見てきた。もう何度目か覚えていない。そのたびに、どこで選択を間違えたのかを考えて、僕自身が産まれた日へ戻るんだ」

「……あなたの言いたいことの意味が理解できないわ」

「そのままの意味だよ。最初の人生で、世界で、僕は全てを失った。僕にはその結果を受け入れることができなかった。だから、僕は僕が納得のいく終わり方をずっと模索している」

「……何度も過去に戻って、やり直していると言うこと?」

「簡単に言えばそうだ。僕は魔法で自分の過去へ戻って、僕の人生を、世界をやり直している」


 開いた口が塞がらない。

 サヘルはケテルが自身のためにグラスへ注いだ水を一息に飲み干す。味や香りなどするはずがなかった。


「……私がそんな突拍子もない話しを信じると思うの?」

「僕は冗談が下手なことを君はよく知ってる」

「……なら、私があなたをどう思っているかだって、知っているのよね?」

「分かっている。君は絶対に、リュシオンへ下ることはない。君は最期まで運命に抗える人だ。だから、僕は必ず君へ真実を話すことにした」

「やめてちょうだい……。頭が痛くなってきたわ……」


 額をおさえるサヘル。

 いつの間にかケテルの笑みは消えていた。それ故にサヘルはますますテーブルへ体重を預けることになる。


「僕は国を、君たちを救いたい。協力してくれ」

「えっと……。じゃあ、そうね……。具体的に何をすれば良いのか、とりあえず聞くわ……」

「リュシオン国王と女王を殺す」

「……もっと具体的に教えてちょうだい」

「これから、『アマバユウヒ』という人がこの世界に現れる」

「アマバ、ユーヒ……? 珍しい名前の方ね。エルフ?」

「ユウヒは別世界からエストリンド家の『シャレム・エストリンド』の体へ転生することになる、君とあまり歳の変わらないただの人間だ」

「もう……。あなたの口にした言葉全部が子ども騙しな気がして……」

「エストリンド家は知っているね」

「ええ……。でも、エストリンド家とは縁がないわ」


 顔を覆う手の合間からケテルをうかがうと、彼は窓の外へと視線を向けた。


「エストリンド家は後継者である男児が生まれていない。一人娘の名はシャレム・エストリンド」

「そのシャレム様がどうなるのでしたっけ?」

「これからエストリンド家は女王の命を受けた暗殺者たちに屋敷を襲撃され、皆殺しにされる」

「……シャレム様を除いて?」

「いや。正確には『シャレム・エストリンド』もそこで死を迎える。厳密に言えば生を諦めた。その代わりに『アマバユウヒ』が彼女の体を授かり『シャレム・エストリンド』としてこの世界で生きることになる。君には彼女の力になってあげて欲しい」


 立ち上がった彼はカーテンで閉ざされた窓へと歩み寄り、その向こう側を眺めていた。


「君も知っての通り、預言者である女王の千里眼を騙すのは困難だ。でも、あの千里眼はまだ何でも見通せる訳じゃない。あくまで、この世界のモノ、出来事に限られる。別世界から招かれたユウヒの魂を、預言者の千里眼は見通すことができない」

「それはすごいコトだけど……。没落した貴族のご令嬢の体で、何ができると言うの……?」


 サヘルも立ち上がり、先ほど呑み込んだ言葉を思い出す。


「それに……。あなたは、自分の両親をそんな簡単に殺せるの?」

「アレはもう僕の両親じゃない。僕の両親は王位継承の儀で死んだ。アレは僕の両親の皮を被った魔族だ」

「え…………?」


 否定でも肯定でもない返答に、言葉を詰まらせたのはサヘルの方だった。

 振り返った彼の表情を見て、嫌な汗を覚える。


「あ、あなた、だって……。どうして……。そんなこと、周りは一言も……!」

「知っているのは一部の神官だけだよ。王位継承の儀式に竜人は立ち会えない決まりになっている。ほとんどの者は、この国で行われていることを、本当に何も知らない。そして、本来なら僕もこのことを知らなかった。知らなかったから、最初の僕はどんなに手を尽くしても間に合わなかった」


 サヘルは絶句する。

 そんな彼女へケテルは右手を差し出した。


「このままでは、君も僕も。自分ではなくなってしまう」

「なら、あなたはどうして……」

「君が、君たちが。僕に繋いでくれたからだ。君たちが僕を信じてくれたから、僕はここにいる」


 彼の顔に笑みが戻る。それは今まで彼女が見たことのない笑顔だった。


「僕には君たちの力が必要だ、サヘル・オルランド。君たちが僕を信じてくれるなら、僕は今度こそ、奇跡をおこしてみせよう」


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