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65.真意

 地底へと続く階段には果てがないように思えた。

 クリードはケテルの横顔を盗み見る。相変わらず、彼は出会った当初から微笑みを顔に貼り付けている。人ならざる瞳の色や肌よりも、クリードにはそちらの方がよほど気がかりだった。

 ケテルと視線が合ったクリードは重い口を開く。


「……ヤツは何故、俺たちがこれだけ迫っていても動かない」

「サヘルを餌に僕を待っているんだろう。もしくはユウヒの存在を警戒している。この世界のモノではないユウヒの存在を、ヤツは感知できない。フロストロンでの一件で、今の『シャレム・エストリンド』の異質さに気付いたんだろう。」

「……サヘルは無事なのか」


 サヘル・オルランドの覚悟はすでに決まっていた。状況からしても、彼女の生存には期待できない。それでも可能であれば良い知らせに期待をしてしまう。我ながらクリードは己の甘さに苦虫を噛んだ。

 そんな彼の予想を裏切るようにケテルは肯定する。


「サヘルが受け継ぐはずだった千里眼の半身はすでに僕がスロースと潰したからね。肝心の中身がなければ、彼女はリュシオンにとって自分を討ち果たそうとする厄介な人間でしかない」

「ならば、なおさらのこと。身が危ういのではないか?」

「サヘルを殺せば、同時にリュシオンは僕に対し時間を稼ぐ術を失う。加えてリュシオンはまだ僕の正体やどの程度の力を持っているのか計りかねている。呪い返しを得意とする紫睡(しすい)の竜の末裔が僕と一緒にいた時点で、リュシオンはサヘルへ下手にまじないの類をかけられないのさ。自分のかけようとした呪いが倍になって跳ね返ってくれば、いくら神格に足を踏み入れていようがただでは済まない。紫睡の一族を滅ぼそうとしたのはそれだけ、スロースの受け継いだモノがヤツにとって脅威だと言うことだ」

「……性格悪いな」

「よくサヘルにも言われたよ」

 

 靴音がらせん状の階段へ反響する。備え付けられた燭台が青白い炎で足元を照らしていた。先の見えない暗がりを見据えてクリードは足を前に出す。

 「もし」と、さらに彼はケテルへ問いかける。

 

「その必要が出てきたとして。ユーヒの血をどうやってヤツへ浴びせる気だ。『神殺し』の血と言うのは昔話しでしか俺は聞いたことがない。貴様がユーヒを人柱にする気なのであれば、俺は貴様に協力することはできん」

「安心して欲しい。彼女の命を犠牲にせずとも『シャレム・エストリンド』の『神殺し』の力を強める方法はある。問題なのは、その方法が可能かどうかは彼女次第だと言うことだ」


 ケテルの回答にクリードは目元を覆って脱力する。

 

「貴様……。前々から感じてはいたが毎回、計画が漠然としていないか……」

「何事も僕の予想通りに進んでくれていたら、こんな苦労はしていないよ。唯一ありがたいことに、ユウヒの取る行動はだいたい僕の予想通りになってきたことだ。なら、それに合わせて僕が動けば良い」

「言いたいことは分かるが……。なかなかに気味の悪い話しをしているぞ……」


 ケテルは笑う。それが先ほどまでの笑みとは別物に見えたのでクリードは眉をつり上げた。


「スロースはまだ城内にいるのか。ユーヒを連れてここへ来るなら行動を共にしても良かったと思うが」

「彼のおかげで預言者を殺せた。でもその分、彼へ負担をかけてしまった。少し休む必要がある」

「お前はアイツがユーヒを連れて来ると言った」


 アイギスはケテルの背を睨む。

 ケテルが足を止め、一行は自らの行く手を見上げる。そこはらせん階段の終着点だった。

 目の前には巨大な石の扉。おおよそ常識的な人間の力では開けることはできない、見上げるばかりの奈落の入口。

 

「心配いらない。スロースはユウヒを連れてくる。彼はそうしなくてはならないから」

「…………」

 

 ケテルは振り返り微笑んだ。アイギスとクリードは顔を見合わせる。

 彼らが問う間もなく、ケテルは巨大な扉へと手をかざす。甲高い音が一瞬、辺りに木霊した。

 ケテルが腕を払うと扉は地面を揺らしながら彼らを迎えた。

 

「サヘル様……!」


 ただ広い円形の空間。青白い火を灯した燭台がぐるりと備え付けられている。その中央に人影が横たわっていた。

 一目でそれを彼女だと認識したレイの肩をアイギスが引き戻す。彼の視線の先には満身創痍の男がたたずんでいた。男は輝きを失った鎧をなおも纏い、片手に携えた槍へ体を預けている。

 男のさらに後ろには真っ黒な洞穴と、その内側よりこちらの様子を窺ういくつもの目が瞬いている。目を凝らせば、無数の影が暗がりに融けて蠢いていた。

 息を呑むレイの後ろでラーストーが視線をそらす。


「アンタのお守りがこっちを見てくるんだが?」

「レイとクリード、アイギスはサヘルを任せて良いかな。魔獣の数は多いが個体の強さは大したことない。君たちなら背中を守り合ってさえいれば遅れはとらないよ。ジャラスの相手は僕とラーストーでする」

「お任せください。必ずやサヘル様をお助けいたします……!」

「それが適任だろう。ラーストーもいいな?」


 ケテルの言葉に大剣を振り上げ、レイは前へ出る。

 クリードに促されたラーストーは肩を竦めながらも「はいはい」と了承した。

 

「嫌だって言っても、あの兄さん絶対こっち向かってくるだろうからな」

「お前は自業自得だ」


 アイギスが鼻でラーストーをあしらい、跳び出した。クリードとレイは彼に続き、サヘルへと駆け寄る。

 穴倉の内側からこちらの様子を窺っていた有象無象の影がその姿を現した。叫び声をあげ、それらは敵意をむき出しにクリードたちへ向かい猛進する。

 異形の群れが迫る。それらは獣とも虫とも、ましてや人とも形容しがたい。耳障りな声が鼓膜にまとわりついた。

 クリードは剣をなぎ払う。軌跡を描いた冷気が鋭利な氷柱となり、行く手を阻む異形を貫いた。

 アイギスが動きを止めるそれらを氷柱ごと素手で打ち砕く。

 自身の背丈以上ある異形を大剣で弾き飛ばすレイへ、クリードは声を張り上げる。


「レイ。俺とアイギスで援護する。サヘルを頼む」

「お任せを!」


 燃え上がる赤炎は行く手を阻むものを灰に還した。

 異形の群れへ飛び込んで行くレイの背中をクリードは後押しする。自らの爪で迫りくる魔物を解体するアイギスは彼と背中を合わせた。

 乱れた前髪をかきあげ、クリードは息をつく。

 魔獣の討伐を行ったことは何度もある。しかしその群れにこのような心もとない人数や装備で飛び込むことはこれが初めてだった。

 汗ひとつかいていないアイギスが目に入り、クリードは剣を構え直す。


「以前、お前と殴り合ったことがあったな」

「……お前が先に殴ってきた」

「貴様が先に俺を組み伏せたのだろう。あの時はお前に勝ちを譲ってやったが、今度ばかりは譲ってやらんぞ」

「何を競うんだ」

「どちらが多く斬り伏せたかで決着をつけてやろう」

「俺に分がある。数えるまでもない」

「ほう? 言ってくれるな」

「……クリード」


 踏み出しかけた彼をアイギスがやけに小さな声で引き留める。煩わしい咆哮や奇声のおかげで聞き取るのがやっとだった。

 

「なんだ」

「……あの時は、助かった。……あ……ありが、とぅ…………」

「おい、やめろ。この状況で縁起でもない」

「ユーヒにいつかきちんと礼を言えと言われた……」

「それを言うなら貴様らは謝罪が先だぞ!」


 視線を泳がせているアイギスにクリードは笑った。

 アイギスは逃げるように地面を蹴る。彼の体にぶつかった魔獣は悲鳴をあげて壁まで吹き飛ばれた。

 クリードは剣へ手をかざす。肌を刺す冷気が辺りを覆い、彼の前には蒼く光を吸い込む氷の壁が現れた。

 自身の背を守る氷の壁を横目にレイは異様な空間の中心に横たわるサヘルへと駆け寄る。

 頭上から襲い掛かかる魔獣の頭部を地へ叩き潰し、レイは彼女へ呼びかけた。耳を寄せると彼女の呼吸と体温を感じる。レイは安堵の息をつき、サヘルの肩を揺らす。


「サヘル様……!」


 返事はなく、腕が力なく垂れる。

 レイはサヘルの体を抱えて立ち上がった。サヘルを連れて引き返すレイの背をけたたましい奇声が追いかけてくる。


「命が惜しくば下がれ……!」


 咆哮と共に地面を踏みしめた彼女を中心に業火が辺りを舐める。それに触れたものは自らを焼き尽くす炎に身をよじった。

 レイは片手で大剣を払いながらサヘルの名を呼び続ける。


「サヘル様……! お目覚め下さい! レイ・ジールにございます! お迎えにあがりました!」


 何度も呼びかける彼女の声に、腕の中のまぶたがわずかに動いた。




 ケテルはジャラスの前へゆっくりと歩み寄る。

 ジャラスは彼の後ろにいるラーストーから目を離すことなく重い口を開いた。


「ケテル様……」

「ジャラス。念のために言っておこう。今すぐにここから立ち去るなら命は取らない」

「その者は、魔女の遣いです……」

「ジャラス。僕は君が両親の死を隠していたことも知っているし、アレがもう父上でないことも知っている。母上の皮を被ったヤツを殺したのは僕だ」


 ケテルの言葉にジャラスの視線がラーストーから外れた。やれやれと、 ラーストーは気だるげに自身の得物を弄ぶ。

 ぎこちなくケテルを見たジャラスの声は震える。

 

「ケテル様、何を…………」

「もう一度言う。そこを退くんだ、ジャラス。僕の邪魔をしないでくれ」

「……なりませぬ…………」


 ジャラスは下げかけた槍を再び構えた。その切っ先はケテルでなくラーストーへと向いている。


「このままでは、あなた様までっ……。なりませぬ……。私は……。私は、陛下とお約束したのです……!」


 色を失った鎧にわずかに輝きが宿る。

 息の荒いジャラスを前にラーストーはケテルへ視線を流した。


「どうすんだよ。話しの終わりが見えねぇぞ」

「退かないなら殺すだけだ」


 地面が揺れ、ラーストーの足元が沈む。

 横へ跳んだラーストーは大きく息をついた。彼のすぐ脇を、刃が貫く。

 

「危ねぇだろ、兄さん」

「目をお覚まし下さいませ……! 神に抗うなどと無謀なことは……!」

「だから何でそこで俺に切りかかってくるんだよ」

「貴様らがケテル様へ良からぬことを吹き込んだのだろう……! 貴様らが……!」

「お嬢の忠告聞いてなかったのか? それとも正気じゃねぇのか? 何にせよ困った兄さんだぜ」


 ジャラスの切っ先を難なく払いのけ、ラーストーは彼の手から槍を弾き飛ばした。動きの鈍い男の頭を容赦なく柄で殴り、倒れ込んだ体を足で押さえつける。

 ジャラスがせき込むとその顎を生ぬるい血が伝う。


「私が、ケテル様をお守りせねば……私が…………せめて……ケテル、様だけは…………」


 うわ言のように、彼の口からは同じ言葉が吐き出される。

 ラーストーが槍の切っ先を輝きを失った兜の首元へ向け、軽く凪いだ。


「私、が…………陛下…………申し訳、ございません…………」

 

 その切っ先は騎士の首の皮を裂き、動きを止めた。ラーストーはジャラスの体を押さえつけていた足を退ける。そしてジャラスの体を足蹴にした。傷口を蹴られたジャラスは呻き、せき込みながら床を転がる。


「……どうして手を止めたんだい、ラーストー」


 槍を下げるラーストーへ、剣を向けたのはケテルだった。

 ラーストーは悪態をつき、隻眼を細める。


「アンタ、俺にコイツを殺させようとしたな?」

「君が面倒だと言うのなら僕がやる」

「答えろよ。自分で殺すのを、ためらったな?」

「…………」


 膝をつき、ジャラスが崩れる。自身の纏う鎧を脱ぎ捨て、なおもまだ起き上がろうとするジャラスをケテルは目で追う。


「……言ったはずだ。君の気まぐれに付き合う気はない」

「気まぐれじゃねぇさ。俺はお嬢から止められてンだ。この兄さんを殺すのは、次にお嬢の命を狙いにきた時だってな」

「君のそういう所がユウヒを生かす妨げになる」

「だろうなァ……」


 ラーストーは低く笑う。

 振り返った彼は口角をつり上げ、さらに笑みを深めた。


「だが、それは不公平ってモンだぜ、王子サマ。ウチのお嬢サマが誰かさんの手のひらで踊ってンのは誰のせいだ?」

「……毎度、僕の頭を悩ませる君には言われたくないね」


 ケテルは胸の前へ剣をかざし、静かに目を閉ざす。

 辺りの空気が乾いた音を立て、小さく爆ぜた。

 ラーストーが鋭く息を吐く。同時にケテルは踏み込む。

 目を開いたケテルの視界に男の笑みと青白い閃光が映り込んだ。

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