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61.リュシオンへ

 レイ・ジールは話し始めた。

 当初はケテルの言葉を疑っていたこと。しかし彼の言う通りに反リュシオンの勢力が息を吹き返し、滅亡したと思われたエストリンド家が再興の兆しを見せ、それらに現実味が増したこと。

 ケテル•ミトロンは自身の過去を繰り返し、国の救済を望んでいること。


「……俺たちが聞かされていた話しとあまり差異はなかったな」

「私を見られても……」

「…………」


 気まずい。めちゃくちゃ気まずい。

 ほんの少しだけ視線を交えたクリード。優陽はそっと顔を覆う。

 一行はすでにリュシオンの最も内側にある城壁のかたわらへと降りていた。そこは廃棄された石積み場のようで、様々な大きさの石が転がっている。

 ラーストーとレイが辺りの様子を探っている間、優陽たちは雨ざらしの小屋の中で身を隠していた。

 夕暮れの街からは人の気配どころか鳥の鳴き声さえ聞こえてこない。気まずい上に不気味なほど静かだった。


「お主、思ったより深刻な状態であったな」

「上位存在からマジトーンで憐れまれるのツラ……」


 以前に自分から口にした時は疲労困憊で半ばヤケだった。それが他人の口から改めて語られるととても気まずい。特にクリードと婚約するはずだった辺りのくだりが。


「……って、どちらさま?」


 指の隙間から突如として現れた妖艶な美女に優陽は声をあげずにはいられなかった。

 黒髪ロングで褐色肌のグラマラスな美女は優陽に向かい不遜な笑みを向ける。

 

「我のこの姿にも物おじせぬとは流石であるな狭間の者よ。雌雄共に完璧であるこの姿は主から見てどうだ」

「誰かは察したけどそこまで雑に属性特盛りされて困惑しない人いるんですか」

「なるほど。別世界の感性でも困惑する美しさか。我が我を美しく造り過ぎた故に仕方のないことよ。ゆるせ」

「自己肯定感の塊か??」


 目の前の黒髪ロングで褐色肌なグラマラスな、美女であり男でもあるらしい人物は間違いなくアロガントだろうが優陽はそれ以上の追求をやめることにした。

 グラトナスは手ごろな石の上に腰かけあくびをしている。

 クリードがげんなりとした様子で腰へ手をあてた。


「こんな切迫した状況でなんだその格好は……」

「もっと言ってやってください!」

「そのような防備では殺してくれと言っているようなものだ。貴様らには危機感が足りん」

「なぜに私へ流れ弾が……?!」

「事実だ」


 クリードの視線が自身に注がれていることに気付き優陽は奥歯を噛み締める。

 抗議からアイギスの裾を引くも彼はそっけなく返す。そして当たり前のように彼は優陽をおぶる。何かあれば一番お荷物になるのは自分に決まっているので抵抗はできない。

 差ほど時間もかけずにラーストーとレイが戻ってきた。ラーストーが優陽たちを手招きするので、奇妙なパーティは改めて辺りの様子を確認する。


「周囲にリュシオン兵はおりません。このまま城へ向かいましょう」

「見回りどころか人間も犬猫も、虫すら見当たらねぇけどな」

「貸し切りってことですか……」


 ファンタジーな街並みと言い、某夢の国だったら嬉しいところだが今いるのはどちらかと言えば悪夢である。

 レイを先頭に、空を遮る巨城へ向かって歩き始めた。

 

「王子サマは俺たちに何をさせたいんだ?」

「ケテル様の最終的な目的は国王と女王を討つことを討ち、国を救済することだと聞いております」

「それは分かってる。だが、まともにやり合っても難しい。だからお嬢をここまで連れてこさせたんだろ?」


 ラーストーの視線から隠れるように優陽はアイギスの背に収まる。

 彼の疑問はこの場の全員が感じているところではあるだろう。

 ケテルが預言者である女王をどのように討ったのかも定かではない。サヘルを助けるためにここまで勢いで来てしまったようなものだ。

 アロガントが「ふーむ……」と顎を撫でる。

 見た目は絶世だが話し方や仕草に父と重なる部分があり、少し残念な気持ちになる優陽だった。


「まずはその王子に会わねばな。もしくは、仔細を聞いておりそうな次の巫女か。『神殺し』は確かにあやつらの脅威になり得るが、先に話した通り。ただいるだけでは意味がない。それもこのような童ではなおさら、な」

「ケテル・ミトロンが気まぐれでユーヒをこちらの世界に連れてきた訳でないのは確かだ。そして恐らく、この局面においても生き残るよう取り計らった。その真意を得ねば聖リュシオンの打倒は困難だろう」

「では、やはりサヘル様の奪還が優先と言うことですね」


 レイが「こちらへ」と、細い道へと促す。先導する彼女へ続いてアイギスが優陽を背負ったまま進む。狭い路地に人影はない。窓を覗いても室内に明かりはない。

 リュシオン中心部の街並みは明らかにこれまで優陽が見てきたエストロランドやフロストロンの町や村と次元が違う。以前スロースに運ばれていた時にも感じていたが、ひとつひとつの建物に高さがある。民家でもガラス窓が備え付けられていた。街灯らしきものが設けられ、通り抜けた路地も含め全ての通りが舗装されている。

 こんな状況でなければじっくりと観光したいところであった。人っ子一人いない空っぽの町中はいくらファンタジーな見た目をしていても絵面はホラー寄りである。


「邪魔さえなければ王城へはここからすぐです」

「邪魔さえなければなァ」

「でも、なんかここまで特に何事もなく到着してしまいましたが……?」


 ラーストーのぼやきに優陽はアイギスの背中から辺りを見回す。

 あれほどの巨大な影が上空を飛んでいれば外にいる人間は確実に気付くだろう。それが城に近い中心地の壁まで矢を射られるどころか、アロガントの昔話をゆっくり聞いてここまで辿り着いてしまった。

 アロガントも「うむ」と頷く。


「我もここへ来るまで地上を眺めていた。中心へ向かうほど人の気配がなくなる。外側の壁も何やら我を見つけて騒ぎはしておったが、それどころではない様子であったな」

「それどころではない、とはどう言うことだ」

「今に分かる。まだ我も推測の域を出ん。進むしかあるまいよ」

 

 アロガントは顎を軽く持ち上げてクリードたちへ前進を促す。

 クリードがレイへ視線を向けるも、彼女も前を見据えたまま首を横へ振った。


「内側ほど警備は厳重になります。私もこれほどアロガント殿の接近を許すとは思っておりませんでした」

「まァ、罠と考えるのが自然だろ。もしくは、腹黒王子サマが何か仕込んでたか、だ」

「トラップダンジョンは困るなぁ……」

「その可能性も厄介だが、サヘルの元まで最短でたどり着くにも情報が欲しい」


 ラーストーの意見に優陽もげんなり頷いた。

 後者ならば良いが前者であれば目も当てられない。敵陣のまっただ中に降りた時点で何かしらの問題はあろうが、たどり着いてしまった以上はアロガントの言う通り進まねば。

 クリードの視線は優陽を背負っているアイギスへと向いた。

 

「アイギス。スロースの居所は掴めるか」

「……あの蛇か」


 クリードの問いにアイギスは顔をしかめる。

 目を閉ざして黙り込む彼に優陽は首を傾げた。


「アイギス、スロース殿がどこにいるか分かるの?」

「竜の力を使っていれば分かる。数年過ごしている内に気配とにおいを覚えた」

「気配とにおい……」


 実家の老犬が脳裏をよぎる。余計なことを口走らないよう優陽は次の言葉を待った。

 彼が沈黙していたのはほんのひと時で、すぐに顔を上げる。


「ヤツも城にいる」

「そうか。ならば好都合だ」

「あまり悠長にはしていられない」

「どうして?」


 アイギスの言葉にクリードの顔が曇る。優陽も辺りを見回す。相変わらず、鬱屈としたファンタジーな街並みには人どころか生物の気配がない。

 アイギスが促すとレイは歩調を速めて先導を再開する。


「毒だ」

「毒? スロース殿が持ってたナイフみたいなの?」

「ヤツの毒のにおいが強い」


 器用に指先で回していた鋭いナイフ。アレは何かに刺さると辺りを赤く染め、リュシオンの魔術師たちを苦しめていた。アレが毒なのだろう。

 アイギスはクリードの隣へ並ぶ。


「あの毒は、アイツの血でできている」

「何故わかる」

「アイツのにおいそのものに近い。竜や神官どもにも効くのはそのせいだろう」

「ふむ……。これは毒と呼ぶよりも呪詛と分類すべきものだ」


 ゆっくりと後ろを歩くアロガントはグラトナスと顔を見合わせ顎をさする。


「主が言っているこの毒の香りは、我らが紫睡(しすい)と呼んでいる一族の血を引く存在であろう。紫睡の竜は源流より魔力の制御が器用であった。己が血を媒介に、まじないの効力を強めているのであろう」

「……スロース殿は、血をたくさん流してるかもしれないってこと?」

「死にはしないが、竜も血がなくなれば動けなくなる」


 アイギスの肯定に優陽は唇を引き結ぶ。

 ケテルとスロースは女王を追い詰めたらしい。その時、彼の身に何があったのだろうか。ケテルからも接触はない。あの巨大な竜の正体はケテルなのか。ケテルなのだとすれば、人間であるはずの彼が何故、竜に変身できるのか。

 このまま進んでしまって、本当に大丈夫なのだろうか。

 

「皆様、前方より気配が」


 鋭いレイの声に、クリードが獲物を抜いた。

 先頭で大剣を構えるレイの隣へ立ったクリードは城へとのびる、ゆるやかな上り坂を見上げる。城へ続く大通りは僅かな斜陽に照らされ、その先で待ち構える影を浮き上がらせた。


「あれは……」


 そこからこちらを見下ろすシルエットには、優陽も見覚えがある。


「スロース殿の馬……らしき、生物さん……」


 これだけ進んでも町中に人気はない。犬や猫だけではなく、鳥や虫まで。風すら感じない、重苦しい空気が漂っている。そんな中で、黒毛の馬は当たり前のようにそこへいた。

 優陽がアイギスの背から頭をのぞかせると、馬は石畳を蹄で蹴り、背を向ける。


「……いかが致しますか」

「んー……。辺りに魔術の気は感じないから、ついていったら~?」

「ですが……」

 

 グラトナスの返答に先導していたレイは剣を構えたままためらった。アロガントが続けて軽い相槌をうつ。


「グラトナスがそう言うのであれば問題なかろう。アレは我らを迎えにきたようじゃ」

「後ろのヤツはどうする?」


 ラーストーは来た道を視線で示した。思えばやけに静かだったと思い、優陽は彼が見ている方向へ首を向ける。

 耳を澄ますとここへ到着して初めて人の声が聞こえた。今にも消えてしまいそうだ。

 か細く助けを求めるその声はやけに優陽を不安にさせた。声の主たちは姿が見えない。家屋内にいるのだろうか。

 

「ここで何が起きたのか聞けるかもしれん。俺とラーストーで様子を見てくる。お前たちはアレを追って先に進め」


 クリードは優陽たちへ坂道の向こう側を指し示す。

 

「……やめろ。お前は行くな」

「何故だ?」


 そんなクリードの腕を掴み、珍しくアイギスは彼を引き止めた。渋面する彼を見てクリードも眉を潜める。

 優陽が首を傾げていると、レイも歯切れ悪く口を開く。

 

「クリード殿、あの声は……」

「我が残ってやろう。主らの足では追いつくまでに時間がかかる」


 そんな彼女の言葉を遮り、アロガントが悠々と道を戻り始めた。

 坂を下っていく艶めかしい背中に優陽は身を乗り出す。ここにきてアイギス以上に軽装な人物が現れるとは思ってもみなかった。見ているこちらが風邪をひきそうだ。


「お一人で大丈夫ですか?」

「我を誰だと思うておる。それよりあの馬を追え。紫睡の竜に死なれては困る」

「承知した。先に行っているぞ」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」


 アロガントの言う通りなので優陽は頭を下げた。

 先を急いでいる以上、アロガントが一人で大丈夫と言うなら信じるしかない。 

 

「うむ。城で合流するとしよう。グラトナスも拾い食いはするでないぞ」

「はーい。またね〜。アロ〜」


 美男であり美女である背はグラトナスへ軽く手を振り返し、曲り角の向こうへと消える。

 再びレイを先頭に、先を行く馬っぽい何かの後ろを追いかけた。グラトナスはアイギスの隣をついてきている。歩幅は優陽と変わらないはずなのに、彼は遅れることがない。

 いよいよ城が真上に近付いてきた。辺りの異様さに、背筋が寒くなる。

 ひらけた広場を横切ると、そこには煌びやかな装飾が中途半端に施されていた。何かの準備をしていたらしい。道端には物が置きっぱなし。露店には店主も客もいない。先ほどまで人がそこにいたような景色は先日、優陽が訪れたリュシオンの本陣とそっくりだった。

 それが指す所の意味は言われずとも理解できる。

 状況を察した優陽は浮かんできた脂汗を拭う。

 アイギスの足が止まり、クリードも辺りを見回す。


「ようやく止まったか」

「ユーヒお姉ちゃん、顔色悪いよ〜」

「だ、大丈夫……。まだ……」


 ジャンプしてこちらをのぞき込んでくるグラトナスへ優陽は首を横へ振った。

 アイギスが地面へ優陽を下ろす。ふらつきかけながらも優陽は両足に力を込めた。


「ここで待っていろ」

「でも、サヘルが……」

「どちらにせよ、迂回路を見当する必要がありそうだ。無理をするな」


 クリードが足を止めた馬らしきものを示す。 

 立派な城門は開けっ放しだ。その先にある大扉も。見張りの兵士もいない。今にも消えそうな松明の灯だけが夕暮れに揺れている。

 そして城内はさらに異様な景色だった。白い石造りの天井や壁から、薄紫色の水が流れてきている。それは柱や壁を伝い、床の目地にまで沿い、城全体を覆っているかのようだ。

 優陽は口を開けたまま奇妙な光景を見上げる。


「なんか……。不思議なインテリアですね……」

「ユーヒ様。この水は紫睡の毒にございます。お触れになりませぬよう」

「毒……?!」


 優陽は慌てて踏み出しかけた足を引っ込める。が、優陽たちをここまで連れてきた黒毛の馬は涼しい顔で城内へ入城したかと思えば、荒々しく蹄で床を蹴った。


「お馬さん急かしてるねぇ」

「だが、スロースの魔術に備えも無しで突っ込めばこちらの身が保たん」

「申し訳ございませんが自分も、紫睡……。ディール家の毒を防ぐ術を今は持ち合わせておりません」

「右に同じ。俺の魔術もメガネくんとは相性悪いんだよなー」

「えー? ラーストーも?」

「さっきアロガントのヤツも漏らしてたが、メガネくんの魔術はかなり厄介な部類なんだぜ、お嬢。こいつは魔法の域だ」


 ラーストーは優陽の隣に屈む。彼が手近にあった小石を手でもてあそぶと、その小石がぼんやりと発光し始める。

 そういえばと、優陽は目を閉ざして数年前の彼の言葉を思い出した。


「前にスロース殿へ魔法見せて下さい! って、ねだったら『あなたには無縁のものです』って断られたのでケチ! って言い返した覚えがあります」

「お嬢はホント怖いもの知らずだなァ」


 ラーストーは笑ってぼんやり光る小石を柱から滴る紫色の水たまりへ放った。

 石が水へ触れる。刹那、おおよそ水が放ったとは思えない破裂音が炸裂し、小石は跡形もなくなっていた。

 

「……毒って爆発するものでしたっけ」

「メガネくんの魔術は自分の血を媒介にしてる分、強力なんだよ。なんせ命かけてるからな。命がけの呪詛ってのは、下手に触るとなす術がねぇ。向こうが命かけるなら、必然的にこっちも命をかける必要が出てくんのさ」

「よく分からないけどなんかヤバいことだけは分かりました」


 思わず真顔になる優陽の袖をグラトナスが引っ張る。

 

「でも、あのお馬さん。ユーヒお姉ちゃんのこと見てるよ」

「気のせいであって欲しかった……」


 そう。何故か黒い大きな目は優陽をじっと見つめている。横目で盗み見るとやはり目が合う。

 蹄が固い音を響かせた。


「私、まだ弾けとびたくない……」

「お姉ちゃん、そのスロースって人から何か預かってないかなぁ?」

「スロース殿から……? 預かり物……?」


 グラトナスに問われ、優陽ははた、と思い出す。

 ポケットの中へ手を突っ込むとそこから古めかしいコインが出てきた。

 以前、レイ・ジールと対峙した際、スロースにコレを持って逃げろと言われた。それすらも随分と前の出来事に感じる。


「何だ、そのガラクタ」

「どこかのお金かと思ってたけど、やっぱり違うのかな……」


 手元をのぞき込んできたアイギスは眉を潜める。

 優陽も「うーん」と手のひらに収まったコインを見つめた。そもそもコレの用途を知らない。両面に細工が施されているが文字らしきものは見当たらない。通貨ではなさそうだ。装飾品だろうか。そんなものを持ち歩くタイプではなさそうだが。

 アイギスの反対側からさらに覗き込んできたグラトナスがふふ、と笑う。


「懐かしいなぁ。それはお守りだねぇ」

「お守り?」

「そう。僕ら竜の一族のお守りだよぉ。ご先祖様の体の一部を使って、そこへまじないをかけるの。僕はもう失くしちゃったけど、ずっと前にお母さんからもらったよぉ」

「え……? 激、重…………?」


 にっこりと微笑むグラトナスとは反対に優陽の顔はひきつる。


「何でそんなものを……?」

「決まっている。お前を死なせんためだろう」


 何故か意地悪く笑うクリードの隣でレイが感慨深そうに目を伏せる。


「自分も……。今はケテル様があの者を信頼された理由が分かるような気が致します」

「メガネくんはケテルとお嬢に賭けるしかなかった。自分よりもお嬢の方がよっぽど死にやすい。そういうこった」

「う、うん……? よく分からないけど大事そうだし使わないに越したことはないですね……?」


 優陽はお守りらしいそれをポケットへ戻した。

 そんな大事なものを預けられていると知り、気が気でない。出来るならはやく返したい。

 立ち上がったラーストーが優陽の肩を叩く。


「メガネくんをお迎えに行けるのは恐らくお嬢だけだ。頑張ってきてくれ」

「やっぱりそうなるんだ……」

「アイギスくんも大人しくここで待ってな」

「…………」


 対して、足を踏み出したアイギスはラーストーから引き止められる。

 ラーストーを睨むアイギスの腕を引いて優陽は笑った。


「すぐに行って戻ってくるから大丈夫だよ。……たぶん」

「……いやだ」

「って言われても」

「いやだ」


 きっぱり。はっきり。

 アイギスは譲らない。

 前科がある以上、説得力がないのは承知だ。

 優陽は手を離す。


「行かなきゃいけないから」

「…………」


 アイギスは無言で訴えてはくるものの、優陽を無理矢理に引き止める様子はない。

 優陽がクリードを見上げると彼は肩を竦める。


「アイギスのことは任せておけ。お前はスロースを連れてここへ戻って来ることだけ考えろ」

「ありがとうございます。じゃあ、いってきますね」

「……本当にひとりで大丈夫か?」

「子どもじゃないんですから大丈夫ですーっ!!」


 クリードの問いかけへ優陽は口を尖らせた。

 勢いに任せて濡れた床へと足を踏み入れる。恐る恐る目を開くも、体は何ともない。

 内心、胸を撫で下ろした彼女は馬の影を追いかける。

 駆け出したその足で、今すぐにでもこの場を逃げ出したかった。

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