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50.貪欲

 彼はずっと退屈だった。とある集落で産まれた彼には早くから『仕事』を覚える必要があった。彼はそれらを両親や村人たちから習い、全てそつなく理解し、大人と肩を並べて早々に仕事を始めた。彼を神童と可愛がる者もいれば、薄気味悪いと遠ざける者もいたが、彼にとってはどちらもどうでもいいことだった。

 集落の外側からは時おり人がやってきて『仕事』を依頼していく。その依頼をこなせば小さな集落は食べる物には困らない。依頼の中には彼の退屈を忘れさせてくれるものもあったが、その数は少なく、彼を満たすには足りなかった。

 成人するのも待たず、彼は一人で集落を出た。予想通り、外の世界には彼の退屈を紛らわしてくれるものがあふれていた。しばらくして旅の傭兵たちに混じり『ラーストー』と呼ばれるようになった。そして再び退屈を感じ始めていたある日。彼はようやく生涯つきまとうであろうその空虚を埋めるものと出会った。

 


「ラーストー。出発できそうだよ」


 届いた文を眺めていたラーストーが振り返ると、女が荷車を指さしている。

 先ほどまでぬかるみにはまっていた荷車は人数をかけてどうにか抜け出せたようだった。

 女は続けて彼の手元へ視線を落とし、怪訝そうに首を傾ける。


「それとも予定変更かい?」

「そうだなァ。足を速めねぇとパーティーに遅刻しそうだ」

「お荷物がいないならまだしも、この人数じゃ無理だぜ、ラーストー」


 乱れていた列が徐々に整いながら進み出す。それを横目に、細身の男がふたりの合間に割って入ってきた。

 猫背の男は上目遣いにラーストーを見上げる。


「大体よぉ、あの小娘にここまでしてやる義理なんかねぇだろ〜?」

「別にお前は下りたって構わねぇぞ、ホーンズ」

「そうじゃなくてよぉ」


 声を潜め、彼は背後の行列を指した。


「小娘の代わりにオメェが命令出したトコで誰も文句言えねぇって……。どうせ今まで金勘定しかしてこなかった腰抜けどもはエストロランドから出てきやしねぇさ。……ってか、何でまだあんな生意気なガキの下にいるんだ? ガキが竜人を連れ込んだ時に、エストリンドを乗っ取ってエストロランドの領主になっちまった方が楽だったんじゃねーか?」

「お前は人を見る目もおつむも足りねぇなァ、ホーンズ」

「事実だとしてもそこはもう少し手心入れてくれよ〜。なぁ、リラ?」


 ラーストーに鼻で流された男がヘラヘラと女に同意を求めるも、彼女は舌をうち彼の手を払いのけた。


「アタシはラーストーについてくだけだ。食いっぱぐれも犬死にもゴメンだからね」

「このままじゃ結局フロストロンの言いなりでリュシオンの矢避けに使われるだけじゃねぇか? もしくは竜人どものエサだ!」

「だったらリュシオンに投降すりゃいい。死ぬまで石積みしてな。どっちが良いんだい」

「どっちも嫌だから困ってんだろ……! リラだって死にたくはねぇからついてきたんじゃねぇのか」

「アンタみたいな阿呆についてくよか、ラーストーについて行った方がマシってだけの話しだ」


 こちらへ向けられた懐疑の視線にラーストーは口角を持ち上げる。


「俺が亡き旦那サマの形見に肩入れしてるのが不満か?」

「アンタにお人形遊びの趣味があったとは意外だったね」

「ガキに欲情するタマ無し共と一緒にしないでくれよ」

「何だってエストリンドにこだわってンのかはアタシも知りたいトコだ。まだフロスト家の次男坊のが旗印としても見栄えした」

「お前だって面食いじゃねぇか」

「茶化すンじゃないよ、ラーストー。元々エストリンドの家臣団はアタシらみたいな傭兵の寄せ集めだ。この数年、長く保った方だよ」

「そうだそうだ。こんな勝ち目のない戦に意気込んでるのは死んだ領主の後追いしたがってる犬どもだけだ。とばっちりは御免だぜ……?」


 ホーンズはちらりと背後を盗み見る。

 負け戦に参じた理由は各々、様々である。一枚岩どころか、今にも崩れそうな積み石に近い。ラーストーより長くエストリンド家に仕えていながら、この場に顔を見せない家臣も多くいた。

 この手紙の送り主も、自身が詰め寄られた時点で彼らに大して期待はしていないだろう。

 ふたりの視線を受け、ラーストーは肩を竦めた。

 

「あの小娘はエストロランドの様子を見て考えていたのさ」

「考えた? 何を?」

「この状況をどうにかできねぇかと、考えた」

「そりゃ……。領主のガキだからじゃねぇのか?」

「領主の娘だなんだは関係ねぇ。お前らですら先がねぇと見限ってるこの土地を見ても考えたんだよ。とにかくこれ以上、何も失いたくないのさ。相変わらず俺なんぞよりずっと欲張りだぜ、あの小娘は。いや……。()()お嬢はいっそう欲張りになったかもな」

「…………」


 リラが無言で眉を持ち上げる。

 生返事を返すホーンズへ、ラーストーは犬歯を覗かせた。

 

「お嬢に感謝しろよ、ホーンズ。あの場でお嬢が旦那サマと奥サマが死んだ時にお前らは何をやっていたんだなんだと糾弾を始めたら、村人共の槍玉に挙がったのはお嬢じゃなくて俺たちだ。命拾いしたなぁ?」

「あ~……。もしかして、あの後、やけに犬どもが静かになったのって……」


 ホーンズはようやく合点が言った様子で背後の行列とラーストーを交互に見た。

 

「あのお嬢様がアタシたちを責めなかったからだよ。身代わりにしようとしてたってのに、面の皮が厚いこった。意気地なしどもめ」

「あのガキ、そんなトコまで考えてんのか……?」


 悪態と共にリラが唾を吐いた。

 目を白黒させるホーンズにラーストーは「いや」とあっさり否定する。


「そこまで考えてねぇさ。だが、根っからのバカでもねぇ。伊達に預言者の掃除屋とフロスト家の異端児を口説き落としただけはある。まだ大将を直接討つ機会ができたなら勝ちもゼロではなくなった。わざわざ国王サマが直々に出陣とは、よほどウチのお嬢の横暴ぶりが目に余ったんだろうよ」

「でも、よお~」

 

 納得のいかないホーンズへ、ラーストーは手にしていた文を軽く左右へ振って見せる。

 

「それに、今回のシャレム嬢はお前らへ健闘を祈るとわざわざお手紙をよこして下さってる。仇討ちに貢献すれば、顔まで覚えて下さるかもな?」

「お手紙……? オメェじゃなくて、俺らに……?!」


 ラーストーがホーンズへ文を差し出すと彼は両手でそれを受け取り、隣のリラへと見せる。


「な、なんて書いてあんだ?」

「学のある奴に聞きな」

「お、おい……! 文字が読めるヤツ〜!」

「行軍を止めるんじゃないよ」


 リラにそっけなく流されたホーンズは文を手に行列の中へと乱入していく。

 その背中を睨み付け、リラは腕を組んだ。


「……あのパパとママ無しじゃ何もできないお嬢様が、小汚いアタシたち下っ端に檄文(げきぶん)だって?」

「言ったろ? 改心したってな」

「アンタが書かせたのかい?」

「俺は恋文すら書いたことねぇさ。別れ際、お嬢へ書いてみたらどうだと提案はしたが、書いたのはお嬢の意思だ」

「食えない野郎だね」


 ラーストーは目を伏せ、鋭い視線を受け流す。

 リラはそれを鼻であしらった。

 呆れたと言わんばかりの彼女の悪態にラーストーは隻眼を細めた。


「こんな大戦、後にも先にもねぇだろうさ。外野にされて指咥えてンのはもったいねぇ。リュシオンが勝てばどっちにしろ俺たちは国賊だ。なら、諦めの悪いお嬢サマの意地に賭けようじゃねぇか」

「あんな子どもに何を期待してンだい。まったく……」

「そう言うなよ。悪いがちょいと用を足してくるから、アイツらどうにかしといてくれ」

「言われなくてもそのつもりだよ」


 リラは列が乱れ始めた行軍の中へと戻っていく。彼女の叱責を背にラーストーは行列から離れ、近くの針葉樹の林へと足を運んだ。

 冬でも緑を茂らせる林の中は薄暗く、ひと際に冷気を漂わせている。


「それで? そっちは何の用だ?」


 背負っていた槍を手にしたラーストーは辺りの茂みを凪いだ。切っ先が枝葉を落とすも、何かに弾かれる。

 彼の切っ先を弾いた男は苛立ち気に右手を払った。その後ろにたたずむ青年と目が合うと、ラーストーは槍の柄で肩を叩いた。


「そのメガネくんが一緒ってコトは、アンタがケテル・ミトロンか?」

「ああ。そうだよ。『君』とははじめましてだね、ラーストー。僕がケテル・ミトロンだ」


 ラーストーの問いへ青年は素直に頷いた。

 ケテルは早々に目を伏せ、視線を外す。

 

「時間がない。手短に話そう。僕は君へ協力しにきた」

「ほう? とりあえず聞かせてもらおうか?」

「フロスト家の内部抗争が収まったのは先の知らせ通りだ。対リュシオン軍への戦闘に備えてこれから南西の砦へ向かって行軍進路を変えることになる。当然だけど、リュシオンは君たちエストリンド家の残党も警戒している。そしてフロスト家と別行動にある今の君たちは、リュシオン側からすればせん滅するちょうどいい機会でもある」

「だろうなァ」

四騎光(しきこう)のひとり、ジャラス・マリオネストが少数の竜人に命じて君たちを奇襲させるだろう。少数とは言え、備え無しで竜人を相手取れば君たちの部隊は苦戦する。夜襲となれば潰走の可能性もある」

「否定はできねぇ」

「そこで僕の指定した場所で野営をしてくれ。彼らが夜襲をしかけてきたところを返り討ちにできる。その後、君は国王のいる本陣へ向かうんだ。部隊は引き続き南西の砦へ急がせて、可能な限り時間稼ぎするよう指示を。国王の相手は『普通の人間』では務まらない」

「行ったところで無駄死するから俺に暗殺者ごっこをしろってコトか?」

「君の得意分野だろう、『魔喰(まぐ)らい』。君が四騎光と国王の首級を挙げればエストリンド家の再興の後押しにもなる。悪くない話しのはずだ」

「それがその通りになればなァ?」

「では、君の言い分も聞いておこう」


 口早に彼へ用件を伝えたケテルは息をついた。

 彼は相変わらず目を伏せ、こちらと視線を合わせようともしない。代わりにナイフを手にした護衛が数歩後ろから目を光らせていた。

 呆れた様子の青年へラーストーは口角を持ち上げる。


「俺が頷かない場合はどうする気なんだ?」

「どうもしない。君たちのここまでの道のりが徒労に終わるだけだ。君がユウヒへ協力しないのなら、君なしで国王と女王を討つ方法を考える」

「しっくりこねぇ回答だな。なら、なんだってわざわざメガネ君つれてここまで来た?」


 ラーストーと目が合ったスロースは無言で眉を潜めた。

 ケテルも無言を返す。

 ラーストーは顎を擦り、首を傾げた。


「俺がいなくても話しは進むが……。そこそこ困るんだろう? そこのメガネ君がレイ・ジールにローストされかけた時も、俺が気付くように誘導していた……。アンタはユーヒと俺を会わせたかった。それだけの手間をかけたンなら、アンタの企みに俺は必要ってことだ。違うか?」

「僕へそんな質問をしてどうするんだい。君の選択肢は限られていると気づいているはずだ」

「だろうな。アンタが最終的に『シャレム・エストリンド』をどうする気なのかが問題だ」

「温情や大義という精神を持ち合わせていない君にその質問をする意味があるとは思えない」

「話しが早いじゃねぇか。仮にアンタの話しにのって現リュシオンの大勢が崩れたとする。だが、そこで『めでたし、めでたし』で終わらせるにはムシが良い話しだぜ。その時に『シャレム・エストリンド』がいないんじゃ、いくら戦功を立てようが貧乏くじを引くのは俺たちだ。アンタに協力した見返りは?」

「僕の目的を計るために質問を続ける気ならこれ以上の問答は受け付けないよ」


 ケテルは顔を上げる。

 ラーストーは表情のない顔を指さした。

 

「アンタが本当に必要なのは『シャレム・エストリンド』の体なんだろう? だからわざわざ手間かけてわがままお嬢サマの中身を、戦も知らねぇお人よし娘に入れ替えた。『神殺し』の血を利用するンなら、同じ世間知らずの小娘でも、少しでも情に流れる方が都合良いだろうからな」

「相変わらず察しだけは良くて邪魔な存在だね、君は」

「お褒めの言葉として受け取っておくぜ」


 わずかに潜められた眉を見てラーストーは笑みを深めた。

 しかしケテルは構わず淡々と話しを続ける。


「これから君の槍へまじないをかける。君の『魔喰らい』の力を高めるものだ。竜騎士の鎧にかけられているリュシオンの加護を無力化する」

「おいおい。まだアンタの話しに乗るとは言ってねぇぞ」

「君の気まぐれに付き合っているほど僕らに時間はない」

「つれねぇなァ、王子サマ。俺はユーヒみたいに敵国の王族の話しをふたつ返事で鵜吞みにするほどお人好しじゃあないぜ?」


 口角を持ち上げたラーストーは一息にケテルへと肉薄する。

 その先端は再び金属音と共に阻まれた。間に入ったスロースのナイフはラーストーに押されて軋む。

 競り合うスロースと目が合ったラーストーは犬歯をのぞかせた。

 

「メガネ君が俺の相手をしてくれるのか?」

「やかましいので黙っていただけませんか」

「そんなに嫌わなくとも良いだろう、おふたりさん」


 ラーストーの軽口をスロースは一蹴した。そんな中、ケテルが競り合う彼の槍へ手をかざす。

 淡い光が収束し、瞬く間に霧散した。

 スロースはラーストーの槍を払い、大きく後退しながら悪態をついた。

 手を下ろしたケテルはこちらへ背を向ける。


「野営地は君たちの足でここから3日ほど進んだ川辺だ。近くなれば君の槍が教えてくれる」


 ラーストーが自身の槍を見下ろすも、見た目に変化はなかった。集中すると、何かがまとわりついていることだけは分かる。

 ラーストーは遠ざかる足音に肩を竦めた。

 

「アンタのおもりを殺しちまっていいのか?」

「君にそれができると言うのならね」


 去り際、彼はこちらへ振り返り微笑んだ。

 足音は不意に消え、同時にふたり分の気配もなくなる。


「ちょっとは期待してたんだが、ただのガキだったな……」


 ラーストーはぼやいて林から抜け出た。

 冷たい風が足元を吹き抜け、新雪を舞い上げる。

 夕暮れの近づく空を見上げ、ラーストーは騒がしい行列の中へと戻った。

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