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48.装備品には性格がでる

 戦場となる砦もまた、すっかり雪化粧に覆われていた。丘の上に建つ石造りの堅牢な砦は冬景色と相まって趣きを感じる。

 残念ながら、そんな雪景色もだいぶ見慣れてきてしまった。


「国王軍は陣を敷いて辺りに斥候を放っている様子。攻めてくる気配はまだございません」


 卓上の布陣図を見ようと優陽がテーブルへ手をかけて背伸びをすると、アイギスに脇を抱えられ猫のように持ち上げられた。

 なんかちょっと違う。そうじゃない。

 クリードの隣にいたフィオが血相を変えたが、彼は構わずサヘルたちと話しを進める。


「こちらにわざわざ防備の時間を与えるのは国王の慢心か。それとも国王側にも策があるとみるべきか」

「後者にございましょう。私とレイでも魔術で透視を試みましたが、ジャラス将軍の部隊が補足できません」

「ここまで軍を進めておいて真向勝負にでないとは、考えが読めんな……。俺たちの着陣直後であれば竜騎士を使って力押しもありうると覚悟していたのだが……」

「恐らくはレイを警戒しているのでしょう。すでに私とレイがリュシオンから姿を消したことは知られているはず。レイが私を連れて逃れるとすれば、現状の候補は限られています」

「反リュシオンの体制を続けるエストロランドか、フロストロン。このタイミングで母上や内通者から預言者への連絡が途絶えたとなれば、フロスト家の庇護下に入ったと考えるのが向こうとしても妥当だな」

「しかしおかげでこちらも防衛の準備が整えられそうです。問題はこちらの別働隊であるエストリンド家の軍がどこまで進んでいるかですね……」


 咳払いをしたフィオは地図の上でひとつだけ離れた小さな石を指した。

 クリードは優陽と顔を見合わせる。


「ラーストーがどこへ現れるかも含め、奴がこの戦の鍵であることには違いないが……。どうにも腹の読めん奴だからな……」

「『エストロランドの狂犬』の異名をもつ騎士。自分が相対したことはございませんが、あのエストリンド公が直々に部隊を任せたとなれば相当の力量の持ち主にございましょう。是非ともお手並みを拝見したく」

「ああ……。まあ、力量があるのは確かだ……。望ましいのは、ヤツが国王軍の側面に出てくることだな……」


 彼は言いかけた言葉を呑み込み、小石をリュシオンが陣を構えている場所の脇へと移動させた。

 優陽はその理性に感心する。自分であればこれまでのラーストーの言動を一から十までサヘルとレイ・ジールへチクっていたかもしれない。


「ラーストーと攻める機会を合わせれば、砦にいる俺たちの軍と共に国王軍を挟撃することになる。理想の展開だ。そうでなくても、ラーストーの部隊と上手く連携せねば勝ち目はない」

「そして恐らく、ジャラス将軍はそれを阻止するために動いているのでしょう。エストロランドの騒ぎが収束していることはリュシオンにも届いておりましたから。エストロランドの民を救ったのが、行方知れずであった亡き領主の御息女だったということも」

「……そんな話しになっているの?」

「違うのですか?」


 思わず口を挟んでしまった優陽にサヘルは目を瞬く。

 視線がこちらに集まり、優陽はぐぬぬと目を口を引き結ぶ。


「私ハ何モシテナイデス……」


 事実。優陽は預言者の魔術に縛られたアイギスが村を襲った時もさっさと避難しろ、とスロースに追い立てられていただけだ。アイギスに気付いていなければ全てはクリードが丸く収めていたろう。そうならなかったのは不幸中の幸いか。

 アイギスの視線が真上から降ってくる。

 

「俺を正気に戻したのはお前だ」

「それも九割はスロース殿のおかげなんだよ……?」

「…………」


 不服げな眼差し。意識が混濁していたのだから仕方がないとは言え、彼のスロースに対する好感度はマイナスに近いのかもしれない。

 クリードが肩を竦める。

 

「話しを盛って吹聴しているのはラーストーだろう。エストリンド家の士気は現状、貴様なしで維持することは難しい」

「軍の士気が高いことに越したことはありませんが……」

「じゃあ……。やっぱり私がラーストー殿の所へ行った方が良いですかね……?」


 身内も財産も権威も失ったとは言え、エストリンド家の上下関係で一番上に存在しているのは直系である『シャレム・エストリンド』だ。

 エストリンド公が亡くなった後に戦地の指揮を取っていたラーストーが自分を担ごうとしてくると言うことは、エストリンド家の血にはまだ利用価値があるのだろう。


「ラーストーはあくまで貴様の代理として動いている。もちろん貴様が直接、他の家臣と話した方が良いこともあるが……。エストリンド家の内部勢力がどういった状態になっているかまで、俺は把握できていない」

「私もあんまりお話しできないまま来てしまったんですよね……」


 優陽は風邪で鼻をズルズルすすりながら挨拶を交わした兵士たちを思い起こす。

 俺様君主だった『シャレム・エストリンド』の父は優陽がシャレムの記憶を覗き見ても、正に竹を割ったような印象の人物である。フロスト家やリュシオン王国とは違い、気に入った人物を片っ端から引抜く豪快さでラーストーを含めた家臣たちを力技でまとめていた。そんな家臣たちも、己の主君が美しい奥方と娘にデレデレな一面に困りはしていたがそれも愛嬌として捉えていたらしい。

 ワガママ放題だったその娘が皿洗いや食事の用意に走り回っている姿を困惑気味に眺めていた。

 優陽は『シャレム・エストリンド』が恨まれてやしないかと怯えていたのだが、ラーストーにハメられた一件から特に命を狙わたりすることもなく、だからと言って親しくなった者がいる訳でもない。

 

「ラーストーたちは貴様を無下にはしまい。だが、貴様が主人の仇と手を組むことを快く思っていない輩がいないとも断言はできん」

 

 ここにきてクリードは言葉を濁す。優陽も「う~ん」と唸った。

 クリードの心配も分かる。分かりすぎる。

 自分が危険を冒してラーストーと合流したとする。それでも、彼らが今の『シャレム・エストリンド』の話しに耳を傾けてくれる保証はない。

 ただでさえ前回エストロランドの一件で良いように丸め込まれた自分が、ラーストーの手綱を握れる自信は皆無。それどころか彼以外の家臣たちは口に出さないだけで、アイギスを庇った件を怒っているかもしれない。

 しかし、ここへ残ってもやれることも僅かである。なら少しでも味方に有利が傾くように動いた方が生存率も上がるはず。


「俺がついていく」


 悩んでいた優陽が目をあけると、真上にあった灰色の瞳が瞬いた。


「お前が行くなら、俺も行く」


 宙ぶらりんだった足が床につく。

 アイギスは「どうする」と優陽を見下ろした。聞く前にすでに答えは出ている気がしないでもないが、彼が背中を後押ししてくれるのであれば答えは決まっている。


「ラーストー殿の所へ行く」

「わかった」


 アイギスは頷いた。優陽は今一度、背伸びをして手近にあった小石を砦の外へと置く。

 サヘルの話しによれば、同時進行でケテルがスロースと共に女王を討つ計画を立てている。その間にリュシオン国王の足止めをする、もしくは決着をつけねばならない。つまり、ここで女王か国王、どちらかを討たねば不利になる可能性が高いのだ。何がどうしたって勝たねば自分は死ぬだけなのだから、今さらリスクを恐れて引きこもっている方が首を絞めかねない。

 そう自分へ言い聞かせて優陽はクリードを見上げた。

 彼は指で眉間を抑える。


「悪いがそうしてもらえると、ありがたい」

「後で美味しいパンとチーズを所望します。ふわふわのとろとろの」

「パン……? まあ、貴様がそれで構わんと言うのなら作らせるが……。もう少し他にないのか……」

「なん、ですと……?」


 くだらないことを言っている場合か、とか一蹴されると思っていた優陽は思わず胸をおさえた。

 アイギスと暮らしていた頃にクリードが差し入れてくれていたパンとチーズは炙ると絶品であった。この世界でもチーズは魔法の食べ物だ。歯に優しい柔らかいパンへそれをかけると涙が出るほど美味い。

 思わず優陽が頭の中で夕食を広げ出す一方、フィオは表情を曇らせた。


「その者とおふたりで向かわれるのですか……?」

「他に余計な荷が増えると奴らに見つかる。コレだけなら見つかっても抱えて逃げ切れる」

「暗闇の中ではラーストーの部隊と合流するのは難しいだろう」

「ヤツの気配は覚えている。兵を率いているのなら音でも追える」


 当然だ。と、アイギス。

 それでも何か言いたげなフィオの視線はクリードへと向いた。彼もアイギスを見て眉を潜める。


「ならば装備を改めろ。こちらで用意させる。欲しい物はあるか」

「よく切れる得物」

「剣は、お前には向かんな。後で武器庫から好きな物を選べ。服もマシなものを着ていけ」

「……服はこれでいい」

「貴様はもはやエストリンド家の一員だ。貴様が粗末な装備をしていては俺やシャレムの面目が立たん。面倒でも騎士の体裁くらいは保っておけ」

「……俺は、騎士でない」

「えー。なんで? かっこいいからアイギスもなろうよ、騎士」

「かっこいい……?」


 アイギスの服の裾を引っ張ると彼は怪訝な声を漏らした。

 以前のボロ布同然の着衣は跡形もなかったので、クリードが文句を言いながらもアイギスへ服を用意してくれていた。それでも彼はコートを邪魔だと言って脱ぎ、厚手とは言い難い上下。そして、ほぼ裸足でこの寒さの中をうろうろしている。つよい。

 彼にとって「服」はそれほど重要なものでないのだろう。

 アイギスと同じく竜の血を引くレイは以前のフルアーマーをもう身につけていない。体感温度に見合った常識的な格好をしていると言えよう。彼女は困惑しているアイギスへ目元を緩めた。


「アイギス殿。シャレム様から名を戴いた貴殿はすでに立派な騎士だ。主人から直々に名を戴くは我らにとって格別の誉れ。その名に恥じぬよう、共に騎士として務めを果たそう」


 眩しい。清々しい暴力的なまでに純粋な笑顔である。

 フィオレジスティアとレイ・ジールは生真面目で勇猛という共通点はあるものの、アイギスへ向けられる2人の視線は全くの別物であった。

 レイは無愛想なアイギスにも嫌な顔ひとつしない。ケテルやサヘルから話しがあったのか定かではないが、フィオとは逆に、彼女はむしろアイギスへ友好的な印象だ。

 当のアイギスは途端に視線をそらしてごにょごにょと言葉を濁し始める。

 

「俺は……。騎士、でなくとも……」

「騎士の称号に気がひけるのであれば、クリード殿のおっしゃる通り、エストリンド家の一員としてお仕えしてはいかがですか?」


 少しずつ後ずさりしていくアイギスをサヘルは逃さない。躊躇いなく自身の手を取る彼女にアイギスは戸惑いを深める。


「……はなせ」

「いいえ。はなしません。これからあなたにはシャレム様のお命を預けるのです。生半可な覚悟であれば私は許しません」

「…………」

「必ずや無事にシャレム様をお守りすると、誓っていただけますね?」


 笑顔なのにものすごい圧を感じる。

 少なくとも優陽はちょっと怖かった。

 しかしアイギスは彼女の視線を受けて頷く。今度はきちんと彼女の目を見て応えた。


「言われなくても、おもりはする」

「なんかひっかかる言い方なんですけども……!」


 何故、サヘルの言葉をわざわざ言い換えた。含みを感じるのは気のせいなのか。

 優陽が疑惑の視線をアイギスへ送るも、サヘルが彼の手を離したことで話しは進んでいく。


「では、夜になりましたら自分が砦周辺をうろつく斥候を威嚇いたします。敵の目が自分へ向いている間に、おふたりは北へ抜けエストリンド軍を奇襲場所まで導いてください」

「ありがとうございます。できるだけはやくラーストー殿を引っ張ってきますね」

「急く必要はない。貴様らは国王軍の別働隊に気を付けろ。ラーストーと合流したとしても、不利な状況であれば迷わず退け」

「アイギスは強いから大丈夫です!」

「その通りだ。貴様が一番の心配の種だと言っている、シャレム」

「え……?」


 クリードの半ば呆れた指摘にフィオが咳ばらいで誤魔化そうとしている。余計に恥ずかしいからそこは素直に笑われた方がマシである。アイギスもその「黙ってれば良いのに」の空気はやめて欲しい。

 クリードの小言を肩身を狭くして浴びる優陽は、サヘルとレイの生暖かい視線を感じていた。


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