46.作戦会議
優陽を含めクリードと共にここまでついてきた者たちは、一時的にフロスト家の城内へ身を寄せることとなった。フロスト家へ戻ってきた兵たちは城内の同志らとまた肩を並べて主人へ尽くすことに喜んでいる。
なんて、うまくはいかない。
「リュシオンに内通していた者たちはこれで全てでしょう。リュシオンへの連絡手段は一通りスロース殿が探し出して撤去しておりますので、あとは当人たちの処遇をご当主へお任せ致します」
ケテルの代理としてやって来たサヘルとレイ・ジールは手ぶらではなかった。フロスト家に潜む内通者たちがリュシオンへ送っていた密書の束は、デュークの顔色をまた悪化させる。
ほとんどは彼らの母がフロスト家へ嫁ぐ前から仕えていた者たちだったが、そうでない者もいた。
落胆するデュークへクリードはその都度、静かに諭している。兄の顔色がそれを聞いて元通りになると、クリードは口を閉ざして兄の判断を黙って聞く側へ戻った。ここへ来る前よりもクリードの顔つきが穏やかになったのは明らかだ。
優陽は柔らかな椅子へ腰をかけ直す。隣ではアイギスが居心地悪そうに目を閉ざしていた。寝ている訳では無い。ケテルと言葉を交わしてから、時おり一人でブツブツと何か呟いている。
一日、一日が長く感じた。互いの情報を共有しながら、フロスト家の体制を早急に立て直すのは簡単ではない。デュークとクリードが深夜まで執務室で缶詰めが続いているので、優陽の肩身は狭かった。
ここへきて、自分ができることは無いに等しい。テーブルの上へ広げられた地図を囲む輪に、どんな顔をして混じれば良いのか分からなかった。
「クリード様。ラーストーから伝令が参りました」
ヨゼルフに連れられフィオは布の切れ端をクリードへと手渡す。クリードは短いその文面へ目を通す。
「……エストロランドはどうにか落ち着いたようだ。ラーストーが動ける兵を連れてこちらへ向かっている」
「兵の数は……?」
「三百、いないそうです」
「ああ……。その……。そんなもの、だろうな……」
デュークが深いため息をついて頭を抱える。
クリードは丸めた布切れを赤く燃える暖炉へと放り込む。小さな端切れは瞬く間に灰と消えた。
「むしろ現状では敗走必至の戦に兵が集まっていることに俺は驚いていますよ、兄上」
「それだけ亡きエストリンド公は慕われておられたのだろう。私とは大違いだ……」
デュークが両手で顔を覆う一方。優陽は首を捻った。
だからと言って、そんなに人が集まるか?
ただでさえ預言者の命令によって村や町をアイギスに襲撃され、戦をする余力など残っていないだろう。もう彼らの慕っていた主人もいない。残っているのはその主人が可愛がっていた愛娘だけだが、その愛娘は戦の仕方など分かるはずもない。それは彼らもよく知っているはず。
嫌な予感がする。主に、眼帯をしたヘラヘラと笑う男の影が脳裏にチラついた。絶対に、間違いなく。あの男が余計なことを吹き込んでいる。
優陽の鬱屈とした気分が漏れ出していたのか、フィオが大げさな咳払いをした。
「ですが……。上手くエストロランドの部隊と連携できればリュシオン軍をはさみ撃ちにできるやもしれません」
「お言葉ですが、それは容易ではありますまい」
サヘルと静かに兄弟のやり取りに耳を傾けていたレイ・ジールが頭を下げる。
クリードが視線で先を促すと、彼女は地図の上に置かれた駒を慣れた様子で配置していく。
「陛下はフロストロンが雪で閉ざされる前に決着をつけられたいはず。しかしそうなれば猶予は一月もありません。それでも出陣されたのであれば、少数精鋭を率いてこられたに違いない。フロストロンほどの領土を一月で落とすとなれば方法はひとつ」
「竜騎士か」
「左様です。自分のように竜の力を自らの意思で操れる者たち……。その中でも特に陛下が信頼されている竜騎士が先陣を任されるでしょう」
優陽は邪魔にならないよう、控えめに椅子から身を乗り出す。
レイ・ジールの長い指がかたい音を立て、ひとつずつ駒を地図の上へ置いていく。
「黄金鎧の騎士。ジャラス・マリオロネスト。彼は竜騎士の中でも長命で、実力は自分などとは比べものになりません。虚を突くのであれば、念入りに策を擦り合わせなければ」
フロストロン領の境に置かれた大きなふたつの駒。レイ・ジールはその前に小さな駒をいくつも並べる。
彼女が挙げた名に、優陽の隣へやって来たフィオが眉をつり上げた。
「マリオロネスト……?」
「……貴女には因縁深き名であろう。フェニキアースのエルフの軍勢を敗走させたのはジャラス殿の曽祖父殿だ。マリオロネスト家の強さは竜としての力だけではない。外敵をせん滅する猛き竜にして、一軍を率いる優秀な将でもある。判断を誤れば必ずそこを突かれよう」
「…………」
フィオは唇を引き結んで地図上に置かれた駒のひとつを睨む。
クリードはサヘルへ声をかけた。彼女はクリードを見上げ相づちを返す。
「ケテルは俺達にどこまで期待している。リュシオンを攻略する機会を与えるなどと言っていたが、レイ・ジールの言う通り。そう容易い話ではあるまい」
「いいえ。言葉通りの意味です、クリード殿」
サヘルはレイが並べた駒を示す。
「ケテルが女王を。我々が国王を。同時に相手取ることに意味があります」
「ただでさえ戦力の少ない味方の数を割くのは悪手にしか思えんが?」
「例え悪手だとしても、そうならざるおえないのです」
彼女の顔つきは険しくなる。
「女王……。預言者の目がリュシオン国外までは見通せないことはお話し致しましたね」
「ああ。アイギスからも聞いている」
視線を感じてかアイギスは顔を上げた。サヘルは彼と視線を合わせた。二人の間にしばし妙な沈黙が漂う。
アイギスは彼女の名前は知っていても、顔は知らないらしかった。彼が命令を受けていたのは基本的に預言者であり、預言者や自身の同僚以外とはほとんど面識がないようだ。優陽がアイギスを見ても彼は口を開かない。
アイギスが何も言わないためか、サヘルはクリードへ向き直った。
「しかし例外もあります。女王と国王は互いの目を通して、情報を共有しているのです。当然、その逆も然り。女王が襲撃されたとなれば国王が引き返してしまう可能性がございます」
「俺たちが国王を相手取るのは、女王と国王の連携を妨害するため。ということか」
「お話しがはやくて助かります。ですから、ケテルが女王を討つまでの間、我々は国王の足を止めねばならないのです。もしくはその逆となり得るか」
「その逆……。言うのは簡単だが…………」
引き続きデュークは頭を抱えている。
彼は地図を指さしてため息をついた。
「すでにリュシオン軍は国境に近い。急ぎ出陣したとしても、ケテル殿のご希望に添うのは難しいだろう……。リュシオンを迎えうてるとすれば、ここから南西にある砦。ここなら川に挟まれて、道も狭い。起伏があるから、大軍に一気に押し潰されることもない……。はずだ……」
どんどんと声が小さくなっていく。
助けを求めるようにかたわらのヨゼルフへ視線を送るデュークに、老騎士はやれやれと肩を竦めた。
「デューク様は的外れなことを申してはおりませぬ。わしも同意見にございます」
「そ、そうか……」
「問題は砦に向かわせる兵数と指揮官にございましょう。急ぎ集めてはおりますが、リュシオンの進軍を妨害するために出している工作部隊を足してもリュシオンの同数にも届きませぬ」
「もう少し時間があれば……。いや……。それも含め私の責任だ…………」
「戦力差を埋められぬのであれば、考えるべきはどう戦うかです、兄上」
うなだれるデューク。腕を組むクリード。
優陽の視線がたまたまクリードと交わると、彼は不敵に笑ってみせた。
先日のケテルの一件から気をつかわれてしまっているようだ。
優陽は密かに自身の柔らかな頬を両手でおさえ、ぐっと持ち上げた。
「クリード殿の仰る通り。例え戦力が拮抗していたとしても、竜騎士相手に数で押すは愚策。地の利がこちらにあれば自分一人でも時間稼ぎはできましょう。その間に、何を成すかが問題です」
「この戦況で勝利を収めるとなれば、総大将を直接叩く他あるまい。こちらには手段を選べるほどの余裕もないからな」
「本陣への奇襲、もしくはリュシオン国王の暗殺……。と言うことですか」
クリードの言葉にフィオは苦い表情を浮かべた。
レイが並べていた小さな駒を、今度はクリードが手に取る。
「まず、兄上はこの城から動きませぬよう。預言者が母上だけでなく、他の者へ接触してくる可能性は充分にある。ヨゼルフと共にここで可能な限り兵を集め、国境から目を離さぬようお願いいたします」
「だ、だが、クリード……」
「デューク様。今の時季は魔獣への対策も必要な頃。デューク様が直々にお声がけせねば、どこも兵を出すのを渋りましょう。お気持ちは分かりますが、今はこの城を空けるべきではございませぬ」
城の上に並べられる2つの駒。
デュークは重々しく頷いた。
「……承知した。すまない、クリード……」
「何も謝られるようなことはありません、兄上。むしろ、兵を貸し与えていただきありがたい限りです」
クリードは残った駒を城から南西にある砦へと並べる。砦はデュークの言う通り、前後を川に挟まれた小高い丘の上にあるようだ。
クリードは砦の周囲を指でなぞってみせる。
「この砦からは川向こうにある街道を含め、周囲の様子がよく見える。大軍が気付かれず迂回するのはまず無理だ。すでに木も葉を落とした後で身を潜めるのも難しい。街道を通るリュシオン軍を高台から一方的に弓と魔術で狙える」
「普段通りならば、竜騎士は軍の1割程度。残りは騎兵と歩兵、魔術師部隊。この地形であれば騎兵が機能するのは難しいでしょう」
「問題はやはり竜騎士と魔術師部隊ですね。竜騎士は私とレイが足止めをするとしても……。リュシオンの神官たちが混ざっているとなれば手強い相手でしょう」
「そちらは私にお任せ下さい」
サヘルとレイが難しい顔をすると、フィオが胸をはってみせる。
「魔術師と言えど相手は人の身。私に兵をいくらか貸しては戴けませぬか?」
「貴様についていける者を選ぶのか? 難儀だな……」
クリードは息をつきながらも砦の周囲に駒を並べていく。そして残った最後のひとつを、リュシオン本陣へ置かれた大きな駒の脇に並べる。
「残るは、肝心の国王を討ち取る別部隊だが……」
クリードは言葉を切って視線を滑らせた。その視線が自分の隣に注がれているので、優陽も首を回す。
「……わからない」
アイギスは首を横へ振る。
「リュシオンでは、国王は不死身だと言われている。俺には殺し方が分からない」
「首をはねても殺せない可能性があると? まあ、人間ではないのであれば驚きはせんが」
「やってみないことには、わからない」
「……心臓を」
ぽつん、と。サヘルが呟く。彼女は自身の胸に手をあてた。
「王位継承の儀では……。預言者と同様に、先王の心臓を次期国王が喰らうことでその力と権威を引き継ぎます。それまでの間、次期国王はただの人間。つまり、国王の心臓さえ無くなってしまえば、次のリュシオン国王は生まれません」
サヘルの言葉にクリードが「なるほど」と頷く。
「必然的に、リュシオンは王位の継承ができなくなる。王位の継承ができなければ、リュシオンの加護を受けられる人間もいなくなり、竜人がリュシオンにいる必要性もなくなるはず、と言うことか……」
「狙うのは、首ではなく。国王の心臓です」
「……わかった。心臓を狙う」
アイギスは短く了承して再び目を閉ざす。
優陽は隣で地図を眺めた。国王を殺せたとして、その後はどうなるのだろうか。王位を継承できなくなったことで、竜の血にかけられた呪いは解けるのだろうか。もし、そのまま呪いだけが残ったとしたら?
優陽は得体の知れない不安に襲われた。
そもそも何故、国王は出陣にまで踏み切ったのか。雪に道を閉ざされたら国王と竜人たちはともかく、人間の兵士たちは凍えてしまう。そんなことをしなくても来年まで待てば良い。雪が溶けてから、フロストロンとエストロランドを順々に攻略していった方がきっと確実だ。特にエストロランドは日々の生活でいっぱいいっぱいで、自衛すらままならない様子だった。フロストロンも身内で意見が割れてしまっている。
リュシオンの優位な状況が、そう簡単にひっくり返るはずがない。何をそんなに急ぐ必要があるのか。急いでいる理由は。この冬にフロストロンを落とさねば、リュシオンに何か都合の悪いことが起きるのか。
もしかしたらケテル・ミトロンだけが、その理由を知っているのかもしれない。スロースが以前に言っていた『真実』の正体はそれなのだろうか。
「シャレム」
「……は、はい?!」
クリードの声に優陽は我に返った。
彼は地図の端を指で叩く。
「貴様はどうする?」
「え? どうするって……?」
「兄上とこの城で待つか。俺たちについてくるか。俺としては、ここへ残っている方が安心なんだが……」
「…………」
なぜ肝心の最後の言葉を濁すのかは分からないが、優陽は目を瞬いた。
言われてみればそうだ。行かない、という選択肢もあるのだ。何せ、体はただの美少女なのだし。中身は引きこもり大学生。
「いっしょに行きます」
でもまあ、しかし。始めからついて行く気で考えていたのでそうしよう。
ふたつ返事の優陽へ上から「は?」と低い声音が聞こえてきたので思わず振り返る。こちらを睨むアイギスに優陽は体を縮こまらせた。
「な、なんで……?」
「……ついてきてどうする」
「だって、その……。たぶん、私が行かないと、ラーストー殿が言うこと聞いてくれなさそうだし……」
たぶん、でなく確信に近い。あの男はどうにかして『シャレム・エストリンド』を表舞台に引っ張り出そうとしている。
戦場に『シャレム・エストリンド』が不在となればヘソを曲げるに違いない。それではクリードが困るだろう。『天羽優陽』にできることはないが『シャレム・エストリンド』が求められている以上。暖かい暖炉の前で留守番はできない。
不満げなアイギスに優陽が恐る恐る答えると、彼は渋々と言った様子で「そうか」と返した。
「そうなるだろうな……」
「ご心配めされませぬよう。サヘルもシャレム様のお力になります故」
「あ、ありがとう、ございます……」
ため息をつくクリード。一方でサヘルは奥ゆかしく微笑む。
再会してからどうにも落ち着かない。随分と他人行儀で優陽の看病をしてくれていた彼女とは別人のようだ。
その日の話し合いはあまり遅くまでは続かなかった。来たる戦のため。優陽たちは翌朝、城を発った。




