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40.人を間に挟んで会話をするのはやめてほしい

 フィオから伝えられた通り、エストロランドを発つ優陽たちには牛車が用意されていた。

 本来なら荷物を置くスペースへ大の男が眠れるスペースまで準備されている。問題は、その大の男が一晩気絶したように眠っていたかと思っていたら、翌日には何事もなかったように自力で歩きまわり始めたことだ。


「スロース殿と言い、本当に傷が治るのが早いんだねぇ」

「人間と比べるな」

「もしかして竜になると口からビーム出たりする?」

「びぃむ……?」

「うーん……。炎の塊、とか……」

「火は扱えない」

「だよねぇ」


 しみじみと呟く優陽の正面に座るアイギス。彼は無言で優陽の横に座っているフィオへ毛を逆立てていた。彼女も冷ややかながらもどこか険しい表情で彼と睨み合っている。

 一触即発。とまではいかないものの、間に挟まれている優陽は肩身が狭い。


「もうどこも痛くない?」

「戦闘以外に支障はない」

「じゃあ、しばらくはまだ安静だね」

「…………」


 優陽の言葉にアイギスはようやくフィオから視線を外した。

 彼が明らかに不服そうな目でこちらをじっと見るので優陽は息をつく。


「ケガが治ってないのにムリをしたらまた倒れちゃうよ」

「……治った」

「さっきまだ治りきってないって言ってたでしょ」

「戦える」

「だーめー」

「…………」


 まるで大きな子どもだ。むすっと眉を寄せるアイギスの様子に優陽は喉まで出かかった言葉を呑み込む。


「シャレム様の命に従えないのですか、魔竜。ただでさえ寛大なお慈悲を与えられた身なのです。立場をわきまえなさい」

 

 そんなアイギスへ、フィオは冷ややかに言い放つ。

 いつかの誰かを彷彿とさせる尊大な物言いに優陽の目は遠くなった。

 優陽の予想通り。アイギスは犬歯を覗かせて唸る。


耳長(みみなが)の小娘風情に何ができる」

「魔竜はそろいもそろって品のないことですね。元リュシオンの魔術師と言い、貴殿らには従者である自覚が足りない」

「フィオはスロース殿とお話ししたの?」


 優陽は強引に会話へ割って入った。こんな狭いところで殴り合いでも始められたら堪らない。

 クリードは長い行列の前方にいて、ここはほぼ最後尾。助けを求めるには足を止めてもらうことになってしまう。

 瞬く間に美しい微笑を浮かべたフィオはアイギスそっちのけで優陽に向かい頷いた。


「クリード様とお話ししていたところ、少しだけですが……」

「ごめんね。スロース殿は口が悪いだけで、何だかんだ良いところもあるんだけど……。本当に口が悪くて……」


 フォローしたつもりがフォローにならなかった気がする。

 優陽はそう言えばと荷台の外へ目を向ける。長い行列を作っている一団は雪道をゆっくりと進んでいた。

 ラーストーはエストロランド領でやることがあるらしいので残っている。本来なら『シャレム・エストリンド』がやるべきことを任せっきりにしているのはどうかとも思うが、これから向かう先ではどうしても『シャレム・エストリンド』が必要なようだ。


「スロース殿ってまたどこか消えちゃいました?」

「何やら下準備があると、クリード様とお話しされておりました」

「下準備……?」

「現地で合流するとのことです。リュシオンの間者でなければ良いのですが……」


 フィオは目を伏せて大きくため息をついた。どうやら彼女はスロースが苦手なようだ。

 仕方ない。数か月世話になっていた自分もいちいち一言余計だと思う。

 アイギスがぼそぼそと口を開いた。


「あの毒蛇はあの時、どうしてお前といた……」

「毒ヘビ……? スロース殿……? よく分からないけど、スロース殿が私の話しを信じてアイギスを追いかけてくれたんだよ」


 今になって考えてみると、小娘の戯言を彼がよく聞き入れてくれたものだ。人違いだったら大惨事だったろう。

 

「後で2人でちゃんとお礼を言おうね」

「…………」


 いっそう、アイギスの眉根が寄る。それもそうだろう。必死に隠していた秘め事をあろうことか当人の前で暴露した上、傷口へ塩を擦り込むレベルだった。複雑な心情を察すれど、スロースがいて助かったのは事実に違いない。

 優陽はアイギスの隣に腰を下ろした。車輪の縦揺れが直に骨へ響く。

 手持ち無沙汰な手でぼさぼさに伸びきったアイギスの髪を梳いた。

 彼にはまだ全てを話せていない。天羽優陽の存在はまだ伏せておいて欲しいとだけ伝えたきりだ。ケテル・ミトロンのことも彼は知らない。一番面識がありそうだが、その割にスロースはアイギスのことを全くと言っていいほど知らない様子だった。

 

「……シャレム様は、本当に慈悲深くあられるのですね」

「え?」


 ぽつん、と。馬車がきしむ音に混じって聞こえてきたフィオの声に優陽は顔を上げた。

 彼女は優陽に合わせてわざわざ座る位置を変えている。言動からしても彼女は育ちが良いのだろう。アイギスを見る目は、相変わらずどこか侮蔑を含んでいた。


「……私の祖国はフェニキアース。フロストロン領よりさらに東にあります、渓谷の中にございます」

「そこはエルフの国なの?」

「はい。この辺りではエルフが築いた国家はフェニキアースのみです。元よりこの地は竜が支配しておりました故。我らエルフは竜の領分を侵さず、静かに長い間、谷の狭間で繁栄して参りました」

 

 優陽は思わず手を止めてフィオを見上げた。他の国の事情を知る良い機会だ。

 エストロランド。フロストロン。リュシオン。今の天羽優陽にはこの三国の知識しかない。周辺国ならば話しを聞いておいて損はないだろう。


「エルフというのは、とても長命だと聞いていますが……。フィオは竜がリュシオンの地を支配していた頃を知っているのですか?」

「私はまだ200年も生きていない若輩にございます。さすがに原初の竜は見たことがございません」


 フィオは笑った。

 優陽もつられて笑う。内心、年上のお姉さまどころではなさそうで戸惑っている。


「残念ながらエルフはあまり外交的な種族とは言えません。竜がこの地を支配していた時代からフェニキアースはございましたが、険しい渓谷に建国された環境も相まってこの近年、300年ほどでしょうか。ほとんど交流はなかったのです」

「近年とは……」


 思わず小声で突っ込まずにはいられなかった。アイギスは目を伏せているばかりで、フィオの話しを聞いているのか分からない。

 

「竜が人間の手により滅ぼされたことは承知していました。しかし、一部の人間たちが、我々の地まで侵し始めるかもしれない、と」

 

 暗くなっていくフィオの横顔に優陽は自分がまたやらかしたことを悟った。


「我らはいつでも戦う準備を怠っておりません。私も騎士団長の娘として、日々鍛錬を欠かさず、魔術の腕も磨いて参りました。そして100年ほど前。ついにリュシオンは我らの領土内の木を無断で伐採し始めたのです。自国の城壁を拡大するために、我らが大切に守ってきた森を破壊しました」


 膝に置いた両手が握りしめられる。フィオはうつむいた。


「我ら王の警告にも耳を貸さず、リュシオンは木を切り続けました。いよいよ我らは軍を率いてリュシオンの部隊と森で刃を交え……。そして、我らは敗れました。竜人の部隊を率いていた者は、我らが渓谷から出て来るのを待っていたのです。王はお怒りになられました。王自らリュシオンの魔竜に引導を渡すため、ご出陣なされた。そこへ私も僭越ながらお供させていただきました。王はリュシオンの魔竜を次々と成敗され、ついに我らの領地を侵していたリュシオンの部隊を壊滅させたのです。我々は勝利しました。その夜に『黒い月』が昇りさえしなければ」

「『黒い月』……?」

「魔獣があふれる闇です。リュシオンの地には昔から度々『黒い月』が昇り、魔物が跋扈(ばっこ)いたします。故に、この地を支配できたのは竜くらいのものだったのです」


 以前、少しだけクリードたちから話しを聞いた気がする。予兆もなくリュシオンに現れる、魔物を降らせる空の暗い穴。

 フィオは頭を振る。


「魔獣は戦のにおいをよく知っています。フェニキアースが必然と手薄になっていることも同時に察知した。リュシオンとの戦闘で疲弊していた我々は、間に合いませんでした。渓谷は魔の巣窟となり果て、我らは国に戻ることすらかなわなくなりました」

「……フィオはどうして、クリード様と一緒にいるの?」

「国へ戻ることがかなわなくなった王は一時的に山の麓へ陣をはっております。それも100年経ってしまった……。城に残られた王のご家族を含め、生存している者はもういないでしょう。皆、全てを諦めかけております。このままでは、国の再興どころか、フェニキアースはただ滅びを待つこととなる」

「だから助けを求めて、フロスト家へ?」

「はい。僅かではありましたがフロスト家は唯一、フェニキアースと交流がございましたので」


 優陽は昨日のフィオの言葉を思い出していた。「仇と手を組んでまで、目的を達成しようとする覚悟に感銘を受けた」と。おそらく彼女もそのためにここまでやって来たのだ。

 美しい彼女の表情は強い怒りと、悲しみに満ちていた。

 エストロランドで見た瓦礫の山が優陽の脳裏をよぎる。彼女の話しからするに、帰る家だけでなく故郷の土すら踏めなくなってしまったのだろう。

 

「リュシオンの敗走に合わせて『黒い月』が昇るなど、都合が良すぎます。私はリュシオンが『黒い月』を操っているのではないかと考えました。が、それは不可能なのだそうです。魔物の領分に、人間は入り込めないと……。ならば、預言者が『黒い月』の動向を、神の加護によって千里眼で見ているのではないかと……。それならば、人間の肉体でも可能な理屈が……」

「その前提が間違っている」


 それまでだんまりを決め込んでいたアイギスが不意に声を発したので優陽は目を瞬いた。

 フィオも少し面食らった様子でアイギスへ視線を向けている。

 「何が」と口を開きかけた彼女へ、アイギスは目も合わさず続ける。


「だからお前たちは負けた。山奥に引きこもってるからだ。あんなものが人間なワケない」

「あんなもの……?」


 アイギスは自身の額を押さえた。以前、見たことのない文字が刻まれていた箇所だ。

 声を震わせるフィオへ、彼は淡々と言葉を羅列していく。


「預言者は人間じゃない。エルフでもない。魔物でもない。精霊でもない。竜でもない」

「じゃあ、あのヒトは何なの、アイギス?」


 優陽が問うと、彼は彼女をじっと見つめた。灰色の瞳は瞬きもせず彼女の姿を映す。


「カミサマ」

 

 

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