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38.虚偽、虚構、虚勢

 クリードは足速に優陽の部屋へと引き返した。

 駆け出したいのは山々だったが、『シャレム・エストリンド』を弱みだと認識されては厄介なことになる。


「そんなに急いでどうしたんだ、旦那」


 特に、行く手を遮るこの男を敵に回せばこの数年築き上げてきた努力が水の泡だ。

 クリードは隻眼を睨みつけた。

 倉庫の前には人だかりができている。狭い倉庫の入り口までがやけ遠い。

 隙間から目を凝らせば、中では再び深い眠りについたらしき男と、その傍らで自身らを囲う人々を見上げる少女の姿があった。


「シャレムにどのような用件だ、ラーストー」

「どうもこうも。村を襲ったらしい竜をお嬢が連れて帰ってきたのがもれましてね」

「あなたが意図的にもらしたのではないですか、ラーストー」


 クリードの後ろに控えていたフィオが鋭く問うも、彼は肩を竦めてみせた。


「もらしたも何も……。あの時、あの竜と戦ってた奴らはそこのメガネ君の馬に乗って、お嬢が逃げた竜を追いかけて行くのを見てんだ。その後、メガネ君とお嬢はあの男を連れてきた。誰だって察しがつくさ。ムリ言うなって」

「弁明は難しいでしょうね」

「…………」


 他人事のように答えたスロースへ、クリードとフィオは冷ややかな視線を向ける。

 ラーストーは腕に体重をのせて壁へ寄りかかると、身を屈めてクリードと視線を合わせた。


「ついでに俺も旦那に聞きたいことがあるんだ」

「なんだ」

「あの時、お嬢はあの竜の名前を呼んでいたらしい。その名前が、屋敷でお嬢を助けた素性の知れない男の名前と同じものだった気がしたんだが……。何も聞いちゃいないのかい?」


 細められる隻眼。持ち上がる口角。

 狭い部屋の中心では、少女が自身に向かいまくし立てる人々を見上げている。彼女はそんな中でも目を覚まさない青年のかたわらから動こうとはしない。

 動こうにも動けはしないだろう。誰が見ても逃げ場はない。何かを犠牲にせねば収まるはずがなかった。それだけのことをあの男はしている。本来はあの男が払うべき対価を、誰かが払わねば。

 クリードはしばし間を開けて口を開いた。


「静かになさい」


 穏やかなその一言で、辺りは水をうったように静まり返った。

 クリードも開きかけていた口を閉ざす。視線は幼い声の主へと引き込まれる。クリードだけではなく、その場にいた者は全員、表情のない彼女を見下ろしていた。


「病人が眠っているのです。静かになさい」


 彼女は自身を囲む人間の顔を一人一人見ながら繰り返した。その内のひとりがさらに口を開こうとすると、細い眉がつりあがる。


「あなた方に言われずとも、この者が何をしてきたのかなど承知しております。私を愚弄しているのですか?」


 先ほどとはうって変わり、鋭い語気に男は言葉を濁した。

 辺りに沈黙が戻ると彼女は続ける。


「この者は先日からエストロランド領の町や村々を襲いました。その過程で犠牲者が出たことも。そして、私の父と母のみならず、屋敷の使用人たちをも無惨に殺したことも。私は承知しております」


 辺りは再びざわついた。今度は倉庫の入口で事の成り行きを見ていた兵士たちが村人たちをかき分けてシャレムの前へととび出る。


「旦那様と奥方様を殺した者にお慈悲をお与えになったと仰るのですか?!」

「何故そのような下賤の者を匿うのです!」


 激しい叱責が彼女へと飛び交う。今度のそれには怒りだけではなく失望が混ざっていた。

 クリードが足を踏み出す前にラーストーが声を潜める。彼の指はクリードの背後をさしていた。


「おいおい……。落ち着けよ。ここでアンタらがあの竜を擁護すればお嬢の立場が悪化するだけだぜ……?」

「まだ幼い少女を大人数で囲い、責め立てるのを黙って眺めていろと?」


 フィオが剣の柄へ手をかけ、目を細めた。

 それでもラーストーはクリードの前から動こうとしない。彼は遠目に優陽を眺めたまま、口元へ指を立てる。


「そう焦るなよ。()()お嬢のお話しを聞かせて貰おうじゃないか」

「…………」


 クリードたちが静かな攻防を続ける間にも、少女に対する詰問は止まらない。彼女はそれを静かに聞いている。

 クリードは、その光景に見覚えがあった。

 6歳の彼女の誕生日。招かれた客人たちが彼女へ挨拶を述べていた。自身の兄も含め、彼女は彼らを見上げて相づちもうたず、彼らからの社交辞令を聞いていた。まるで着飾った人形だった。貼りつけたようなその微笑みも。


「私が彼を助けたのは、彼が私を助けて下さったからです。彼は預言者の手の者でありながら、燃える屋敷から私を助け出してくれました」

「いくら恩義があると言えど……! そこまで分かっていて……!」

「ですから、私も彼へ条件を与える代わりに、彼を助けることにしました」

「旦那様を殺した者を、いかなる理由があった所で生かしてはおけませんぞ!」

「では、私の次の質問に答えられる者がいるのなら、彼をお好きになさって結構よ。そうでなければ、大人しく病人の部屋から出て行きなさい」


 怒りに震える声。戸惑いの眼差し。

 それらを黙らせるほどに、つくられた笑みは無垢だった。

 懐かしくも苦い思い出はクリードの頭を痛める。


「この中に、彼以上にリュシオンの内情に詳しい者はいるの?」


 絶句。無言。沈黙。

 それまで彼女を詰問していた兵たちは押し黙った。


「女王や国王の容姿を詳しく知っている者は? リュシオン国内に残っている戦力は? 部隊の配置は? 城内の詳細は……?」


 手を挙げる者はいなかった。無論、声を上げる者も。

 彼女は微笑みを絶やさず首を傾げる。


「私はお父様とお母様の仇を討ちます。その為には女王と国王がいるリュシオン国内の情勢に詳しい者が必要でしょう」

「スロース殿が元々リュシオンにおられたと……」

「一族がリュシオンを抜け出したのは私の祖父の代です。城下の構造であれば多少は知っていますが、詳細な城内の構造を知る術はありません」


 視線を集めるスロースの声もまた淡々としていた。冷ややかな彼の答えに彼女は頷く。


「城の内部も分からないのにどう攻めるおつもり? 城下ですらスロース頼みだと言うのに。あなた方は何も知らないのラーストー?」


 にっこりと。彼女はこちらを見た。

 周囲の視線は一斉にクリードのかたわらへ移動する。彼へ背を向け、ラーストーは少女につられたように笑っていた。


「スマンなぁ、お嬢。お嬢の言う通り。俺たちが把握できているのはリュシオンの城下までだ。城に間者を送ってはみたが、一人も戻ってこねぇ。旦那様もまだ本腰いれてまで攻める気がなかったみてーで、リュシオンの王城内部が分かるヤツはウチにはいねーんだわ」

「リュシオンの内情に詳しい者がいるのであれば、それに越したことはありません」

「でしょうとも」


 ラーストーは素直に頷く。

 彼女を詰問する声は消えていた。

 少女は頷いて長いまつ毛で瞳を隠す。


「私はお父様とお母様の無念を晴らすためなら何でも致します。それがお父様とお母様の命を奪った者だとしても、その者が預言者と手を切り、私に力を貸すのであれば。私は彼の手を取りましょう」


 そこで柔らかな笑みを消して、彼女は周囲を冷ややかに見渡した。


「それとも。私と彼に代わり、リュシオンの女王と国王を討ち果たしてくださる勇者様がいらっしゃるのかしら?」


 答えはやはり沈黙で返された。

 彼女はラーストーを呼びつける。さも当然とばかりに彼は少女の前で膝をついた。


「ご無礼をいたしました。お嬢サマ」

「構いません。説明が遅れたのは事実です。これでも納得いかない者があるのならば、せめて頭を冷やしてから私の元へ連れてくるようになさい」

「ええ。かしこまりましたとも」


 ラーストーが頭を垂れる。先ほどまで彼女に迫っていた男たちはそれを見て戸惑いながらも頭を下げ、謝罪を述べた。部屋に押し入ってきた者達もそれに倣う。

 一通りそれらが落ち着くと、ラーストーは彼らを倉庫から追い出し始めた。


「……俺たちも戻るぞ」

「よろしいのですか」

「今はラーストーの茶番に付き合え。ユーヒには後で俺から話す」

「ええ。今の所は、それが最善かと」

「……かしこまりました」


 スロースがメガネを直す。踵を返すクリードにフィオはぎこちなく頷いた。

 クリードは横目で振り返る。扉が閉ざされる間際。大きく息をついてその場に倒れ込む少女の姿があった。

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