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36.嘘つきはごめんなさいの始まり

 盛大なくしゃみが部屋に響く。

 鼻水をかむ優陽の背に追加の毛布をかけられる。物置きから人払いをした後、クリードは頭を振った。


「あまりお転婆が過ぎると、俺がエストリンドの旧臣たちに目くじらを立てられるんだが?」

「文句ならスロース殿にいってくだざいっ……!」

「あなたの横暴に付き合った追加報酬をもらいたいくらいですよ」

「ちょっとぐらいこの体に配慮してもらっても良いのでは……?!」


 「どうぞ」と気だるげに差し出されたマグカップには温かい液体が入っている。礼を言うべきなのだろうが優陽はマグカップを手にしたまま、顔をしかめることしかできない。

 無言でスロースを見上げると彼は肩を竦めた。


「配慮して薬を煎じましたが?」

「……これ、飲めるんですか?」

「多少、いえ、かなり苦みは強いですが卒倒することはないでしょう」

「…………」


 風邪をひいて漢方薬を処方されたことぐらいはある。にしても、この野草み溢るるかほりはどうにかならないものだろうか。

 長考している合間にも垂れてきた鼻水をすする。ちらりと傍らで横になっているアイギスを見た。

 あの後、スロースに頼んで意識のないアイギスを馬へのせ、砦まで戻ってきた。「元の場所へ戻してこい!!」と、怒れるクリードをスロースがどうにか宥め、敵方の人間を医務室に寝かせる訳にもいかず、倉庫にあった木箱で作った簡易ベッドへ運んで、丸一日が経っている。

 優陽は意を決し、マグカップへ口をつけ傾けた。いつまでも風邪をひいている場合ではない。あまりにお荷物では置いていかれる可能性もなくはないのだ。

 そう自身を奮わせたものの、数秒後には口へ含んだ液体にむせ返っていた。


「これで少しは静かにお話しができるかと思います」

「後で面倒ごとになっても俺は知らんからな……」


 白い目のクリードの正面へ悠々と腰を下ろしたスロースはメガネを直す。

 このインテリヤクザ絶対に許すまじ……!

 アイギスのために待ってきた水差しでマグカップへ水を注ぎながら優陽は唸ることしかできなかった。


「彼のおかげでエストリンド家を襲撃した黒幕はリュシオン王家だと確証が得られました。彼を民の前に引きずり出して仇討ちをさせるのは控えるべきでしょう。少なくとも今は」

「俺の一存では決めかねる。つまりはコレがエストリンド家を襲撃し、実質エストリンド家を滅ぼしたのだろう。ラーストーの出方次第では俺も口出しはできん」

「竜人でありながら王家に抵抗しエストリンド家の娘を匿っていたと分かれば、彼に対する怒りを黒幕であるリュシオン王家へ向けることは可能です。無論、クリード様の仰る通り。彼にも何らかの代償は必要不可欠でしょうが」

「前提条件として、コレがこちらに協力的であることが必須だ」

「そちらは心配ないかと」


 メガネ越しにスロースと目が合う。

 優陽は未だ口に含んだ水の味が正常に戻るのを待っていた。マグカップへ戻さなかっただけほめてほしい。鼻の奥から喉にかけてイガイガする。


「そも、貴様らは互いに同族だと分かっていて黙っていた、と言うことだろう。そこについて弁明はないのか?」


 クリードの眉がつり上がる。

 そうそう。と優陽も大きく頷いた。


「彼は私の正体に気付いていたでしょう。しかし私は彼が竜人だと思い込んでいました。竜と人の血が混ざっているだけでも厄介だと言うのに、さらに別種族の血が混ざっている者と会うことは稀です。今でも彼に何の血が混ざっているか、私では判別できません」

「コレは厳密に貴様ら『竜人』とは何が違う? 貴様があの巨体になれるのであれば俺の苦労も少しは改善されるぞ」


 水差しの水を半分ほど飲み干した辺りで優陽はようやく舌の感覚が戻ってきた。

 優陽が目元を拭う一方、スロースは目を伏せて息をつく。


「彼と私の大きな違いは、人間と竜以外の血が混じっていること。そして彼が自分の意思で竜へ姿を変えられることです。竜の姿をとりながら理性を保つとなれば、人の血が濃いと難しいものでしてね。私の一族も竜の血をひいてはいますが、現状で竜の姿をとれる者はいません。私たちはあくまで人に近く、人の身を越えることはできない」

「昔はコレのように竜の姿を自由にとれる者がいたということか?」

「私の一族だけでなく、他の竜人たちも元々はそうでしょう。竜の血を薄めるために人間との交配をくり返した結果。彼ほどの竜に近しい『雑ざりもの』が必然と減っていった」

「その感じだと、何か薄めなきゃいけない理由があったんですか?」


 手を挙げて優陽は小声で問う。

 アイギスがこれまで話してくれなかったのは、あまり触れられたくはない話題なのだろう。ただでさえ『竜』に対する向かい風が強いこの世界で、彼はさらに特別らしい。

 スロースは口元に指をあて、やや回答に間を空けた。


「リュシオンでは異常な神の加護が施されていることを話しましたが、覚えていますか?」

「リュシオンのえらい人たちは病気とかで死なないっていうお話しです?」

「ええ。それはリュシオンの神官たちが、神に必要なものだと認識されているためです。では逆に、神に牙を向いていた竜に対して、その加護がどう働くのか」

「それが噂に聞くリュシオンの呪いか」

「おや。すでにご存知でしたか。リュシオンでは呪いではなく、加護と呼ばれています」

「聞きかじった程度だ。()()()()()()()()()()()()()()()()


 クリードは仏頂面で応えた。やはり何だかんだお怒りのようだ。

 首を傾げる優陽にスロースは続ける。


「リュシオンの神からすれば竜は異物というよりも脅威です。故に、より強い排除の力が働く」

「……反対になる。……寿命が縮むとか?」

「珍しくお察しがよろしいですね」


 また一言多いのは気になるがここで食いついてしまうと話しをはぐらかされかねない。

 優陽はマグカップをサイドテーブルへ置いた。意地の悪い笑みを浮かべているスロースを見上げる。自然と語調が強くなっていた。


「リュシオンのお城にいる時、そんなお話ししてませんでしたよね?」

「ご心配なく。今はリュシオン領内でない上、ケテル・ミトロンのおかげで呪いの進行もだいぶ緩和されています」

「なるほど……」


 スロースの応えにクリードがゆっくりと立ち上がった。


「貴様とケテル・ミトロンが結託している理由はソレか」

「背に腹は変えられません」

「そこだけで成立する会話をしないでいただけます?」


 憤りを含んだクリードの声音。それをあっさりと流すスロース。置いていかれる優陽。

 優陽はクリードの裾を引っ張る。彼はじとりとアイギスとスロースを一瞥した。


「竜人がリュシオン国内で不当な扱いを受けているのならば、何故リュシオン国外へ出て行かないのか。長年、周辺国が疑問に感じていたことだ。いくら金を詰んで引き抜こうにも頑なに拒まれる。故に竜の扱いは厄介だと」

「そうですね」


 優陽はふんふん。と頷く。国内にいると寿命が縮むなら国外へ出てしまえば良い。しかし、レイ・ジールを含め竜人の身でリュシオンに尽くす者もいれば、スロースのように出入りを繰り返している者もいる。何故。

 クリードは苛立ちげに息をついた。


「まじないというものは総じて、それ自体を解かなければ効力が大なり小なり続くものだ。つまり、国外に出ていったところでリュシオンの呪いの進行は止まらない。だからせめてその効力を弱めるため、竜の血よりも人間の血を濃くしようとしたのだろう」

「なるほ、ど……?」

「だが、その進行を止める、もしくは解除できるのがリュシオン王家の血族。となれば、竜人たちがリュシオン王国に仕えるのも納得がいく」

「いや、そもそも……。なんでそんな呪いを……? 悪い竜が暴れてたのもう云百年前の話しなんですよね……?」

「さあな。確かなのは、リュシオンは竜人たちへかけた呪いを今さら解くことはできない、ということだ。竜人がいなくなって労働力が乏しくなるだけならまだしも……。長年、不当な扱いを受けていた竜人たちが大人しくしていると思うか?」

「…………」


 しないだろう。でなければスロースとアイギスはここにいない。

 優陽は口をつぐんだ。アイギスは寝返りひとつうたずに眠り続けている。

 視線を伏せクリードは腕を組む。

 

「お前は自身にかかった呪いを解きたい。そしてリュシオンの次期国王であるケテル・ミトロンはその方法を知っている。ケテル・ミトロンがお前に力を貸し、その呪いを解くということは、奴の目的は王位の簒奪か……。もしくはリュシオン王国そのものの解体、あたりが妥当だろう」

「え……。でも、ケテルは王子様だし……。サヘルちゃんはケテルが国を救いたいって……」

「預言者の後継であるサヘル・オルランドはリュシオン王国の人間ではない。リュシオンが統合した小国から連れてこられた、縁もゆかりもない巫女だと聞いている。ケテルが国を解体するとなれば協力する可能性は充分あり得るだろう」

「そ、そうなんですか……?」


 優陽は目を瞬いた。

 どうりでやけに病人の世話の手際が良かったわけだ。

 彼女は貴族どころかリュシオンでは上流階級の人間ですらない。そしてそれは立派な誘拐ではなかろうか。


「でも……。私はサヘルちゃんが嘘をついているようには見えなかったんですけども……」

「サヘル・オルランドの演技が貴様に見抜けなかったか、もしくはケテル・ミトロンがサヘル・オルランドに明かしていない本心があるのか、だ」


 クリードは冷ややかにスロースを見下ろす。

 彼は小首を傾げ、メガネを直した。


「さて……。ケテルが彼女へどこまで本心を打ち明けているかは私の知るところではありません。それは別として、クリード様のご推測は悪くない方向性です」

「であれば、ケテルがユーヒやお前を敵対しているはずの俺の元へ置いておく理由にも納得がいくからな。迷惑な話だ……」


 クリードが小さく悪態をつく。

 優陽は彼らの話しを横で聞きながら首を捻っていた。

 どうにも違和感がある。

 サヘルが嘘をついているように見えなかったことに始まり、自分をこちらへ連れてきた理由が未だに謎だ。

 自分の両親の心臓を食べて王位につくなんてヤベー話しを聞けば誰だって王位なんてつきたくないだろう。しかし王位を継ぎたくないだけなら、天羽優陽を別世界から連れてくる必要はない。そんなすんごい魔法が使えるならわざわざ国を陥れなくても、サヘルを連れて国を出るというもっと簡単な選択肢がある。

 スロースもまだ何かを含んだ言い回しで実に信用がならない。それはやはりクリードも感じているところらしい。彼は涼しい顔のスロースを見下ろし肩を竦めてみせる。


「貴様からまともな回答が得られるとは思ってはいないが、とりあえず今から問いかけるものに対しては真面目に答えろ」

「お答えできる範囲でしたら」

「貴様とコレには、どれだけの猶予が残されている」


 狭い倉庫は沈黙で満たされた。

 クリードの視線の先にはスロースとアイギスがいる。

 どうやらスロースには予想外の質問だったらしく、彼は目を瞬いていた。

 その先で優陽と目があった彼はため息の後、しばし間を空ける。


「厳密には私どもにも分かりません。何せ神サマの気分次第ですから」

「だが、貴様が一族の仇にも等しいケテル・ミトロンと手を結んだということは、そう余裕はなかろう」

「私に関してはその認識でお間違いありません。保って5年でしょう。まともに動けるのはあと2、3年とみています」

「けっこう深刻じゃないですか?!」

「これでもケテル・ミトロンのおかげで長引いている方です。リュシオンの勢力が拡がるに連れ、呪いも強まっています。このままいけば、竜の血を一滴でも受け継いでいる人間はリュシオン王家の加護なしには生きていけないでしょう」


 思わず立ち上がる優陽に対し、スロースは他人事のように肩を竦めてみせるだけだった。

 優陽は横で眠るアイギスを見下ろす。彼とは何だかんだ3年ほど一緒に過ごした訳だが、そんな様子は微塵もなかった。こちらが気付いていなかっただけで、本当はどこか具合いが悪かったのだろうか。

 土気色の顔は生気がまるで感じられない。優陽はかけ布を直してやろうと屈む。そして飛び起きたアイギスから頭突きを食らい、床へ倒れ込んだ。

 

「ぅおぉぉぉっ…………?!」

「暗殺者の寝込みを襲うとロクな目に合わないと教わりませんでしたか」

「大学生に暗殺者の知り合いがいてたまるかっ……! 襲ってないですし!」


 細やかな抗議としてスロースの椅子の脚を蹴るも少女の細い脚ではびくともしない。

 当のアイギスも寝起きのせいなのか、まだ疲れているせいなのか定かではないが目をショボショボさせて辺りを見回してる。


「ようやく起きたか、イヌ。錯乱してこの場であの姿に戻ったりするなよ」

「……何故、お前がここにいる」

「シャレムが貴様をここまで拾ってきたからだ。俺は捨ててこいと言ったが聞かぬのでな」


 クリードの視線が床で悶絶している優陽に落ちると、アイギスは先ほど自分が何にぶつかったのか察したらしい。転がるように粗末な寝台から下りると優陽の横で膝をついて顔をのぞき込む。


「あ……。う……。その、骨……くだけてないか……?」

「く、砕け……? だ、大丈夫……! ちょっと痛いけど……!」

「そうか……」


 側頭部をおさえつつ優陽は頷く。砕けていたらこんなものでは済まないはずだからたぶん大丈夫だ。

 アイギスは息をついて床に座り込む。そこから口を開けたり閉ざしたりしてはいるものの、一向に会話は始まらない。


「……とりあえずスロース殿を一発殴っておく?」

「感謝される覚えはあれど、仇で返される覚えはありませんが?」

「めちゃくちゃ意地悪なこと言ってた自覚ないならそれはそれで問題だと思いまーす」

「預言者の手の者であるとハッキリさせるべき状況でしたので尋問しただけです。気分を害したのは承知しておりますので必要であればこちらから謝罪します」

「いま謝れば良いじゃないですか」

「それは彼がこれからどう出るか次第です」

「…………」


 スロースの視線を受けてアイギスはますます口を閉ざしてしまった。どうしたものかと優陽が首を傾げていると、クリードが大きなため息をついた。


「スロース。少し顔を貸せ」

「よろしいので?」

「話しが進まんのであれば意味がない。ユーヒ、後で話しを聞かせろ」

「……はーい」


 クリードはそのまま部屋を出ていく。スロースもそれ以上は何も言わず、彼に従う。部屋には優陽とアイギスだけが残された。

 クリードの言わんとしていることを察した優陽は体を持ち上げ、アイギスの手を引く。


「もう立てる? 痛いところない?」

「……ぅ…………」


 まるで別人のようだ。

 よろめきながら立ち上がるアイギスを見上げて優陽は目を瞬く。元から無口ではあったが言いたいことはハッキリと言うタイプだった。それが今は視線を泳がせてもごもごと口の中で言葉にならない声を閉じ込めている。

 優陽は今一度アイギスを横にさせようとしたが、彼は彼女の肩を掴んだまま動かなくなってしまった。初めて出会った時のように、灰色の瞳がこちらをじ、と見つめていた。


「……私は天羽優陽って言うの」

「……あまば、ゆうひ?」

「アイギスの本当の名前はなんていうの?」

 

 思えばお互いに本当の名前も知らずひとつ屋根の下で生活していたのだ。スロースの言う通りおかしな話しだろう。必要に駆られていたとは言え、お互いがお互いの目的も知らずに丸一年、小さなボロ屋で過ごしていた。当初は泣きたくて仕方なかったはずの思い出も、今は彼との思い出のひとつだ。


「……じゅうに」

「ジューニ?」

「あのクソアマからは、そう呼ばれている」

「……預言者のこと?」

 

 アイギスは頷いた。

 首が痛くなってきたので角度を変えたいのだが、アイギスは優陽の肩を放してくれない。


「アイギスはどっちがいい?」

「……お前が呼びたい方でいい」

「じゃあ、アイギスでいい?」


 アイギスは頷く。そして黙る。

 なかなか会話が進まない。何があったのか聞くべきなのだろう。少なくともクリードとスロースは少しでも預言者の情報を欲しがっていた。


「アイギスは預言者の所に戻りたい?」

「…………」


 大きく首を横へ振るアイギス。自身の意思はしっかりあるらしい。

 今度は優陽が首を傾げた。


「私が『シャレム』ちゃんじゃなくても、アイギスは許してくれる?」

「俺はお前がお前なら、お前が誰だろうと関係ない」

 

 前回も聞かされたその答えは、まるで哲学の問答のようだ。

 優陽は「そっか」と頷き返した。

 彼にとっては殺した少女が誰だろうと関係ない。ただ命じられた通りに仕事をしただけ。ただ、怪我をした彼を助けたのがシャレム・エストリンドの皮を被った天羽優陽だったから。彼はシャレム・エストリンドの皮を被った天羽優陽を匿ったに過ぎない。


「お前は……俺を……」

「私はシャレムちゃんのご両親のことはシャレムちゃんの記憶の中でしか知らないよ。でも、できればアイギスにこれ以上、人は殺して欲しくない」

「…………」


 肩を掴む手に力がこもる。肩が外れるんじゃないかとも思った。

 優陽は自身の手を添え、土気色の彼の手の甲を撫でる。その指は優陽の指先から温度を奪っていくような気さえした。

 

「だから、アイギスが良ければね。いっしょにどうすればいいのか考えよう?」

「…………怒ってないのか?」

「うん。怒ってないよ。アイギスにまた会えて嬉しい」


 彼がやってきたことは許されないことだと思う。それでも彼が自分の命の恩人であることには違いないのだから。彼だけを責め立てるのはおかしな話しだ。彼のしてきたことを見て見ぬふりをした自分も同罪に違いない。

 優陽は彼へ言い聞かせるかのようにゆっくりと声にした。アイギスは再び沈黙する。そして彼女の体へすがりつくように肩へ顔をうずめる。彼はそのまま動かなくなった。

 優陽はしばし彼の抱き枕として息を潜めていた。しかし規則正しい寝息が耳元で聞こえてきたので、途方に暮れる。彼の腕はしっかりと少女の体を引き寄せていて抜け出すのは難しそうだ。

 彼女の心配もよそに、彼は気持ちよさそうに眠っていた。今まで見たこともない穏やかな表情が見えて優陽は脱出を諦める。

 安堵に包まれた中で、優陽もウトウトと瞼を下ろすのだった。

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