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03.思ってたんと違う

 『シャレム・エストリンド』はエストロランド領を治めていたエストリンド家の一人娘だ。

 領主であった父はシャレムにとっては曾祖父にあたる親子3代で家を成した。そこへ嫁入りしてきた母もまた近隣で名を馳せる有力貴族の娘であったらしい。父と母の仲は政略結婚でありながら実に睦まじく、シャレムも盛大な結婚式からほどなくして産まれる。父は母子を実に愛し、様々なものを与えた。

 手始めに屋敷で働く使用人を増やし、屋敷を増築し、子ども部屋だけでなく草木の茂る庭園を整備した。美しい妻と娘のため、遠方からも行商を招き、金貨を袋で渡した。屋敷には絶えず人が出入りし、おおいににぎやいだ。

 両親の愛情を受け、一人娘は屋敷の外の世界を知らずにすくすくと育つ。

 『シャレム・エストリンド』は生まれ育ったその屋敷が燃え落ちる日まで、絵に描いたような幸せな日々を送っていた。


「アイギス。一緒にごはん食べる?」


 スープと焼いた干し肉。ふかした芋。お馴染みとなったこの食事も、作っているのは『シャレム・エストリンド』ではなく『天羽優陽(あまばゆうひ)』である。お嬢様は包丁すら握ったことがなかったようだ。

 アイギスは先日狩った鹿らしき生物の皮で何かを作っている。部屋の隅で細かい作業をしている背中が少しばかり可愛らしい。シャレムもとい、優陽よりも圧倒的に手先は器用である。

 彼は短く返事をして針仕事を中断した。

 今にも足が折れそうな椅子に机を挟んで座り、シャレムは両手を合わせる。


「いただきまーす」

「…………」


 アイギスは無言でスプーンを口へ運ぶ。以前はスプーンを握って食べていたものだからテーブルの上は酷い有様だった。根気よく教えてきた甲斐もあり、今では皿を擦る音もあまりしない。

 味の薄いスープを掬い、シャレムは感慨深く頷く。

 出会った当初はまともに口もきいてくれなかった。それが住居を探し出し、2人分の食料を確保し、防寒具まで作ってくれる。正に命の恩人だ。頭が上がらない。


「なんだ」

「アイギスがいてくれて良かった〜! って、思ってた」

「…………」


 感謝したのに仏頂面になる理由は分からない。

 彼の本名すら知らないが、それでもお互い生きているのだから良いのではなかろうか。

 少々……。いや、だいぶ彼の万能ステータスに甘えているのが気にかかっている。食料の調達から街へ小銭を稼ぎに行くのも全て彼だ。その間、シャレムがしていることと言えば傾いた家の掃除と水汲みくらいである。

 シャレムは首を傾げた。


「明日も狩りに行くの?」

「罠を見に行く」

「手伝えることある?」

「薪を割っていろ」

「はーい……」


 足手まといだと言われてしまえばそれまでだ。仕方ない。その薪割りも彼の倍以上の時間を要して同じ量にすら届かないのだから。

 シャレムはすごすごと塩だけが振りかけられた干し肉をかじる。自分ももう少し役に立つことができれば生活し易くなるだろうに。あと数年は先の話しになる。

 アイギスはペロリと夕食を平らげた。そしてまた、部屋の隅で針仕事に戻る。

 彼は今の生活に満足しているのだろうか。

 常々シャレムは疑問に思う。ロウソクを買う金もないので日の出と共に起きて日の入りと共に就寝する。水と食料の調達でほぼ一日が終わる。夜は獣や野盗がやって来たのかと、風が家を揺らす音に驚いて目が覚める。

 どうにか生きてはいるが、風邪でもひいたらそのままぽっくり逝ってしまうかもしれない。今すぐにでも天羽優陽の生活に戻れるのであれば、間違いなくそちらを選ぶだろう。

 欠けた皿を冷たい水ですすぎながら、彼女はシャレム・エストリンドのすっかり荒れた両手を眺めた。

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