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29.どうしてこうなった

 廃墟と化した町並みを抜け、クリードの足が止まった。廃墟が途切れた先にはきれいに舗装された石畳の道が伸びている。その脇に建てられた建造物は雪化粧を被り、平野にポツンと寂しそうにたたずんでいた。

 遠目からその建造物を眺める優陽をラーストーが手招きする。


「あんまり離れると面倒みきれねーぜ、お嬢」

「あそこに用事があるんですか?」

「緩衝地帯とは言え、この辺りはリュシオンの影響力が強い。あそこで国境を出入りするヤツを監視して、ついでに通行人や商人から金を巻き上げるのさ。この辺りで荷馬車や牛車が通れる安全な道はこの通りしかねぇ」

「なるほどー……」


 優陽の目は遠くなる。

 要は関所と言うヤツだろう。この世界でも本当はパスポートや身分証明書が必要なのだろうか。


「にしても、どうしてそんな場所へ?」


 話の流れからしてもあの建物を建造したのはリュシオン王国だろうし、その中で駐留している人間もまたリュシオンの人間だろう。

 見つかったら面倒事になるのではないのだろうか。

 

「決まってンだろ。奴らが巻き上げたモノを俺らが巻き上げるんだよ」

「……え?」


 ラーストーの手の中で長い槍がくるりとまわる。

 剣を抜くクリードを見上げ優陽はもう一度、首を傾げてみせる。


「え…………??」


 そんなこんなで優陽は物が散乱する部屋の隅で震えていた。

 

「話しに聞いてないんですが?!」

「言ったらついてこないだろう」


 当たり前だ!!

 優陽は憤慨した。なぜ自分まで強盗の片棒をかつがされているのだ。取り戻しにきたのであれば奪還と呼ぶのが正しいのかもしれないが、そういう問題ではない。

 ラーストーが縛り上げた兵士たちを固い床へ転がす。気絶しているだけとは言え、起きたら全身ひどい痛みに襲われることだろう。

 辺りを見回しながら優陽は仕方なく2人の近くで縮こまる。先ほどまで騒がしかった建物内はすっかり静まり返っている。

 迫りくる敵兵をラーストーがバッタバッタとなぎ倒していく様は正に一騎当千であったが、死人が目の前で出ていたら間違いなく卒倒していた。

 クリードは部屋の窓際に置かれた広いテーブルの前へ屈み、引き出しを漁り始める。


「結論から言うぞ、アマバ・ユーヒ。他人の善意に頼りきっている今の貴様では早々に死ぬ」

「うっ……。そ、それは、その…………」


 不意に始まったクリードの冷ややかな指摘を受け、優陽は感情のままに開いていた口をつぐんだ。

 そこに関しては紛うことなきド正論である。

 このタイミングで切り出したということは、彼は『天羽優陽』と会話をするため、こんなところへラーストーと自分だけを連れてやってきたのだろう。

 口元を引きつらせて視線をそらす彼女にクリードは淡々と続ける。


「先の話しを聞いて確信した。貴様がここまでたどり着いたのはほぼ奇跡に近い」

「我ながらそう思います……」

「悪運が強いのは結構なことだが、これから先もそれが通用するとは限らん」


 引き出しの中から書簡の束を引っ張り出したクリードはそれをテーブルの上へと広げる。


「貴様の故郷と違い、この周辺の国々は自国の保身で手いっぱいだ。民も同じく他人に手を差し伸べる余裕なぞない。ケテル・ミトロンが千里眼の如き『眼』を持っていたとしても、万能ではあるまい。貴様は他人の心配をする前に自身の身を守れ」

「ぐぅの音もでない……」

「そのためにも貴様は俺の妻になるべきだ」

「いや、何でそうなるん……??」


 隅っこで小さくなっていた優陽は大きく首を横に振る。

 残念ながらクリードはそんな彼女の疑問を鼻であざ笑った。


「貴様がどうして未だに生きていられるかを省みれば分かるだろう。砦にいる連中が貴様に好意的な理由は?」

「……私が元ご主人様の娘だから」

「そうだ。貴様が『シャレム・エストリンド』だから、連中は貴様を快く迎えた。ラーストーはともかく、エストリンド家に身を寄せていた多くはリュシオンに国をおわれた者たちだ。そのエストリンド家も滅亡し、寄る辺もなくさまよっていた所に貴様が現れた」

「…………」


 クリードはテーブルの上へ広げた羊皮紙に視線を滑らせる。

 気を失った兵士や棚から物を漁っているラーストーとは違い、彼は別に目的があるらしい。


「お前はあかの他人であるスロースを身をていして庇うような、底なしのお人好しのようだからな。ラーストーや砦の連中から歓迎されたことで()()()()()()()()()()()()()()()()()に罪悪感でも覚えたのだろう。だが先ほどお前も認めた通り、お前の唯一の武器は()()()()()()()()()()()()()()()()だ」


 クリードの言葉に優陽は膝を抱えてため息をついた。

 やけに昨夜の告白をすんなりと受け入れてくれたと思ったが、彼はその辺りを考慮して真実と結論づけたのだろう。

 嘘にしても真にしても、わざわざ自分を追い詰める発言をする必要性はない。となれば、後者だと。

 

「……だとしても何故クリード様の奥方になる必要が?」

「リュシオンはこの辺り一帯を統合しつつある。それに対抗しうるはエストリンド家とフロスト家を中心にした同盟だった」

「でもそれはエストリンド家がいなくなって、もうかなわない……」


 そして唯一の直系である『シャレム・エストリンド』はつい最近まで行方不明だった。

 クリードはテーブルの上に広げていた羊皮紙の内の1枚を手に取り優陽へ差し出した。


「それでも残された周辺諸国はリュシオンへの姿勢を決めかねている。どのような形でリュシオンへ恭順をとっても、貴様が先ほど見てきた自滅の末路を歩むだけだからな」


 優陽が重い腰を上げてクリードの手から羊皮紙を受け取ると、そこには堅い文面でのやり取りが行なわれている。

 優陽は幼いシャレム・エストリンドの知識を総動員して解読を試みた。

 

「えーっと……。ここでの押収物の記録……?」

「俺とラーストーがこの数年どうにか生きながらえていたのは、リュシオン国内で活動している反抗勢力がどうにかしてリュシオンの国力を削いではくれないかと、細やかな抵抗をする者たちからの贈り物のおかげだ」

「同盟の中心であるフロスト家ではなく、どうしてどこにいるかも定かでないクリード様たちへ宛てて援助をされているんですか……?」


 優陽は首を傾げた。

 反対勢力を援助するのであれば同盟の中心であったフロスト家へ直接送りつければ良いのではなかろうか。現にここにある押収物はこのままではクリードたちの手には届かなかっただろう。

 クリードは優陽の手にある羊皮紙をつまみ上げる。

 

「これら送り主たちの最大の懸念は、フロスト家へ直接的な支援をしていると判明した時点で敵対勢力とみなされ、リュシオンに侵攻の大義名分を与えることだ」

「あー……っと、フロスト家が『しーらない!』でシラを切り続けるんじゃダメなんですか……?」

「むしろ、フロスト家が送り主たちの情報をリュシオン側へ流したとすれば?」

「え……。前提を崩されたらどうもこうもならないんですが……」

「そういうことだ。アマバ・ユーヒ」


 ど、どういうことだって?

 目を瞬く優陽の前でクリードは羊皮紙を破いていく。


「フロスト家はすでに送り主らに見限られた。いや、逆か。フロスト家はこれからリュシオンに蹂躙されるであろう土地を見限った」


 クリードの声は憎々しげに声音を下げた。

 細かく裂かれた紙片が彼の足元へ積もる。


「俺はとっくにフロスト家の人間ではないからな。理由はあくまで推測の域をでないが、それだけは確かだ。つまり、リュシオンに対抗する術はほとんど残されていない」

「…………」


 差し出された手には、マメがいくつも潰れた痕がのこっている。長い指が、随分と節ばったように見えた。

 優陽は無意識に息を呑む。先ほどまで寒かったはずの肌から、うっすらと汗が浮かぶのを感じていた。


「『シャレム・エストリンド』。フロスト家の当主として、改めて貴様に婚姻を申し込む」


 まっすぐにこちらを見下ろす目には、ムードも何もあったものではない。

 

「当主……? フロスト家の当主は、お兄さんですよね……?」


 ぎこちなく優陽は問いかけた。

 彼の兄は存命のはずだ。それは砦を出る前に彼自身が話していた。

 クリードは事もなげに言い放つ。

 

「兄上がやらないのであれば、俺がやるまで」


 クリードの手は細い彼女の手首を掴む。

 いつぞやと違い、その手は加減というものを覚えた様子だった。優しかったら優しいで恐ろしく感じるのだから不思議なものだ。


「俺がフロスト家の当主となり、エストリンド家の生き残りである貴様を妻に迎える。それが唯一、俺たちがリュシオンに対抗しうる策であり、貴様が、『アマバ・ユーヒ』が生き残る道だ」

 

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