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26.そういえばここ異世界だった

 てんきがいい!

 ごはんがおいしい!

 ここにいてもいい!!

 

「幸せそうだなぁ。お嬢さん」


 向かいに腰を下ろすラーストーは槍の先端を磨いていた。天羽優陽(あまばゆうひ)はパンを頬張りながら彼の言葉に強く頷く。

 当たり前のことが当たり前にあるとは実に幸せなことだ。

 優陽はスプーンでかたい黒パンをスープに浸した。


「お世話になってばかりでは、悪いので……。お皿洗いとか、ご飯作ったり、お手伝いします……」

「そりゃあ、ありがてぇ。男所帯で困ってんだ。潰した芋以外で頼むぜ」

「これでも一人暮らしで自炊してたのでそこそこご飯は作れます!」

「許せるか阿呆!」


 胸を張る優陽にクリードは眉間をおさえる。

 彼は優陽の横へ立つと咳ばらいをして声を潜めた。


「中身は平民と言えど、お前はエストリンド家の生き残りだ。そう易々と人前に顔を出すな」

「皆さんだって、おいしいご飯と……。美少女がいた方が、いいと思いまふ」

「俺もそう思う」

「貴様は黙っていろ、ラーストー」


 ひたひたのパンをモグモグする彼女にクリードは息をついた。


「先ほども部屋着でそこらじゅうを走り回って……。貴様の世界に貞淑という言葉はないのか……?」

「ありますけどこどもなのでりかいできないです」

「都合のいい時だけ子どもに戻るな」


 ごくん、と。パンを呑み下し、シャレムは両手を合わせて頭を下げた。

 ラーストーの隣へ腰を下ろしたクリードはいつものように脚を組む。


「貴様の素行はともかく……。体調が回復したようで何よりだ……。昨夜は何かと有耶無耶にしたが今日は詳しく話しを聞かせてもらおう」

「あの竜人消えたしなー」

「え?」


 平らげた皿を重ねていた優陽は目を瞬く。


「もしかして……」

「スロースなら、今朝すでにいなかった。雇い主の元へ戻ったのだろう」

「えー……」


 不満げにクリードは鼻を鳴らした。

 優陽も肩を落とす。リュシオンで別れたサヘルからは「古い教会で待ち合わせ」と言われていた。恐らくスロースはそちらへ向かったのだろうが、肝心の荷物である自分を置いていったのは何故だ。せっかくクリードの助けを受けられるなら、それにこしたことはない。

 もしくは、クリードからの助けを受け入れられない理由が彼にある。要因はおそらく、ケテル・ミトロンだろう。

 ラーストーが槍を磨く腕を止めた。彼は槍を立てかけ、体ごと優陽へと向き直る。


「ま。そういう訳で、仔細を聞くことができるのはアンタだけだ。覚えている限りで良いから教えてくれ」

「まずケテルにつき落とされて死にました。次にエストリンドの屋敷で目覚めて焼け死ぬかと思いました」

「長くなりそうだなァ」

「笑い話しか……?」


 声を上げて笑うラーストーに対しクリードは頭を振る。

 優陽は淡々と事実を報告していく。さながら箇条書きを読み上げるかの如く。ひとつひとつへコメントをしていくと切りがなくなるだろう。特にケテル・ミトロンへの恨み言は数知れず。


「城壁の外へ出る時は、スロース殿がいて助かりました。おかげで消し炭にならなくて済みました」

「そこへ俺が颯爽と現れた、と」

「颯爽かどうかは判断しかねます」

「素直に話してくれるのは助かるが、隠さなくて良かったのか?」

「何をです?」

「さっきの竜人の雇い主がサヘル・オルランドだとか」

「別にしゃべるなとか言われませんでしたし」

「あ、そう……?」


 もし問題なら、昨日の時点で狸寝入りをやめて優陽の暴挙を止めに入ったろう。こちらとしては何を考えているのか分からないケテル・ミトロンに比べ、クリード・フロストの方がこれまでの過程を加味しても信用できる。彼に対し天羽優陽がこれ以上の隠し事をする必要はない。

 ラーストーが「ところで」と自身の顎をさする。


「ソッチの世界では別の世界へ転移するとか当たり前なのか?」

「当たり前に見えます?」

「だろうな」

「まぁ……。現実はそう甘くないと言うことだ」


 静かに優陽の話しを聞いていたクリードの指が規則的に机を叩く。彼は眉を寄せて唸る。


「貴様の話しが全て事実であれば、ケテル・ミトロンは間違いなく、この大陸一の魔術師だ」

「別世界を認知できるどころか、別世界へ行き来ができる人間なんて、俺も初耳だねぇ」

「やっぱりコッチでもフツーじゃないんですか」

「それこそ魔法、神秘か……。神の御業だ」


 飲み干したマグカップを置いて、優陽は息をつく。

 あの男はそもそも魔術師としてとか以前に、人間として『普通』なのかも怪しい。必要としている人間をわざわざ突き落としてひき肉にするヤツがあるか。

 ラーストーはしかめっ面のクリードへと視線をやる。

 

「だからと言って、俺たちが諦めて撤退すれば、ここいら一帯は全てリュシオンの統治におさまっちまうからなぁ。今のところ、リュシオンに滅亡の兆しなんざこれっぽちもねぇ」

「その通りだ。今、ここで。誰かがリュシオンの侵攻を食い止めねばならん」

「クリード様は結局、お家を出てきたんですか?」


 彼にならい声を小さくして問いかけると、クリードは以前のように不遜に笑った。


「結果的にはそうなるな」

「スロース殿がいなくなったから?」

「俺に何の断りもなく俺の従者を追放したことは、確かに腹立たしかった。しかし、兄上からすればスロースは出自も分からん流れ者。加えて、魔術の腕だけは確かだったからな……。スロースが騎士の誓いのひとつでもたてていれば話しは変わったかもしれんが、知っての通り。ヤツはそういうタチではない」


 クリードはしばし笑みを消した。

 何か思う所があるのか、彼の視線は虚空を滑る。


「俺がフロスト家から出奔したのは……。お前がいなくなって、今のあの家に俺の居場所はないと確信したからだ」

「……私?」


 皿を片付けようとして立ち上がりかけていた優陽は腰を浮かせて固まった。

 再び腰を落ち着けた彼女へクリードは肩を竦めてみせた。


「スロースに聞いたのだろう。俺は父上と妾の間に産まれた子どもだ。兄上の身に何かあったとしても、領主の座には正妻の子である義弟がつく」


 あのインテリヤクザ。主人へ全てチクリやがっている。その点は従者として優秀に違いない。

 誤魔化しても仕方ないので優陽は素直に頷いた。


「特に父上が亡くなられてからは、その正妻である母上……。俺の義母の権威が増している。だと言うのに、兄上は……。俺への情けかは知らないが、ある程度の自由を許して下さっていた。むしろ俺は感謝している」

「…………」

「俺が言いたいのは、兄上の情けに俺が甘えすぎていた、と言うことだ」

 

 天羽優陽にはどうにも彼の話しがしっくりこない。クリードが複雑な家庭環境に置かれていることは知ることができた。しかし、クリードが家を出て行った理由に自分がどう関係してくるのだろう。

 生返事を返す彼女の反応にクリードは咳ばらいをした。


「だが、リュシオン王国がフロストロン領の一部へ侵攻しているというのに……。ここにきて、フロスト家はリュシオンとの和解を模索し始めた」

「エストリンド家がなくなったから?」

「それもある。何より、先も触れた俺の義母にあたる母上が、リュシオンとの戦には以前から反対していた。兄上は保守的なお人だ。父上も亡くなり、エストリンド家の助力なしでは対抗できないと判断されたのだろう」

「ま。フロスト家からは今まで武威で領地を勝ち取るような猛者を出したことはねぇしなぁ」

「言ってくれるな、ラーストー」


 隻眼の男はにんまりと意地悪く笑う。クリードは彼を一瞥した後、立ち上がり優陽を見下ろす。

 優陽がケテル・ミトロンに意識を奪われてから、5年の年月が経ったらしい。

 優陽の記憶にある尊大で傲慢な青年は、いささかくたびれたように見える。一方でその目はあの時にはなかった輝きがあった。どこか子どものような。まるでシャレム・エストリンドが初めて出会った頃の彼に戻ったような煌めきがそこにある。


「少し外へ出るぞ。ユーヒ」

「え? どこへ?」

「俺がここにいる理由を知るには、実際にその目で見たほうがはやい」


 クリードはそう続けてゆっくりと歩き出す。以前は自分を急かしてばかりだった。

 ラーストーが目で促すので優陽は立ち上がり、その広くなった背中を追いかけた。

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