21.私も悪いがお前も悪い
フルアーマーで、大剣使いで、女騎士って。属性さらに盛ってきたな。
シャレムは自身の前にかしずく赤髪の騎士を見下ろした。兜の下から出てきたお顔は美しい。お世辞でなく、こんな状況でなければぜひともお写真を撮らせて戴きたいものだ。
赤い長髪。健康的な白い肌。金色の目。外見の歳はスロースと同じくらいだろうか。頬を横切る傷痕のおかげで精悍さが増している。
彼女、レイ・ジールは今一度その顔を伏せてしまう。
「申し訳ございません。この容姿では気分を害されましたか」
「え……。むしろお美しくて言葉が出てきませんでした……」
「うつくしい…………? 自分が……?」
沈んでいた声がわずかに上ずる。
シャレムは我ながら支離滅裂な言動に頭を痛めた。
声でまだ若いことは判断できたが、性別に関しては先入観で決め込んでしまった。
幼い容姿を使えばスロースを逃がすくらいの時間を稼げるのでは、などと実に浅はかな考えである。それでもやらないよりはマシ、なはず。
咳払いをして天羽優陽は『シャレム・エストリンド』になりきった。
「そのようなお戯れはおやめ下さい、シャレム様……」
「私は本心から言ったのですよ。赤い花のように、まこと美しい髪ですね」
「は、花……? もったいない、お言葉にございます……」
世辞でもなくシャレムは彼女の髪を見て感動を覚えたので強く頷く。前世でこれほど綺麗に染めようと思ったらなかなかの維持費がかかるだろう。
張り詰めていた周囲の空気がどこかそわそわと落ち着きがなくなった。シャレムがレイ・ジールへ顔を上げるよう促すも、彼女はなかなか顔を上げない。
「レイ・ジール殿。あなたとお話しがしたいのですが……」
「ご容赦ください……。自分は、一介の竜騎士に過ぎません……」
「私が預言者様の元へ参ります。その代わり、この者を見逃してはいただけませんでしょうか」
「それはできません」
案外、可愛らしい人だと思っていた矢先。
浮ついていた声が途端に固くなる。
「あの者は我ら一族の汚点。例え預言者様がお許しになられたとしても、自分はあの男を許しは致しません」
シャレムはちらりと視界の端のスロースを盗み見る。
炎に包まれた時は肝が冷えた。けれども、彼は何故かまだ生きている。その理由を彼女は知っているらしい。そして恐らく、それは彼女が彼を許さない理由でもある。要は私怨であって、自分が身代わりを買って出たとしてもスロースを助けることは難しそうだ。
「シャレム様。あなた様が何故、かような罪人と共にこの国へやって来たのか。それは預言者様が追及なされることでしょう。大人しくご同伴して戴ければ、自分も手荒な真似事は致しません」
「……その要求を呑むのであれば、スロース殿を助けて下さるのが条件です」
「シャレム様がそこまでその者を気にかけるのは何故です」
「え…………」
なんでも、何も。
シャレムは返答に困った。「う~ん」と首をひねる。
「あー……。恩人……では、ありますけれども……。えっと、友人……ですわ…………」
苦し過ぎてついついエセお嬢様語が口をついてしまった。
シャレムの言葉にレイ・ジールは呆気に取られた様子で口を開いている。
「友人……? 竜の血を、大罪人の一族を、あなた様は友人と仰るのですか……?」
色々と初耳で頷きたくても頷きにくい。
竜って初耳ですよ。昔話じゃなかったんですか。『ほう・れん・そう』はちゃんとしろってこっちじゃ教わらないんですか。
「彼は私の友人です。ですから、あなたが彼の命を奪うと言うのであれば、私もここを動きません」
今さら首を横に振る訳にもいかない。
シャレムはぎこちなく自身の胸へ手をあてる。
これで「じゃあ」って消し炭にされたら死んだ後も恨んでやるからなケテル・ミトロン。
仁王立ちで動かないシャレムへ、レイ・ジールは視線を泳がせている。先ほどの言葉は彼女にとってよほど信じられないらしい。
「ひるむことなく……。竜の血を引く者を、友人などと……。エストリンドの血の、何と恐ろしいことか……」
「……?」
レイ・ジールの呟きを微かに聞き取るも、彼女が何を恐れているのかまでは分からない。切り崩す隙があるとすればそこだろうが、情報が少な過ぎる。
背後のスロースの表情は険しい。その怒りは明らかにこちらへ向けられている。
この場で生きながらえたとしても、シャレムに何かあればケテルがスロースを許しはしないのだと言う。
が、それはそれ。
シャレムは何も見なかったことにした。
「だとしても、私は……」
レイ・ジールが剣へ手を伸ばす。
シャレムは生唾を呑み込んだ。戦う術がない以上、言語で殴る他ない。幸いにも彼女はこちらの話しに耳を貸す気がある。スロースとの会話を聞いている限り、話す余地もまだある。ここは何としても『シャレム・エストリンド』を演じ切らねばなるまい。
これまでのやり取りからしても、泣いて命乞いは悪手だ。だから、頼むから、まだ泣かないで。
シャレムは口を引き結ぶ。震えているのは寒さのせいなのか。はたまた自分の中の少女の恐怖心からなのか。
声を絞り出すために口を開きかける。
しかし、それはレイ・ジールが大きく後退したことで遮られた。シャレムが驚く間もなく、渇いた粉塵が辺りを舞った。騎士が膝をついていたそこへ、彼女の身の丈以上の槍が突き刺さっている。
「今度は何事……?!」
素っ頓狂な声をあげシャレムも大慌ててで後ろへ転がった。
レイ・ジールは抱えていた兜を放り、大剣を構え直す。怒りの火を取り戻した彼女の目は予期せぬ乱入者を探した。
「何者だ……!」
赤銅の鎧が夕暮れの薄暗がりに燃えあがる。
シャレムは地面に転がっているスロースの元まで這い寄った。引きずってでもその場から離れようと彼の腕を取ろうとする。
「…………!」
取ろうとして伸ばした手を、シャレムは引っ込めてしまった。
顔を腕でかばったせいだろう。その両腕は火傷と水ぶくれでただれていた。焼けた着衣がただれた肌に泥と共にまとわりついている。かいだことのない異臭の正体に気付いて、堪らず目を閉じた。
そんなシャレムを笑う気配がする。
「これはこれは……おみぐるしい、ものを…………」
「…………」
その掠れた笑い声に、シャレムはかたく閉じていた目を開いた。そして冷ややかにスロースを見下ろす。
理由は自分でも定かではない。が、一度は落ち着いたはずの怒りが何やらまた首を持ち上げる。
なんか腹立つ。
シャレムは借りていた彼のローブを横へ広げ、スロースの体を転がす。うめき声と視線が文句を言ってくる。もちろん無視した。
「シャレム様……!」
破裂音と共に辺りに白い煙幕が広がった。レイ・ジールの声が響く。
シャレムの体はローブにくるまれたスロースと共に太い腕に掬われる。
驚きの声を漏らすシャレム。その人物は口元へ指を立て彼女をなだめた。
「俺ですよ、お嬢」
「…………」
男は茶目っ気たっぷりにこちらへウィンクしてくる。そんな男が『シャレム・エストリンド』の記憶に1人だけ存在していた。
シャレムは大人しく男に抱えられ、息を潜めた。煙幕が途切れる。視界が開けると、男はシャレムを脇に抱え、スロースを肩に担いでいた。その足はみるみる城壁から遠ざかり、薄暗い林の中へと飛び込む。
シャレムは眼帯の男を見上げ、渇いた唇でどうにか言葉を紡いだ。
「えーっと……。ラーストー……?」
男は犬歯をのぞかせて口角を持ち上げる。
「ええ。エストリンド家が忠臣。ラーストー、ただいま馳せ参じましたよ」
男の脚はあっという間に林を駆け抜けた。
灼熱の炎はもう追ってこない。
日は山裾へ落ち、か細い月が頭を覗かせる。雲間に隠れていく月光の下、シャレムの姿は夜の暗闇に融けた。




