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18.心の準備をさせろ

 奇妙な沈黙が流れていた。シャレムは視線を感じて居心地が悪くなる。

 もちろん、その視線の主は行く手を阻む甲冑の騎士だろう。


「我々に御用ですか。門番殿」

「…………」


 先に口火を切ったのはスロースだった。兜の隙間からわずかにのぞく視線が自分から彼へと移ったのでシャレムは胸を撫で下ろす。


「白々しい。貴殿、先の呪いからしてディール家の末裔であろう。我ら血族の恥さらしめ……」

「『お仲間』でしたか。お目汚し失礼いたしました」

「私は信仰を失った貴殿とは違う」

「ひぃっ……?!」

 

 何の告知もなく地面へ下ろされたシャレムは悲鳴を上げる。降り積もった雪の上におろされた足から体内を巡る血が凍りついた。防水加工などあるはずもなく、薄地のブーツでは素足も同然。

 足を重ね、できるだけ雪との接触面を少なくしようと四苦八苦するシャレムの横で、スロースは指でメガネを持ち上げる。


「鎧とそちらの業物。『赤炎のレイ・ジール』殿とお見受け致しますが」

「……そう呼ぶ者もいるが、今は関係ない。王国を去った貴殿が、か弱き少女を連れ去り何をしている」

「か弱き少女……。さて……」

「か弱き少女! か弱き少女が目の前にいますよね?!」

 

 首を傾げるスロース。ローブを体に巻き付けてシャレムはその場で飛び跳ねた。

 冗談でなくこのままでは凍傷になってしまう。

 歯を鳴らすシャレムに目もくれず、スロースは指でコインをはじく。いつの間にか彼の手にあったそれは弧を描き、器用にも一定の間隔で彼の手に戻ってくる。


「大したことではありません。ちょっとした小遣い稼ぎですよ」

「小銭を稼ぐために寿命を縮めにきたと言うのか」

「あなたもご存じの通り。リュシオンの侵攻で他国はどこも貧困に喘いでいます。私も仕事を見つけるのに苦労しておりましてね」

「貴殿ほどの術師が職に困ることはなかろう。これ以上の嘘言を重ねるのであれば、力づくで口を割らせるまで……!」


 レイ・ジールと呼ばれた甲冑の騎士は語調を強めて柄を握った。外套が翻り、大剣が斜陽に赤黒く輝く。

 慌てふためくシャレムの視界をスロースのローブが覆う。間抜けな声を上げるシャレムへ、スロースはけだるげに告げた。


「ここから東へ。まっすぐ行くと街道に出ます」

「え? ちょ……?」

「その先にある廃墟の教会でサヘル様と合流する予定でした」

「でした……?」

「それを被っていれば少しは寒さを防げるでしょう。ただし私のまじないはリュシオン(この国)では長く続きません。早くしないとあなたも死ぬ。まあ、それもケテル・ミトロン()次第でしょうが」

「あなた『も』……?」


 不思議と、スロースのローブを被ると先ほどまでかじかんでいた足元に感覚が戻ってきた。

 はじかれたコインがこちらへとんでくる。訳が分からないまま、シャレムは落ちてくるコインを両手で掴んだ。

 以前見た、この国で流通しているものにしては古めかしく色合いも違う。縁には見たこともない文字が刻まれていた。


「それも一度しか使えません。いいですか。余計なことに首を突っ込まず、まっすぐ街道に出て、教会を目指しなさい」

「スロース殿は……?」

「私はここまでのようです」

「どうして……?」

「どうして……?」


 心底「あきれた」とばかりの短い嘲笑に、シャレムの心臓は鼓動を忘れかける。

 こちらを見下ろすスロースの目はひどく空虚だった。


ケテル・ミトロン(あの男)に謀られたからに決まっているでしょう」


 冷ややかな回答。動かない足。

 絶句する彼女へ、スロースは肩を竦める。


「お気になさらず。こうもはやく役から下ろされるはずはないと、慢心していた私にも非がある」

「役って……?」

「おしゃべりが過ぎると言ったはずですよ。アマバ・ユーヒ殿」

「で、でも……!」


 伸ばした手は空をかいた。足音は雪の上へ倒れ込む彼女から離れていく。

 シャレムは冷たい雪を握りしめた。

 一歩、また一歩と雪を踏みしめ、鎧が鳴る。


「……自身を犠牲にする精神を持ち合わせているにもかかわらず、貴殿が王国を離れたのは理解に苦しむ」

「国を離れたのは先々代であって私は無関係ですが、自己犠牲が高潔などとふれ回るその思想は私も理解に苦しみます」

「では、貴殿は何故、謀られたと知ってなお、命を賭してその少女を救おうとする」

 

 騎士の問いかけにスロースの乾いた笑みがわずかにシャレムの耳に届いた。


「成り行きですよ」

「……貴殿に慈愛の精神が残っているのであれば、預言者様への嘆願も考えたものを」

「おかまいなく」


 スロースは腰に携えていたナイフを取り出した。細見の刀身を先ほどのコインと同様、指先で器用に回す。


「捨て石にされるのはお互い慣れているでしょう」

「……言ったはずだ」

 

 重厚な甲冑は大きく踏み込む。雪を踏みしめるどころか、その左足は地面を割る。

 シャレムは熱風に吹き飛ばされた。ローブに絡まりながら後ろへ転がって、崩れかけた石垣の後ろにどうにか隠れた。

 体を丸め、自身の目を疑う。

 辺りの雪はみるみるうちに姿を消し、地面へと吸い込まれていく。乾いた風が彼女の冷え切った手足の先に感覚を取り戻した。


「私は貴殿とは違う……!」


 鈍い轟音が響く。いま一度、熱風が辺りの雪景色を剥がす。

 シャレムは炎上する屋敷で目を覚ました時のことを思い出した。

 物が焼けていくにおい。肌にまとわりつく、熱を帯びた空気。

 パチパチと、吹き飛ばされた瓦礫には火の粉が爆ぜている。

 恐る恐る顔をのぞかせた彼女が見たものは、燃え上がる大地だった。


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