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17.ここからは音声のみでお送りいたします

 スロースはためらいなく下水路へと足を踏み入れた。彼が屈まずに歩ける高さはあるようだ。

 シャレムは恐る恐る視線を落としてみる。パッと見、流れている水は無色透明だ。臭いもない。ゴミひとつ落ちてない。

 出口が遠ざかり、視界が暗くなってもスロースの足取りは緩まない。パシャパシャとブーツは迷いなく街の地下を進む。

 早くもシャレムの方向感覚は失われていった。


「下水って割にはキレイですね……?」

「あなたの世界で水路がどのように整備されていたかは存じ上げませんが、リュシオンが異常なだけです」

「あ。そうですか」


 少なくとも天羽優陽(あまばゆうひ)が学校で習った中世の時代に、ここまで徹底された下水処理が行われている高次の文明はなかったはずである。もっとも、魔法が存在する世界を自分の常識にある中世と同列に扱っていいものかは悩ましい。


「リュシオン王国は、古の竜を討ち取った褒美として、神から加護を得ているのですよ」

「サヘルから少し聞きましたけど後半からいまきたさんぎょう」

「理解できる言葉を使って下さい」

「手短にご説明を求めます」

「この地に住まう竜の強大な力に神が手をやいていた。だから人間に神の加護を与えて自分たちの手を汚さずに、竜を始末したのです」

「加護?」

「ひとつは神の血。国王となった勇者は神の血を分け与えられ、特別な肉体を手に入れた。ふたつに千里眼。女王となった賢者へ未来を覗き見る両目を与えた」

「それがケテル様のご両親ってことですよね?」

「ええ。さらに副産物として神を信仰する国そのものに加護が備わった。異常なまでの浄化作用です」

「浄化作用、とは……?」


 シャレムはできるだけ口を動かした。

 当然だが下水道に光源なんかあるはずもない。辺りは暗闇。何故スロースは迷いもなく進めるのか。


「神が穢れや異物としたものを認めない。分かりやすい例としては病ですか。リュシオンで神職や国の重職に就いている者たちはよほどのことがない限り病で死ぬことはありません。噂では百年以上生きている貴族や神官もいるという話です」

「え……? どういうことです?」

「言ったでしょう。異常だと。神が穢れだと判断すれば存在そのものが否定される。この下水であってもそうです。リュシオンでは、水路は必ず神殿や教会の真下を一度通るように造られます。そうすることで、病の元になるものが勝手に排除される。正に奇跡、とでも言えばよろしいですかね」

 

 何てオーバーテクノロジー。いや、マジック。


「ところで、そんな国でその神様を信じてない私はどうなるんです?」

「現状が全てを物語っているでしょう」


 それもそう。

 ため息をつかれてシャレムは目を閉ざす。まぶたの裏の景色は変わらない。


「冗談はさておき、神の加護はあくまで王国内のみ。あなたは死んだことになっていましたからね。預言者も油断していたのでしょう。とは言え、王国内に足を踏み入れれば気付かれているはず。今までケテルが預言者の目を欺いていた、と考えるのが妥当です」

「もしかしてこんな真っ暗な中でもスロース殿が見えてるのはその加護のおかげなんですか?」

「私が神に祝福されているように見えるので?」

「ぜーんぜん」

「お察しの通り。あなたと同様、私もこの国にいる限りはケテルに命を握られているも同然だ」

「そこまでしてケテルに従っているのには何か理由が……」

「おしゃべりが過ぎますよ。アマバ・ユーヒ殿」


 声がマジだったのでシャレムは口を閉ざした。

 どうやら地雷案件だったらしい。

 どれくらい歩いたのだろうか。シャレムがうとうとし始めた頃。冷たい風が素足に触れる。ありがたいことに遠くの壁が微かに視認できた。

 はやくここから出たいような。出たくないような。

 徐々に明るくなる視界に瞬きを繰り返す。雪はすっかり止んでいるようだ。雲の隙間から沈んでいく太陽がうっすらと山すそを照らしている。

 スロースは入った時と同様に鉄格子を蹴った。


「……どこもこんな感じで外れるんですか?」

「試してみてはいかがですか?」


 いま鼻で笑ったなこのインテリヤクザ。

 睨みつけるも涼しい顔。

 さすがに欠陥工事ではないらしい。迷う様子もなく地下を進んでいた様子からしても、この道を作ったのはスロースだろう。こりもせず好奇心に任せて口を開きかけたが、それよりも気になることがある。


「なんか、すごい、人……? 立ってません……?」


 水路から上がってきた2人の目には夕日に反射して輝く鎧兜が映っていた。

 雪原に立つその人物は身の丈以上もある大剣を携え、頭の先から足の先まで、赤銅色の鎧に身を包まれている。


「か…………かっこいい……!」

「私はあなたが時どき羨ましくなりますよ」

「フルアーマーに大剣とは、たいへん良いご趣味で……!」

 

 スロースのため息は興奮するシャレムには届かなかった。

 シャレムは辺りを見回す。背後には巨大な城壁がそびえ立っている。城を囲っている壁の外側へ出たのだろう。民家もなくなり、瓦礫が点々と散乱している。当然、人の気配はなかった。

 

「あのフルアーマーさん、ボスっぽいんですけど大丈夫なんですか!」

「大丈夫な訳ないでしょう」

「え」


 スロースはさらりと答えた。

 雪の積もった地面と、金属の光沢が斜陽を反射する。

 赤銅の鎧は自身の身の丈以上もある大剣の柄に手をかける。地面に突き立てられた剣はシャレムたちの元まで響く重厚な音を立てた。

 実に絵になるその光景はシャレム、もとい天羽優陽の頭へ「死にイベ」の四文字を並べた。

 問題は、自分には死んだ後に復活する術がないということである。

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