14.気遣いって言葉、知ってる?
魔術で5年間も眠っていたらしい体は健康的とは程遠い。成長期の少女の体には最低限の肉付きしかない。手首など自身の体重を支えるだけで折れてしまいそうだ。肌は白を通り越して血の気がない。
喉は会話を続けていく内にだいぶしゃべり方を思い出してきた。足ももつれそうになるが歩けるようにはなってきている。
白粥をすすり、シャレムは肩を落とす。
「人生の難易度が急激に上がっていく……」
「歳を取れば生きにくくなるのは当たり前でしょう」
「何でこういう時はマジレスするんです??」
ベッドの傍らへイスを置いてスロースは細い葉巻を蒸かしている。
病人の、それも子どもの隣でタバコを吸うな。
シャレムが睨みつけるも紫煙は天井に溜まっていく。この部屋の窓が開かれたことは今現在、一度もない。
足を組み直したスロースは紫煙を吐いた。
「良かったではありませんか。ここにいればまず不自由はありませんからね。私の仕事が増えるのは残念でなりませんが」
「今さらですけどスロース殿はどうしてここに?」
あれから数日は経ったろう。ようやく1人で食事が取れる。ただし、固形物を胃に入れるのはちょっと辛い。
その間、スロースはサヘルと交代でシャレムの様子をみにきている。もっとも、この男はサヘルと違いシャレムを元気づける気はさらさらないようだ。
彼は目を閉ざした。
「私の雇い主がサヘル様に変わった。それだけの話しですよ」
「……元からケテルに仕えていた訳ではないんです?」
「ええ。違います。信じるかどうかはあなた次第になりますが」
「…………」
相変わらずである。本当に外では5年も経っているのだろうか。
思わず口を尖らせる。
「クリード様はどうされたの? 性格悪くてクビになりました?」
「あなたに私の人格をとやかく言われる筋合いはないかと」
こっちこそ一緒にされたくないし。
シャレムは最後の一口をスプーンで掬う。薄味ではあるが温かい塩味が胃から徐々に全身へ染みていく。
「私を追い出したのはクリード様でなくフロスト家です」
とんとん、と。灰を皿へと落とし、スロースは肩を竦めた。
「私は先代から仕えているとは言え、その期間も短いものでしたからね。信用できないと言われてしまえばそれまでです。もっとも、理由の大半はクリード様へ対する嫌がらせでしょうが」
「もー……。分かっていてなんでクリード様を1人にしちゃうんですか」
「あなたが私にそれを言いますか」
「私のは不可抗力です」
どこからどうみても立派な被害者なんだが。
平らげた皿を配膳の上へ置き、シャレムはグラスへ水を注ぐ。水差しは大した重さでもないのに両手で支えないとこぼしてしまいそうだ。
「要約すると、フロスト家を追い出されたので、リュシオン王国でサヘルちゃんに拾ってもらった。ってことですか?」
「そんな所です。実際に私を拾いに来たのはケテル様でしたがね」
「ケテルとはそれで知り合ったんですか?」
「ええ。私がフロスト家を出て早々にお迎えにいらしましたよ」
一呼吸おいて、細く紫煙を吐き出す。彼の目は物思いにふけるように燭台の火を見つめていた。
ぬるい水を少しずつ胃に送り込み、シャレムは息をついた。
「ちなみに私がここに閉じ込められている理由とか……」
「聞いていますよ。あなたの『中身』がシャレム・エストリンド嬢ではなく、アマバ・ユーヒと言う別人であることも」
「だからと言って女児の前での喫煙は大人としていかがものかと」
「ご安心を。大抵の病や怪我はケテル様の一声で治ります」
「そう言う問題じゃないしケテルとはもう会いたくないですし」
「前世で彼に殺されてシャレム嬢の体を得たのでしょう? 私であれば自分で首を括りますね」
「…………」
「ご愁傷様です」と。短くなった吸殻を灰皿に押し付けたスロースは懐から新しい葉巻を取り出す。
シャレムは空になったグラスを置いて天井を仰いだ。
「……スロース殿を見ていると、前世を思い出します」
「何か思い入れでも?」
「こーいう人って、どこにでもいるんだなって」
「それはそれは……。共通点があって何よりです」
「ええ。ホントに」
燭台へ腕を伸ばし再び葉巻へ火をつけるスロース。
シャレムはまだ力の入らない拳を握り、傍らの枕を片手間に殴った。




