13.お、お前は……?!
サヘル・オルランドは手慣れた様子でベッドを整えている。先ほどのシャレムの着替えもあっという間だった。
整えたベッドへ再びシャレムを寝かせると、次は床の掃除を始めた。どれもやけに手際が良い。
本来の『シャレム・エストリンド』とは大差ない年頃だろう。生まれのエストロランド領や、世話になっていたフロストロン領では見たことがない身なりをしていた。
「お食事はまだ難しいかと思いますので、白湯をお持ちしました。少しずつお飲みになって下さいね」
「…………」
差し出されたマグカップを受け取ったは良いものの、シャレムは温かなそれを思わず睨みつけていた。
この部屋から飛び出したいのは山々だが、一人では立ち上がるのが精一杯だ。まず歩いて扉へたどり着くこともできない。
「この通り。何も入ってはおりませんよ」
こちらの心情を察したのか、サヘルはもうひとつのマグカップにも白湯を注ぎ、飲んで見せた。
このまま何も口にしない訳にもいかない。
シャレムも渋々、白湯を舐める。少しずつ水分が体に染み渡っていくのを感じた。
胸を撫で下ろし、サヘルはマグカップをサイドテーブルへ置く。
「まずは……。ケテルがあなた様にしたことを、お詫びしなくてはなりませんね……。ユーヒ様、誠に申し訳ございません」
「…………」
謝られた所でもはや天羽優陽の体は取り戻しようがない。せめて今はこの体で生き残ることを考えねば。
シャレムは自身の手の平に人さし指を滑らせてサヘルへ訴える。
「……書くものをお持ちすれば良いですか?」
やはり察しが良い。シャレムは頷く。
サヘルはアンティークの棚から羽ペンとインク壺、羊皮紙を取り出し、サイドテーブルへ置いた。
ただでさえ慣れていないペンだと言うのに力が入らないので一文字書くにも苦労を要する。これは長くなりそうだ。
「どうして、ここに……? ケテルがあなた様を連れてきた理由をお知りになりたいのですね」
そうそう。『天羽優陽』は殺されたが『シャレム・エストリンド』は生かされ、拉致られている。何故なのか。
彼女の答えによってこちらの選択肢は大きく変わる。一刻もはやくここから逃げるか。体が回復するまで様子をみるか。
サヘルはシャレムの傍らへ腰を下ろした。
「長いお話しになりますから、お休みを挟みながらお話しいたしましょう」
シャレムの体力が続かないのは明らかだ。必然とそうなるだろう。
シャレムの頷きを受けて、サヘルは本を読み聞かせるようにゆっくりと語り出した。
「まずは、そう……。この国には古くから人を食らう悪い竜と、それを倒した勇者と賢者のお話しがございます」
待った待った。
シャレムは首を横へ振る。
長くなるにしても今は要件だけにして欲しい。疑問が何も解決しないまま眠ってしまう。
シャレムが手を動かし始めると、サヘルは一度口を閉ざして待ってくれていた。
「まずは結論からお願いしたい」
ふにゃふにゃの文字を書き起こして、サヘルに見せる。彼女は困ったように眉を下げた。
「結論……。結論だけ言ってしまえば、ケテルはあなた様のお力を必要としているのです。この国を滅亡から救うために」
必要とされるどころか殺されたんだが??
無意識に顔のパーツが中心に寄っていくのが分かる。
対してサヘルは表情を和らげた。
「私もケテルから初めて話しを聞かされた時は理解ができませんでした。そのようなことがあるものなのかと……」
大丈夫? それ騙されてたりしない? あの顔で息するようにウソつくけど?
積みあがるシャレムの心配をよそに、サヘルは物語を再開した。
「悪い竜を倒した勇者と賢者はその褒美として神から加護を授かり、人ならざる大きな力を手に入れました。神の名を聖リュシオン。さらにその神の名をいただき、リュシオン王国は勇者と賢者の系譜を受け継ぐ国王と女王の手により、今日に至るまで繁栄して参りました」
リュシオン王国。シャレムが生まれ育ち、父が統治していたエストロランド領の隣国。この辺りでは最も大きな国。
そして例のケテル・ミトロンはその第一王子である。ここまでは『シャレム・エストリンド』の記憶と合わせても間違いない。
「ご存知の通り。ケテルのお父様はリュシオン国王様。その正妻であるケテルのお母様は女王様でいらっしゃいます」
つまり、ケテルの両親であるリュシオン王国の王と女王はその人ならざる何かとんでもない力を持っている、と。
シャレムは相槌を打つ。
「ケテルのお母様は預言者……。未来を見通すお力をお持ちです。その予言はほぼ確実に現実となり、国王は預言に従い国を治める。それがリュシオン王国の在り方です」
シャレムは思わず真顔になっていた。
転生した自分が美少女であること以外は非力な子どもだと言うのに、ラスボスがチート能力使いとはどういうことだ。大国となっても未だにBANされていないと言うことは公式チート扱いではないのか。
そして『シャレム・エストリンド』の記憶によればエストロランド領とリュシオン王国は仲良しこよしとは言い難い関係である。その国の王子が「滅亡から救うために」この場所へ自分を連れてきたとなると良い予感は全くしない。
「そのためリュシオンはこの通り、いくつもの国を呑み込んで大国となりました。ケテルはこの在り方を受け継ぐべくして、王子として生まれ……。そしてお母様の予言通りであれば、私が次の預言者としてケテルの支えとなり、この国を導かねばなりません……」
なるほどなるほど。それで「お父様」と「お母様」とお呼びになる。要は彼女、サヘル・オルランドはケテル・ミトロンの許嫁と言うヤツでは。と、なれば彼女も未来が見えたりするのだろうか。
じっと見つめるシャレムの視線に気付いたサヘルはうつむく。
「私にはまだ聖リュシオンの力はございません。聖リュシオンの力は先代から直接、受け継がなければ手に入らないものなのです」
彼女の声は徐々にか細くなっていった。
「その力は先代が自身の心臓を後継者に捧げて初めて、得ることができます……」
心臓を捧げる、とは?
「……後継者が、先代の心臓を食らうのです」
「お、おぅ…………」
無意識なのか、サヘルは口元を両手でおおう。
返答に困ったシャレムの口からは相槌のような何かが漏れていた。
この世界の神様は随分と悪趣味なご様子。
サイドテーブルに置かれた燭台の火がくすぶり始めた。
気まずい沈黙をごまかすかのようにサヘルが立ち上がる。シャレムも重い右腕をインク壺へと伸ばし、羊皮紙に別の質問を続けた。
「そうですね……。ここまでのお話しだけでは、シャレム様とあまり関係がございません」
背伸びをして棚の奥からロウソクを取り出すサヘル。仕草のひとつひとつからは年相応の若さを感じる。対してその穏やかな口調はひと回り大人びていた。
「先ほども申しましたように、私とケテルにはまだリュシオン王国の導き手となる力が宿っていません。本来であれば、まだ……」
そこで言葉を濁す、と言うことはつまりそう言う意味だろう。
小さくなった燭台の火が細い煙を残して消えた。
シャレムはペンを置く。
この国では国王とそれを支える女王の世代が変わる都度、人柱となり続けている。そしてその運命を生まれた時点で背負わされ、育てられる。残念ながら自分を殺した人間を許すだけの度量は持ち合わせていないが、同情くらいは覚えた。
「ですが、今のケテルはお母様に対抗するだけの力と知識を持ってしまった。予言が乱され、お母様もお父様も気付いてはいらっしゃいますが、未だ原因がケテルだとは特定されていないご様子です」
「……ん?」
おかしい。話しが矛盾している。
神の力をケテルが引き継げば、その力を授けるために心臓を捧げた彼の親は亡くなっているはずだ。それに先ほどの流れだと預言者の力を引き継ぐのは目の前にいるサヘルである。
首を傾げるシャレムの横へ再び腰を下ろし、薄暗い中でサヘルは新たなロウソクを立てた。
「ケテルは繰り返しているのです。この国を救済する術を探して……。何度も何度も……。自らの手で両親を殺めて……。その都度、ケテルの力は増している……」
「あー……? くりかえして……?」
つまりは、どういうことだって?
シャレムは身振りで詳細を問う。
マッチを擦ったサヘルの顔がぼんやり照らされた。
「……ケテルは初めて全てを失った時、国王様の力だけでなく預言者の力も取り込んだのです。そしてその力と、自らの命を引き換えにもう一度『すべて』をやり直した。いえ……。過去へ戻った、が正しいのでしょうか……。全てを失った記憶はそのまま、ケテルは国を救済する術の道を探りました。でも失敗してしまった。次も、その次でも……」
「…………」
しゃべってもいないはずの喉が渇いていた。生唾を飲み込むシャレムにサヘルは続ける。
燭台を灯した彼女はマッチを軽く振り、小さな残り火を消した。
「何度も国を救おうとしたケテルは必然と、その数だけ知識を手に入れました。魔術の知識に始まり、これから始まる厄災に関わる人物の素性や人柄……。そして、この国の救済者である、あなた様について……」
「ま……まって……?」
シャレムは思わずサヘルの手を掴んだ。
本当に彼女の言葉通りの意味だとすれば、もはや『天羽優陽』の想像が及ばない世界であった。
サヘルがこちらの手を遠慮がちに握り返す。
「ケテルが必要としているのは、シャレム・エストリンド様ではありません。アマバ・ユーヒ様、あなた様なのです」
どっと汗が噴き出す。
眠気などとっくに息を潜めていた。寒気がするのに汗は止まらない。
そんな嘘みたいな話しがあってたまるか。彼女が自分を騙そうとしている可能性だって大いにある。
『また会おう、ユウヒ』
横へ振りたくて仕方ない頭には穏やかな青年の声音が再生された。彼が『天羽優陽』を知っていた、と言う事実は覆せない。
理由が何であれ、そんな先の見えない人生を幾度もやり直しているのが本当だとすれば。彼のそれはもはや執念の域を越えている。
シャレムは乾いた唇を舐めた。
「なん、かいめ……?」
「ケテルがこの国を救おうとした回数ですか? 本人も覚えていないと申しておりました……。ですが、今の歳でお母様と並ぶほどの力を持っているとなれば、気の遠くなる時間かと……」
心臓が痛くなってシャレムは胸を抑えた。
分からない。何がなんだかサッパリだ。あの男は『天羽優陽』を殺しに来た。今だってワケもわからないまま監禁されている。一体全体、自分に何を求めているのか。
サヘルは手を離し、そっとシャレムの背を擦った。
「一度お体を休めましょう。とてもではありませんが素直に受け入れられる話しではありません」
「…………」
シャレムは頷く他なかった。むしろ全て彼女の嘘であって欲しい。
横になったシャレムの体へ暖かな布団をかけ、サヘルは声音を和らげる。
「お食事の準備はしておきますので、いつでもお声をかけて下さいね。それと……」
サヘルの言葉を遮るように何者かが扉をノックした。
思わず身構えるシャレム。わずかに開いた扉の隙間から男の声がサヘルを呼んだ。
彼女はシャレムへ軽く頭を下げ部屋を出た。
「ご苦労様です。どうなされました?」
「預言者様がサヘル様をお探しになられているようです。ケテル様より、お戻りになるようにと」
「承知いたしました。それでは代わりにシャレム様のお世話をお願いいたします。……くれぐれも病人に鞭打つような真似は止して下さいね」
「できる範囲で善処いたしましょう」
シャレムは恐る恐る柔らかな布団から顔を覗かせた。
男の声に聞き覚えがある。声質といい、皮肉っぽい調子といい、何故か聞き覚えがある。いや、まさかまさか。そんなはずは。
サヘルと入れ替わりに室内へ入ってきた男はシャレムと目が合うなり、わざとらしく肩を竦めてみせた。
「相変わらず、自ら厄介事に巻き込まれねば気が済まないようですね」
その嫌味な口調に、シャレムは思わず体を起こして男を指さす。
「おはようございます、シャレム様。お加減はいかがですか?」
「す、スロースどの……?!」
仰々しく頭を下げ、スロースは朗らかに微笑んだ。




