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11.さらば懐かしき日々

 騒々しいアラームに叩き起こされ、天羽優陽(あまばゆうひ)は重いまぶたを持ち上げた。

 いけない。起きないと。

 そう思いながらもスマホのアラームを止めた手でソシャゲアプリを起動してうだうだと時間が過ぎていく。


「あー……。買い物いかなきゃ……」


 顔を洗って、着替えて、ごはんを食べて、歯を磨いて。またスマホを眺めていたらこんな時間。予定調和と言えば予定調和。あれでもない、これでもないと靴を選んで、ようやく家を出た。春の空はまだ風が冷たい。優陽は足早に駅へ向かい、一本遅い電車に乗った。

 春休みのせいか家族連れが目立つ。今年は帰省できなかったので夏休みは土産を抱えて実家に帰らねば。

 スマホを取り出しついついゲームへ指を滑らせかけメモ帳を開く。


「何が無いんだっけ……」


 上京して数ヶ月の間は目が回るような忙しさだった。先に上京して働いてた兄の助けのありがたさたるや。今でも手を合わせて拝むことがある。

 ようやくバイトを始めるほどの余裕ができたものの、肝心の勉学を疎かにする訳にもいない。


「……え?! 書店購入特典が違う……?!」


 そして通りがかりの本屋の前で足を止める。目に入ったものが欲しくなっては棚の前で悩む。買い忘れた物を思い出す。

 そんなこんなで帰る頃には真っ暗。

 優陽は両肩に下げた荷物の重みにため息をつく。喜びと後悔が半々。

 嘘だ。この後悔、おそらく明日には忘れる。


「ご飯どーしよー……」


 駅には仕事帰りのスーツ姿が目立つようになっていた。数年すれば自分もあそこへ混ざらなければならない。この世界はなんと残酷なことか。

 ため息をつき、優陽はホームの隅へと移動した。大荷物でいささか肩身が狭い。家の近くにスーパーがないためこうなる他ない。やはり自動車免許を取るべきだろうか。長い目でみれば地方遠征も可能になる。だが、そんな時間と資金は用意できない。

 悶々と悩む優陽の真上で古い蛍光灯がチカチカと点滅した。


「落としましたよ」

「?」


 イヤホンを耳へつけようとしていると、軽く肩を叩かれる。振り返ると、青年がこちらへハンカチを差し出していた。

 優陽は目の前の光景におののく。

 

「すいません……。それは私の物じゃないです……」

「あれ……? そうですか……」


 謎の謝罪を枕詞にして、優陽は青年へぎこちなく笑い返した。

 危険。危ない。まるで絵画。二次元から抜け出てきたかの容姿に思考が一時停止していた。

 やけに流暢に話しかけてくる。その金髪碧眼は自前なのか。果たして前世でどれだけの徳を積んだのだ。

 困惑する優陽に対し、彼は細い眉を下げる。


「あなたが落としたように見えたんだけどな……」

「あー……。その……人も多い時間帯ですから……。落とした方が気付いて戻ってくるかもしれませんし……。お急ぎでしたら、私が駅員さんに届けてきましょうか?」

「僕は乗り換えまで時間があるので大丈夫です。ただ……。窓口のある改札はどちらでしたっけ……? 乗り換えでしかここの駅、使ったことなくて……」


 彼は笑って首を傾げた。

 親切な上になんと礼儀正しい。神は二物どころか何でも与え過ぎ。

 感動しながら優陽は辺りを見回すが、あいにくと駅員の姿は見えない。アナウンスがホームに電車の到着を告げていた。

 田舎の電車と違い、一本にそれほどの大差はない。優陽は改札のある方角を指さす。


「私も急いでいませんし、ご一緒しますよ」

「ありがとう。君には助けられてばかりだね」

「?」


 きれいな微笑みに優陽は首を傾げ返した。

 彼が手にしていたはずのハンカチが、不意に視界をよぎる。同時に体が重力から解放され、肩の荷も消えていた。


「え…………?」


 優陽は目を瞬く。

 体が軽かったのは瞬く合間の出来事で、次には背中から地面へと引き寄せられていた。

 

「また会おう。ユウヒ」


 甲高くけたたましい警告音と、固く重い鉄の塊が迫ってくる。

 落下していく天羽優陽の体は、間もなく強い衝撃に見舞われた。


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