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2メギドライトの創傷  作者: 深山 観月
26/27

エピローグ 1/2


 雨はなおも止まず、視界の端には火先がちらつく。


 起き上がらずに目線だけを顔の横に向ける。


 そこには顔面間際で地面に突き刺さった剣があった。あのとき、彼は本気で彼女のことを殺そうとした。この世界の存続のために。だが、彼女は自分を殺さずに生かした。


 ぴしりと空に亀裂が走る。亀裂など、走るはずのない空に。未だに受け止めきれてはいないが、これが世界が終わるということなのだろう。


 あの亀裂が入り切り、世界が自分の重さに耐えかねたとき、全てが終わる。そんな気がした。


「はは……」


 額に手をやる。それは降ってくる冷たい祈りから顔を隠すためか。それとも、溢れ出る涙を隠すためか。そのどちらもか。


「僕は負けたのに惨めにも生かされてしまったよ、ヴィディゼアポロ」


 彼の側にはヴィディゼアポロが立っていた。憂いだ表情を今も彼に向けている。


 世界の器。


 彼女がこの世界をメギドライトで改変したことで、全てが狂ってしまった。だが、その根底にあったものは世界をより良くしたいという優しい気持ち。それは十分に理解しているつもりだった。


「いつから、この終わりは決まっていた……?」


 世界が終わるこの状況は彼女が世界を改変したことで確定したのか。それとも、彼女が改変する前からすでに決まっていたことなのか。


 その問いかけに、彼女は気まずそうに視線を逸らす。


「わからないわ……。何をきっかけにいつ世界が終わりを決めたのか。私は世界の力を与えられた存在なだけで、世界と意思を共有しているわけではないから。アルマフィアは世界の器となる際に色々と情報を与えられたみたいだけど、私がなったときは何の情報も与えられなかったし」

「でも、あなたもこの世界が終わることを知っていたんだろう。だとしたら、僕の行動はさぞ滑稽だったことだろうな。無駄なのに必死にあがき続けて。いや、いいんだ。もう。教えてもらったところで、僕は信じなかっただろうし。逆上させるリスクを考えれば、賢明な判断だ」

「そんなこと……」

「それで、こんな僕に今更一体何の用かな」

「さて、楽しい楽しい答え合わせの時間だよ」

「……何のつもりですか、先生」

「この程度の計画で師匠を出し抜いたと一瞬でも勘違いしていたお前に格の違いを……おっと、失礼」

「……」

「なに、世界が終わるそれまでの間の談笑タイムさ。それに対する答えも含まれている。一聴の価値はあると思うよ」


 白衣に片手を入れたままのウルブラータが彼に近寄る。それを見て上体を起こした彼は自身の右腕に目を向ける。依然としてメギドライトは損傷を修復しない。


 沈黙を肯定と捉えた彼女は語り始めた。


「確かにヴィディゼアポロもアルマフィアも世界から指名されて世界の器となっている。両者の違いは前の世界の器がその資格を放棄したか否かだ。前者は全てのメギドライトを保有していた前の世界の器がその資格を放棄し、世界にそれを奉還したがゆえに世界は彼女を指名するに至った。しかし、後者は分割されたメギドライトがいずれも奉還されていないまま存在している状態だった」

「前者の事例で前の世界の器が資格を放棄した際、世界は終わったのですか」

「いいや、終わっていない。彼女は同一世界で前の器から受け継いだに過ぎないから、世界の終わりを彼女は経験していない。前の器が経験しているのかすらも怪しい。だから、彼女は次の世界の器がいずれ現れるだろうということは予測していたが、それがアルマフィアだということも、この世界がこんな結末を迎えるということも受け継いだ時点では知らなかった。全ては彼女の情報をもとに私が導き出した結論だ。だが、彼女が世界を改変したことで世界の終わりが確定したのか。それとも、改変する前から確定していたことなのかはっきりとした証拠はない。だが、ある程度の予測はついた。それはお前にも関係がある話だ」

「僕にも、関係が……?」

「話を戻そうか。先程、両者の違いは前の世界の器が世界の器としての資格を放棄したか否かだと言った。これは言い換えるとつまり、新旧どちらの器も同一の世界に存在していたか否かということにもなる」

「どういう意味でしょうか。ヴィディゼアポロもその前の器も同一の世界に存在していた時期はあったはずです。存在していたから、彼女に受け継がれたわけでしょう。……いや、なるほど。前の器が存在していた時期、ヴィディゼアポロは後の器になり得る存在であっただけで、器そのものであったわけではない。全てのメギドライトと器の資格を奉還し、多かれ少なかれ空白の期間があってから、世界はヴィディゼアポロを器へと選任した。つまり、この世界において世界の器の数は一から減ることはあっても、増えてはいない……?」

「ご明察。だが、そもそもがおかしいとは思わないか? どうして終わることが確定しているこの世界に次の世界の器が現れる? この世界が終わって、新しく作られたその世界で新たに選定されればいい話じゃないか。それなのに、どうして次の世界の器に終わるこの世界を経験させる必要がある? いつか来る終わりを始まる前からまざまざと見せつけ、希望など始めからないことをわからせるためか? とすればその目的は、次の世界で絶望してメギドライトを吐き出させないようにするため。しかし、そうであれば神であるアルマフィアではなく、初めから次の世界の担い手である人が器へと選定され、その者が経験するべきだろう。わざわざアルマフィアを経由する必要はない」

「まさか、アルマフィアは次の世界で担い手である人間となり、次の世界の器の資格を保持し続ける……?」

「世界の器は次の世界の担い手となることができる。そう考えるのが妥当だろう。さらに彼女に関する面白い話をしようか。お前は彼女のことをヴィディゼアポロが世界を改変したことでこの世界から切り離された存在だと推測していた。確かにそうだ。彼女の情報はどこにもない。この世界から切り離された存在と言っても差し支えないだろう。だが」

「違うと言うのですか……」

「答えなら初めから見えているはずだ」


 ウルブラータが向いた背後には、ミトログラフがいた。そして、彼女がうわ言のように名前を繰り返し、抱きかかえているのはすでに息絶えたナルヴィア。


 そこで、ベルゼナーグの顔からさあっと血の気が引いていく。


「どうして僕はこんなことにも気付かなかったんだ……」

「そう。自責の念に駆られていたヴィディゼアポロは研究者ではないからともかくとして、お前はベルランダが実験の対象となったあの日から、わからない事象をヴィディゼアポロが改変したせいだとまず結びつけてから考えていた。そして、上手く自分好みの一つの結論を見出せたのなら満足し、それ以外の可能性を考えなかった。だからこの程度のことにも気が付かなかった。感情先行はお前の悪い癖だ。感情はときとして研究者の目を曇らせる。推測と決めつけは異なるものだ。そのことをお前にも十分に教えていたと思っていたものだけどね。だが、今のお前にならわかるだろう」

「……ヴィディゼアポロの改変によって彼女の存在がこの世界から切り離されたのなら、彼女の要素を持った天使が生まれるはずがない」

「ああ。偶然アルマフィアと酷似している神がいて、その神の要素を彼女たちは色濃く発現したのかとも思ったが、ナルヴィアを検査したところ、彼女たちが持っている神の要素はデータベースと照合しても該当はしなかった。つまり、アルマフィアの要素を色濃く発言した可能性が非常に高い」

「ということは、考えられるのは二つ。何か他の力によって、天使の要素としての彼女の情報のみが保護され、それ以外の情報は改変によって抹消された。もしくは、始めから改変は関係なく、何か他の力によって天使の要素としての彼女の情報のみを残して抹消されたということですか。いやしかし、神の情報を抹消することなど、それこそ世界でなければ不可能なはず」

「だが、改変は世界の力であり、それは最上位の力だ。それに対抗し得るのはやはり世界の力だろう。そう考えてみると、やはり奇妙な点が残る。どうして、彼女の情報の全てではなく、天使の要素としての彼女の情報のみを保護したのか。そこまでの力が及ばなかったのだとしても、天使の要素としてのみの彼女の情報を残すよりも、神としての彼女自身の情報を残す方が優先順位がどう考えても上だろう。彼女の要素を持った天使が優れた能力を持っているならまだしも、そうではないことはナルヴィアが証明していることだしな」

「そんな、ということは」



「──何者かの意思が世界に干渉している。そう見て間違いないだろう」



 ウルブラータのその一言で、ぴんとその場に緊張の糸が走る。


「一体誰が、何の目的で……?」

「それが確証となった出来事がある。お前の右腕を消し去った黒雷だ。メギドライトで修復をさせないあの黒雷は世界の力。だが、それはアルマフィアが発したものではない。この場にいる誰もが発したわけでもない。その黒雷は突然、何もないところから現れたんだ。となると、残る可能性は」

「世界、そのもの……?」

「そういうことだ」

「アルマフィアを守るため……? けれど、アルマフィアは次の世界の分割される前のメギドライトを持っているから、僕に殺される危険はないはず。というよりも、命への脅威度で言えば、僕に対する彼女の方が大きい。ならば、僕を守った? 消えゆく存在である僕を世界が……? 一体、何のために……」

「正解はそのどちらも、だろうな。どちらか一方に振り切った場合。つまりは、アルマフィアを守るためであれば、お前を殺害したはず。お前を守るためであれば、アルマフィアを殺害したはずだ。世界は次の世界のメギドライトをアルマフィアに渡した。となれば、アルマフィアは重要な存在に違いあるまい。ストラスヘレナについても同様だろう。5つ全てのメギドライトを持った彼女がアルマフィアと消えてから世界はこのように崩壊を始めたからな。この世界が崩壊するためにはこの二人が必要不可欠だった。5つ全てのメギドライトをお前が持っては何か不都合なことがあったのだろう。けれども、お前にも死んでほしくない理由があった。それらを両立しつつ、お前に絶望を与えてストラスヘレナにメギドライトを渡す折衷案がこれ、ということだ」

「わかりません、守った理由が。それにそれが正しかった場合、彼女が最後に僕を殺そうとしたときに守ってくれなかった理由はなんだというのですか」

「お前とは違い、アルマフィアはあの黒雷が発生した瞬間を見ていた。その瞬間、両者を守りたいという世界の意思を感じ取っただろう。まあ、それを感じ取らなくとも、彼女はお前を殺さなかったはずだ。彼女からは殺意なんてものは微塵も感じなかった。彼女もまた、悪役を演じきれる器ではなかったということだ。いや、どこかのバカ弟子を欺けるくらいには上手だったのかもしれないな」

「……いちいち一言余計なんですよ、さっきから」

「さて、であれば引っかかるのは消えゆくこの世界でお前に死んでもらいたくなかった理由だ。そしてそれは、お前の出生にも関わってくる。ヴィディゼアポロが世界を改変したことで、彼女の保有していたメギドライトは5つの欠片へと分割され、世界の器自身と世界の担い手である神々の中で無作為に振り分けられた。だが、違和感はなかったか? どうしてお前とベルランダの兄妹どちらも保有者となった? 偶然と言うにはあまりにもできすぎている。そう考えた私の中で、分割されたメギドライトの振り分けは無作為ではなく、何者かの意思が干渉しているのではないかという推測が頭をもたげだした。果たしてその意思とは何なのか。誰の意思なのか。まず、調べるべきは自分の身の回りからだ。灯台下暗しとも言うからな。つまり、神々の情報から調べることを始めた。端から端までだ。そこで気が付いたんだよ。アルマフィアの他にもデータベースに全く情報のない神がいたことに」

「それは、一体誰なのですか……?」



「──お前の母親だ。ベルゼナーグ」


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