23話
「君が言っていたことはどうやら正しかったようだね」
メギドライトを回収しながら、ベルゼナーグはミトログラフに話しかける。
「そしてそれはつまりアルマフィア、君がメギドライトを持っていないということを意味する。だから、ストラスヘレナのメギドライトを回収せずとも、僕は君を殺すことができるということさ。4つのメギドライトを保有した僕はストラスヘレナを殺すことができるが、彼女がまだ余力を隠し持っている可能性を考慮すると、君から殺したい。死なないとはいえ、僕も痛いのは嫌だからね。彼女の希望は君だ。だから君を殺せば、絶望した彼女から無傷で最後のメギドライトを回収できる」
だが、話している中で彼はまたしても違和感を抱えていた。
「──現在光輪を発生させているのは果たして本当にストラスヘレナだったのか? 神と天使の混血である彼女は世界の担い手たる資格が半分しかないうえ、神の呪いで苦しんでいる。それなのにあのような高度な真似ができるのか?」
「……」
無言でウルブラータを睨みつけながら、すらと鞘から剣を抜き、アルマフィアに歩み寄る。
「何にせよ、世界はこれで存続する。終わりだ、アルマフィア」
彼の顔からは余裕が消えていた。静かに、冷たくそう言い放つその顔を見て、アルマフィアは諦めたように顔を伏せる。
「そうだね、終わりにしよう。もうこんな悲しいことは」
剣先をアルマフィアの心臓に狙いを定める。
ようやくだ。ようやく終わる。これ以上改変をさせて世界を歪ませはしない。歪めて新たな悲しみを生み出してはいけない。この犠牲で全てが終わる。これまで死んできた全ての命が意味を成すんだ。これで終わりだ、何もかも。
「──だから、私はこの世界を終わらせる」
間違いなく突き刺そうとした。だが、剣が肉を裂いていくあの感覚が手に伝わってくることはなかった。それどころか、剣を手に持っている感覚さえ。
恐る恐る右腕に目を向けると、そこには多量の血液が溢れ出るばかり。肘から先が無くなっていた。傷口からは黒雷の残滓が今も火花を散らしている。後に響くのは失くした手から落ちた剣の音。
「なに、が……?」
何が起きた。落ち着け。こちらはメギドライトを4つも保有している。すぐに世界が修復を始めるはずだ。ほら。
だが、世界は一向に腕を修復する様子はない。
「ここで死にたくなければ、ストラスヘレナにメギドライトを渡すんだ!」
ベルゼナーグは初めて彼女が声を荒らげているのを耳にした気がした。
だが、問題はその内容だ。
ウルブラータはこの期に及んで何を言っている。本当に狂ってしまったのか。彼女がアルマフィアの味方であり、あちらに利する行動に協力をするのであれば、渡すように仕向けさせるのはストラスヘレナに対してではなく、アルマフィアにだろう。
まさか、この黒雷を発生させたのはストラスヘレナなのか。全てはストラスヘレナが引き起こしたことなのか。
だが、彼女に目を向けても、先程と同じように力尽きて倒れ込んだままで、こちらに何かをしたという気配はない。となれば、この現象を引き起こしたのはアルマフィアだと考えるのが自然だ。
ともかく、現状を把握できない今、この場を離れるのが得策だろう。
しかし、ストラから目を離し、正面に立ち直った彼はアルマフィアに突き飛ばされる。
「ぐっ!?」
肘先を失くし、重心が変わった体にすぐ慣れることができず、バランスを崩して仰向けに倒れ込んでしまう。体勢を立て直そうとした彼が見上げると、先程突き刺そうとした剣を握ったアルマフィアが近付いてきていた。
その左手に乗せていたのは。
「メギド、ライト……?」
それも一つのみで放たれる光の量ではない。明らかに複数の。それこそ、5つ全て集めなければ発せないほどの量。
「それは、本当にメギドライトなのか……?」
再びそれを胸中に収めた彼女はゆらりと緩慢に首を傾け、それに合わせて髪が揺れる。
「そうだよ、これはメギドライト」
「メギドライトは僕が4つ持っているだろう!? そして、ストラスヘレナが1つ。メギドライトはそれで全部のはずだ!」
「そうだね、確かにあなたの言う通り、メギドライトはそれで全部だ。この世界にある、メギドライトはね」
「この世界に、ある……?」
周囲の燃え盛る業火による逆光で、歩み寄る彼女の顔は不気味さを伴うものとなる。
「私が持っているのはね、──次の世界のメギドライトなんだ」
「……は?」
自分でも酷く間抜けな声であったと思う。だが、そんな声しか出ないほどに彼女の発言は現実味を帯びていなかった。
「この世界のメギドライトの欠片を保有していることがあなたに発覚した私は天使に降格させられた後、記憶を消去され、絶対的な神への信仰を有した心を植え付けられた。そして、効率的な祈りの発生方法の研究のため、地獄に落とされた私は地獄の業火に燃やされることでその業火の真実を知った。信仰していた神はすでに殺され、憎しみだけが残されている状況を知って、絶対的な神への信仰という心の前提が壊された。壊れるのと絶望は異なる。それをあなたは知らなかった。メギドライト保有者は心を失くすと世界に溶けることができる。そうして、溶けた世界の中で私は失くした心を取り戻し、それと同時にメギドライト保有者の情報や天界の事情、そして、世界自身がこの世界を終わらせるつもりであることを知った。そして、この世界のメギドライトはもう必要なくなるからと次の世界のメギドライトを私に与えたんだ。だからね、私がどのような行動をしようと、結局この世界は終わることが確定していて、未来なんてないんだよ。私じゃない、世界自体が自らの終わりを決めたんだ」
「信じられるか、そんなことが……」
もはや、怯えの色を隠せない彼は理解できないまま、彼女に馬乗りされる。左手を首元に当て、顔に突きつけられたのは先程自分が彼女に突き刺そうとした剣。
「別に信じなくてもいいよ。信じたところでどうなる話でもないしね」
「先生! あなたは知っていたのかこのことを! 知っていて素直に受け入れたのですか!?」
「ああ」
「終わるからと言って諦めて何もしないのか!! 見ているだけで何もしないのか!!」
「……」
「先生。どうして答えてくれないのですか! 僕のやってきたことは全て無意味だったというのですか!? 僕がみんなのためを思って行動した、その、全ては……」
その身を苛むは無力感。同時に湧いてくるのは数々の後悔。やがて、頬を伝っていく涙。
「ごめん、ごめんな。ベルランダ……」
それを見て、アルマフィアは無邪気に笑う。
「さようなら、ベルゼナーグ。あなたは最初から悪役を演じきれる器じゃなかったんだよ」
振り下ろされた剣に反射する業火の中で、誰かがこちらを見つめている気がした。




