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2メギドライトの創傷  作者: 深山 観月
22/27

21話

 ストラが次にアルマフィアと再会したのは、天使のみが住まう狭義の天界と神域を繋ぐ唯一の場所である祭祀場だった。2つを分断するこの場はその半分の面積が結界で区切られており、一般の天使では立ち入ることが許されない。


 そして、今ストラはその神域側にいた。


 もっとも、そのような事実は記憶のないストラにとっては知る由もないうえ、ただえさえ今も神々の呪いに蝕まれ、苦痛の伴う頭では考える余裕もなかったわけではあるが。


 当のアルマフィアは階段を上ったその先でこちらに背中を見せてへたり込んだまま呆然としている様子だった。こちらが彼女に近付こうとも、気付く気配はない。声をかけようにも、もう声帯さえも機能しないようで、掠れた空気のみが喉元を通り過ぎていくのみだった。


 ストラが階段を上がりきったところで、依然としてこちらに背中を向けたままである彼女が何かを抱きかかえていることに気が付いた。

 

 降りしきる祈り。燃え盛る業火。それらを全く意にも介さず、幾何学機な模様の描かれた地面に、ただ座しているその姿は風景に溶け込んでいるかのようで、生命から発せられるはずの意思が皆無であり、無機物特有の冷たさがひたすらに残されているのみだった。


「やあ、元気かいアルマフィア。こうして直接顔を合わせるのは初めてだね」


 ストラは一人でこの場所まで辿り着いたわけではなかった。


「まったく、自分で改造を施したとはいえ、ストラスヘレナには手を焼いたよ。神の呪いで力尽きるまでに顔のない天使たち(シュタルクフェルヴェン)がここにいる三人にまで減らされてしまうとはね。しかも、それまでに彼らは彼女に傷一つ付けられないときた。嬉しいんだか、悲しいんだかこれではわからなくなってしまう。元は彼女も彼らと同じように命令に従うのみの、いうなれば、機械にも等しい存在であったはずだ。そんな機械に心を吹き込んだ君はやはり腐っても神と言うべき存在なのだろうね」


 顔のない天使たち(シュタルクフェルヴェン)。主神直属の兵士たち。彼らの頭部は機械化しており、故に個々の意思は存在しない。命令を忠実に実行する機械天使。


 彼らとストラの違いは元から心があったかどうかだ。つまり、彼女は命令の忠実な執行のため、自らの意思の表出を抑えるように育てられたに過ぎない。目の前で饒舌に話している眼鏡をかけたこの男に、だ。


 だが、神々の呪いに蝕まれて記憶を失くして地上へと落ちてきた彼女はその命令を見失った。ここで、彼女は初めて自覚のない内に、自らの意思に従って行動ができる契機を得る。しかし、地上でも負の感情を押し付けられた彼女は自らに枷を掛けた。皮肉にも、初めて自らの意思に基づいてした行動が自分の意思を制限することだったのだ。だが、自らの心を守るためにも、彼女はそうせざるを得なかった。


 そんな状況に陥っていたところを救ってくれたアルマフィアはかけがえのない存在にほかならない。


 もはや自分で歩くことすらままならないストラは二人のシュタルクフェルヴェンに半ば引き摺られるようにして、先導するベルゼナーグの背を追う。そして、これから起こる未来を指し示すかのごとく、彼女の首元で2本の剣が下向きに交差させられている。残る一人は背後から彼女の動向を監視している。


 ベルゼナーグの言葉に反応したアルマフィアはこちらに体を向ける。そこで、ストラは彼女が何を抱えていたかを目にした。


 赤子。


 赤子がいた。


「感動の再会はお気に召してくれたかな?」


 その言葉にアルマフィアはもう一度、自分の腕の中へとおもむろに目を落とす。


 彼女が腕の中に抱いている赤子。その正体は赤子にまで体の時間を巻き戻されたアストラーデだった。そのようなことは信じられない。信じたくもない。だが、感じる。感じてしまうのだ。ここに息づいている命が間違いなくアストラーデのものだと。


「わざわざ天界に行く手間を省いてあげたんだ。感謝をしてほしいものだね」


 アストラーデは世界の存続のため、感情に重さをつけた。そうして、神の力を持たない天使たちを地獄の業火に落として祈りを発生させたが、それを許すことのできなかったアルマフィアは光輪を発生させて天使たちの感情を蒸発させた。だが、ベルゼナーグは蒸発したその感情を利用することで、天界そのものを地獄に落としたのだ。


「メギドライトの保有者は体に害が及んだ時、世界が修復してくれる。死に関するものでも、なくてもだ。腕に付けたちょっとした切り傷でも即座に世界が修復が始めるからね。なら、その害とは一体何に基づいて判断しているのか。わかりやすいように例を挙げようか。例えば髪の毛。これを切った場合、その切断面は拡大すれば、傷と言えるだろう。しかし、切った髪の毛は直ちに修復はせず、その後は保有前の一般的な生体反応と同じ速度で伸びていったんだ。おかしいとは思わないかい? どちらも傷のはずなのに。そこから僕はこう仮説を立てた。本人がメギドライトを放棄しない限りは世界自体が持っている独自の価値観のみに基づいて修復をしているんじゃないかって。本人の意識を介さないと思った理由は、頭部が吹き飛ばされ、本人の意識がない状態でも体が修復されていったし、本人が見たことのないものであれば修復が必要なのかを判断できる根拠がないからだ。だが、僕や君、アストラーデの比較実験を行った結果、面白いことがわかった。修復には個人差があるんだ。同様の条件での事柄においても、一方にとっては修復すべきものであるが、もう一方にとっては修復しないものがあった。つまり、保有者に対する影響が有害なのか無害なのかの判断は一律に世界が判断しているのではなく、保有者本人が無意識に持っている価値観とを合わせて判断していることがわかったんだ。となれば、無意識を操作して価値観に手を加えたうえで、世界の価値観にも有害と判断されないほど微小な影響を長い時間をかけて与え続け、積み重ねていけば、こうして心を取り戻しても意味がないほどに若返らせることも可能というわけだ。とはいえ、保有者がどれだけ無意識で死を望んだところで死ねないところを見るに、保有者自身の無意識の価値観を一切の考慮に入れなくなる最終防衛線も存在しているようだ」


 開いた傷口のように不快な笑みを浮かべながら、くるくると人差し指を回転させてベルゼナーグは楽しそうに語りだす。


「あのとき落とした地獄から消えた君が生きているのを知ったときは驚いたよ。この業火で消えたのなら、それは存在自体が消えてしまったからだと思ったからね。僕は一つ、君に感謝をしなければならない。君が実験に耐えてくれたおかげで、僕は保有者への影響を比較してメギドライトを解析することができたし、自然な祈りの発生が少なくなったこの世界をこうして存続させることができるのだから。……この世界は終わらせないよ、アルマフィア」


 だが、彼の声はすでにアルマフィアには届いていなかった。


 救おうと思って。救ってもらったから、その恩返しをしようと思って。もちろん、それは利己的な打算であることは承知だ。

 

 あなたに自分のしていることを肯定してほしかった。許してほしかった。間違っているところがあるのなら、正してほしかった。このどうしようもなく将来の途切れた世界において、最良とも言える行動を一緒に考えてほしかった。


「これじゃあ、心を取り戻しても意味がない……」


 だから、どうしてもあなたに自分を取り戻してほしかったから、ストラにまで手伝ってもらって。


 それなのに。それなのに……。そこまでしてもなお。


「私はあなたを救えないというの……?」


 抱く手が震えていき、アストラーデの頬にはいくつもの涙が落ちていく。


 無駄だとわかっている。けど、これはあなたのものだから。


 アルマフィアはそっと、自身の額をアストラーデのそれに重ねる。すると、両者の身体から光が発せられる。


 ストラはただ、その行為をただ黙って見守ることしかできなかった。


 この赤子が自分の母親なのか。彼女もまた、アルマフィア同様に目の前の現実を受け入れられずにいた。だが、不思議と動揺はしなかった。


 母親の顔も知らない。愛してもらった覚えもない。


 それを思い出すことができないのは、本来であれば悲しいことなのだろうとストラは思う。だが、この場においては好都合だ。残る力の使い所は冷静に見極める必要がある。おそらく、この体では自分が戦闘を行うことのできる限界は後1度。それを無に帰すわけには決していかなかった。


 二人を包む光はやがて収まり、顔を上げるアルマフィアは嗚咽を漏らす。


「ごめんなさい。救ってあげられなくてごめんなさい……」

「君は何も救えない。君はただ、世界を終わらせようとした犯罪者として、死後に歴史へと刻まれるんだ。だけど、安心してほしい。君がいなくなった後も責任を持って僕がこの世界を存続させる。世界をより良い方向へと導く」


 だが、一向にアルマフィアからメギドライトが離れる様子はない。それを見たベルゼナーグは次の行動へと移る。


「アストラーデ、メギドライトを僕に渡せ」


 そう命じると、アストラーデからメギドライトが世界の始まりのような清らかな光を発しながら浮かび上がった。


 アルマフィアはそれを必死に掴もうとするが、手は光をすり抜け、空を掴むばかり。


 やがて、体を離れたメギドライトは命令通り、ベルゼナーグの元へと向かっていく。


「ぁ……」


 その結果、今度はアストラーデの体自体が光を発し、徐々に粒となって霧散し始めたのだ。それはすなわち、神にとっての死を意味する。


 そこでアルマフィアは理解した。彼女の体はメギドライトがなければ生命の維持ができないように細工をされていたのだと。赤子となっている姿を見せて精神的苦痛を与えた後、用が済んだらメギドライトを回収して死ぬように仕組まれていたのだと。二段構えの精神的苦痛は彼女を確実に絶望させるため。


「あははははははは!!」


 新たなメギドライトを手にしたベルゼナーグの笑い声がその場に響く。


「散々自分は他者から奪っておいて、自分は奪われないとでも思っていたのかい? 自分だけは奪う側だと思っていたのかい?」

「そんな……こと……」


 彼はアルマフィアに手を差し伸べる。


「さあ、君も大人しくメギドライトを渡したまえ」


 もっとも、自ら放棄をせずとも、この窮状に絶望して吐き出す方が早いかと内心でほくそ笑む。


 だが、依然としてメギドライトが彼女から離れる様子は見られず、次第に焦燥がぴりと空気を張り詰めていくのを感じる。


 まあいい。そうであるならば、ミトログラフからメギドライトを回収し、殺して奪えばいいだけの話だ。

 

 そうして自分を落ち着けようとしたところで彼の耳には聞き覚えのある声が入ってきた。


「そろそろ違和感が拭えなくなってきた頃合いか? ベルゼナーグ」


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