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2メギドライトの創傷  作者: 深山 観月
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1話

 優勢のはずだった。圧倒的に優勢のはずだった。もちろん多少の犠牲は覚悟していた。だが、所詮は我らが主の命に背き、地上に逃げ込んだ愚かな堕天使どもだ。奴らとこちら側が保有している技術には文字通り天と地ほどの差がある。ましてや、相手側はこと戦闘においては素人が大半なのだ。こそこそと小細工を画策していようと、到底埋まる差ではない。現に私たちはすでに幾多もの堕天使を断罪していた。こちら側の誰もが勝利を確信していた。


 ──それなのにやつはたった一人でそれを覆した。


 吹き上げられる鮮血。声を上げることすら叶わず次々に地面へと落ちていく仲間たち。漂う鉄の臭いにむせることすら忘れて、私はただ呆然とその光景を見ていることしかできなかった。


「化け物」


 その場にいた誰かが無意識に呟いたであろうその言葉。絶望を吸ったその言葉は、たちまちに周囲に伝播する。動揺がその場を支配し、空気が乱れていくのを肌で感じる。


 一言で言い表すのであれば、それは「処理」。その剣筋からは、こう在りたいという理想も、何かを守るという信念も、高みを目指す情熱も一切感じられない。命令を入力されたから、その通りに行動する。そんなただただ冷たい無機質な刃が、一分の無駄もない力によって。


「あの天使の情報は!?」

「わからない!! どれほど検索しても出てこない……!」


 理解ができなかった。


「隊長はどうした!? 指示は来ているか!?」

「さっき殺されていただろうが!!」


 私たちのような一般兵が戦っていい相手ではない。私たちの日頃の訓練はこんな相手を想定はしていない。


「なら、俺たちはどうすればいい……!?」

「そんなこと自分で考えろ!」


 こんなものを見せられて誰が。


 せり上がる鼓動はすでに喉元まで。頬を流れる汗への不快感を忘れだす頃、鼓膜を震わす荒い呼吸が自分から発せられるものであったことに私はようやく気が付いた。


 そんな時、誰かに肩を掴まれる。


「ナルヴィア! ねえ、しっかりしてナルヴィア!!」

「ビオラルタ……」

「あなたは特別な存在なんだからこんなところで死んではだめ!」


 特別ってなんだ。私は特別なんかじゃ。だって、そんな存在なら、この窮地だって乗り越えられるはずでしょ?


「生きて! 生きて天界に戻ってこのことを伝えるの! 絶対に、絶対に伝えるの! そうすれば頭の良い方々がきっと解決策を考えてくださるから! ね、そうでしょう!?」


 私を庇って前に出る彼女は両手で剣を強く握りしめながらそう叫ぶ。表情を伺うことができなかったが、震えるその手足から容易に推測ができた。


 戦意を喪失した私の体は依然として動かない。結局のところ、私は臆病者だったのだ。


「あなたが、私たちの希望なの……!」


 その瞬間、彼女の首が宙に舞う。その光景に何もできず立ち尽くす私と逆さまに落ちてくる彼女の視線が交差した。

 

 そんな涙を流していては、相手のことなんてきっとぼやけて見えなかったでしょうに。


 ごめん。ごめんね。ごめんなさい。あなたたちは期待してくれたけれど、やっぱり私は最後まで特別ではなかったみたいです。


 ああ、でも、本当に特別な存在であるあの方なら、この状況をどうやって切り抜けるのだろう。


 ねえ、


「────お姉様」


 黒い悪魔はすでに眼前へと迫っていた。





「お姉様!! ……っ!」

「お目覚めかい、天使ちゃん。だが、飛び起きるのはいただけないな。現実には徐々に慣らしていくべきだ。肉体的にも、精神的にもね」


 揺れる視界で吐き気を催すが、歯を食いしばり、頭を抑えて耐えながら周囲の状況を確認する。


 無機質な白一色で覆われた部屋。その中央に置かれたベッドに彼女は寝かされていた。頭部に取り付けられた機械と手首に貼り付けられたテープのようなものからはそれぞれコードが伸びており、それらは左側に置かれた仰々しい機械へと繋がっている。その機械に埋め込まれた複数のモニターには波形や数字が絶え間なく変動しながら表示されている。


「そうだ。まずはそうやって周囲の状況を確認していこう」


 苛立たしげに視線だけを声の方へと向ける。

 

 彼女の右側にいたのは、キャスター付きの椅子に足を組みながら座ってこちらを見下ろす、白衣を着た赤髪の女。その女は慈愛と呼ぶには程遠い笑みを浮かべていた。


「主に仇なす、堕天使め……!」


 女を見た際に一際目を引くのは、人間ではあり得えない背中に生えた一対の白い翼。


「おいおい。酷い言いようじゃないか。やつに大きく斬り裂かれたこの傷口を跡形もなく消してあげたのは他ならぬ私だというのに」


 つうと指先で病衣のはだけた胸元をなぞり上げられながら、耳元で囁かれる。若干の掠れを伴う、低く落ち着いた声のはずだが、神経が逆撫でされていく。


 手首を掴み上げ、ありったけの力で握りしめた。


「私に、触れるな……!」


 それでもなお、顔色一つ変えないその様子に耐えかねて、未だ微睡みの淵にいる体を無理に動かし、ベッドから滑り落ちる形で相手に馬乗りになる。

 

 赤髪の女がもう片方の手で持っていたタブレット型の端末と椅子が音を立てて床に転がる。


「私を治療した目的は何! 何が目的!?」

「落ち着きたまえよ、体に響くぞ」

「天使たちの心を返せ!」


 首に手をかけようとしたその時、左腹部に電流が走る。


「か、はっ‥…!?」


 たちまちに全身へと痺れが駆け巡り、制御を失った体は力なく崩れ落ちる。


「そら、よく響いただろう。か弱い一般天使の正当防衛だ、許してくれよ?」


 女の手には今も電流が迸る小型の黒い機械が握られていた。ずるりと彼女を押しのけ立ち上がり、椅子へと座りなおす。


「さて、順を追って説明していこうか、ナルヴィア」

「どうして、私の名前を……!」

「それは君が特別な存在だからだよ」

「……」

「天使を殺す天使集団であるオルウェクローレルが一人、ナルヴィア。君の姉はその最高司令官だ、知らないはずがないだろう?」 


 また、それか。


「つまり、君は使い方次第では場をひっくり返すことのできる切り札なんだ」

「……私を利用したところで、あの方は眉一つ動かさない」


 キャスターを滑らし、机上の嫌に鈍く光を反射する黒色の吸入器を手に取ると、側部のインジケーターが緑色に点灯する。


「君の両耳についているその羽飾りがそれが嘘だと物語っている。その羽は愛しいお姉様のもの。仲の良い君たちはお互いの羽を羽飾りとして共有しているんだろう」


 慣れた動作で口に咥え数秒の後、煙を吐き出す。それが天井へと昇っていく様子をどこか遠い目で眺めながら。


「苦渋の決断だっただろうね。最高司令官であるがゆえ、最愛の妹を優遇するわけにはいかず、一般兵として最前線に立たせるのは。どうせなら、ひたすら神に祈るだけのログリペドラスへ入っていればよかったものを。とはいえ、自身への憧れで入団した愛する妹の意志を否定できなかった。それならば、せめて自分と同じ才能があればと期待しただろうが。まあ、その結果がこれだ」

「お前ごときが、あの方を語るな」


 目の端で彼女を捉え、ほうと二度目の煙を吐き出し。


「話が逸れてしまった。別に我々は痛めつけるために君を生かしたわけではない。情報を得ようとしているわけでもない。我々はね、あくまで君に真実を知ってもらいたいだけなんだ。その先の行動は君自身が選択したまえ」

「何が真実だ。自分たちに都合のいいだけの情報を切り取ったものを真実だとは言わない」

「質問をしよう。オルウェクローレルの目的は何だ?」

「答える義理はない」

「答えは、神に背いた天使の断罪だ。答えられないようでは、お姉様が悲しむぞ? では、もう一つ質問だ。その神とは、誰のことを指している?」

「……」

「君たちは誰の名のもとに我々を殺そうとしている?」

「……この世界を統べる神々」

「その存在を見たことは?」

「何が言いたいの」

「危うい正義だ。あまりにも土台が脆すぎる。一部の上級天使がその姿を見ていると言っているから、それを盲目的に信じているのか。その神がどんな者かも知らないで。いや、すまない。そもそも何柱いるのかも知らないんだったな」


 女はタブレットを拾い上げ、その画面に指を滑らす。


「君たちが地上に来た理由である神からの命令はどのようなものだと聞いている?」

「神に背き、地上へ逃げた天使の断罪。お前らのことだ」

「どういった理由で神に背いたのかは?」

「この世界を終わらせるためでしょ。そのために神の力を持っていない天使たちの心を奪った。けれども、お前らの力が未熟だから、神の力を持っている天使の心までは奪えなかった」

「どうして我々が心を奪って世界を終わらせなければならない? そんなことをする必要性がどこにある?」

「……?」

「この世界の担い手は神であり、その神々が住んでいる天界は地上から吸い上げられた神々への祈りで運営されている。祈りの主な発生源は人間だ。だが、時代が進んで文明が発達し、人間たちが神に祈りを捧げる機会は次第に少なくなっていった。神々により手を加えられていなければ、たちまちにこの世界は崩壊してしまう。そこで、困った神々はログリペドラスを組織し、専門職ではない天使たちに祈らせることにした。そうして彼らは世界のために毎日毎日ただひたすらに祈りを捧げ続け、そのおかげでこの世界は保たれている。心がなければ祈れない。もしも彼らの心がなくなってしまう事態が起きてしまえば、それは今の世界にとっては致命的なことだ」

「なら、目的は何だというの」

「我々の目的は世界を終わらせることではない。この世界を支配している神、アストラーデを殺すことだ。世界が終わってしまうと我々も困るんだよ」


 アストラーデ。初めて聞くその名前を喉奥で呟く。御身のために、私たちは命をかけてきたのか。


「神に背いている自覚はあるのか。なら、やっぱり断罪されて然るべきじゃない」

「先程君は言ったね。自分たちはこの世界を統べる神々の名のもとに我々を殺すのだと」

「それが何」

「神は複数いると思い込んでいたんじゃないか? いや、そう聞かされていたというべきか」

「……!」

「この世界を支配している神が一柱だけだと聞いた時、少し期待が外れたんじゃないか? なんだ、一柱しかいないのかと」

「違う! 数の多寡など問題ではない! 何柱いようと私が信じるべき、命を捧げるべき主であることに違いはない!!」


 その言葉を待っていたかのように、女は口端を三日月のように吊り上げた。


「では、もしも────その神が他の神々を消してしまったのだとしたら、君は昨日と全く同じにその神へと自分の身を捧げられるかい?」

「その不敬は万死に値するぞ、堕天使」


 伏せるナルヴィアの右手から光が溢れ出し、槍を形成していく。会話による時間稼ぎで体の痺れはとっくに消え失せていた。


「回復する時間を与えてあげていたのは誰だと思っている」


 女は軽くため息をつき、気だるそうに右手を上げた。


「先生先生! ウルブラータ先生! 殺していい? ねえ、こいつ殺していい?」


 背後から子どもの甲高い声が鼓膜を劈く。

 

 ごくりと喉を鳴らすと、そこには確かな刃の冷たさを感じた。いつの間にか、ナルヴィアの首元には短刀が突きつけられていた。全く気配を感じなかった自分の未熟さを改めて思い知らされ、拳を握りしめる。


「天界からの大切なお客様だと言っただろう。彼女の身の振り方で今後の展開は大きく変わってくるんだ」

「だって、こいつ先生に楯突こうとした! 許せない! そんなの許せないよ!」

「おかしいな、感情よりも命令を最優先するように設定したはずだけれども。命令主の状況次第ではそれもひっくり返るか。つくづく心というものは上手く制御できないものだね」

「何の話をしている」

「見てもらった方が早いかな」


 そう言ってウルブラータと呼ばれた女は椅子に座ったまま、端末の画面をこちら側に向ける。そこに映し出されていたのはとある動画。天使がいた。緑色をした髪の幼い天使がベッドに寝かされている。ナルヴィアがいるこの場所と酷似した白一色の部屋の中央で。


『君の名前は?』


 端末から音声が流れる。紛れもなく、目の前にいるウルブラータのものだ。


『私の名前はミルと言います』


 虚ろな目をした天使はそう答えた。抑揚のないまるで機械のような発音、そして特徴的なその見た目にナルヴィアは思い当たる節があった。


「(心を失くした天使特有の発音と頭上に浮かんだ光輪──!)」


『君はこれからどうしたい?』

『その質問は無意味です』

『どうして?』

『心を失くした天使は神に祈れません。信仰できない天使に存在する価値はないからです』

『どうして心を失くしたことがわかるんだい?』

『自覚があるわけではありません。私を見た周りがそう言っていたのです』

『なら、もう一度心を取り戻せるとしたら、君はこれからどうしたい?』

『心を取り戻して、もう一度天使に戻れるのだとしたら、私はやはり神のために行動するでしょう』

『それは君の意思かな』

『だって、天使とはそういうものでしょう』 

『君の言う神とは誰のことを指している? 今世界を支配しているアストラーデのことかな? それとも……』

『わかりません』

『……そうか、協力感謝するよ』


 動画の終わった真っ暗な画面に反射したのは、あまりにも間抜けな自分の顔と、刃をこちらに突きつけながら見た目相応に無邪気に笑う動画の中と同じ天使だった。あまりの声のトーンの違い具合に気付くことができなかった。


「ねえ、今の私の映像!? 恥ずかしいね! 恥ずかしいね! あはは!」

「そこにいる彼女はミル。とても敬虔で、心の優しい天使だったよ。地上に降りてきてもね。だが、先の事件で心を失ってしまったんだ。そこで、少々の改造を施した肉体を与え、私が研究していた作り物の心を植え付けた」

「堕天使側でも、起きていた……!? それなら。いや、信じない。これは演技に違いない!」

「そうだ。そう思わないといよいよ自分たちが何のために我々と戦ってきたのかわからなくなってしまう。だが、この頭上に浮かぶ光輪は演技では説明がつかないんじゃないか?」

「……」

「何なんだろうね、この輪! 不思議だね! 不思議だね!」


 ウルブラータは立ち上がり、こちらに手を差し伸べる。


「さて、そろそろ行こうか。君に会わせたい人がいるんだ。その人は君を救ってくれた君の恩人であり、こちら側の────神様だ」


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