18話
「やあ、元気かい? ヴィディゼアポロ。何百年ぶりだろうね。突然消息を絶った君の存在を怪しまれないように君と僕は夫婦になっていて、嫉妬深さから僕は君の姿を外に晒さず家に閉じ込め、子も作っていないことになってる。僕の権力がそれを周りに許させているんだ。はは、笑えるだろう?」
「……アストラーデはどうしたの」
場面は先ほどと変わらないが、男が身に纏うそれは以前の物よりもきらびやかな装飾が増していた。
「そんな愛しい妻に今日は僕から嬉しい情報のプレゼントだ。ほら、出ておいで」
そうして彼の背から出てきたのは一人の少女。
「アストラーデと彼女の側近である天使のアインツァーレ。二人の遺伝子を利用して、
──僕は彼女に子を産ませた」
「──! あなた、なんてことを!!」
じゃりと伸び切る鎖が女の皮膚に食い込む。神の力を封じるそれは、彼女自身が持つ筋力では到底断ち切るほどのできない頑丈さを有していた。
「そう。神と人間の子が生まれることはあれど、神と天使の子など不義もいいところだ。禁断の関係はどこの誰からも目を引くもの。すぐに知れ渡ったよ。はは、これで彼女の高貴な家柄も台無し。お先真っ暗と言ったところかな。メギドライトで生命を絶つことができないから、社会的に殺してあげたんだ。凋落していく彼らの姿を見るのは非常に愉快だった。全く、僕に楯突かなければこんなことにはならなかったのに」
なおも男は心底楽しそうに話を続ける。
「ああ、そうそう。この何百年で人間界は随分と変化してね。文明は発展し、人間たちが神に祈りを捧げなくなりつつあることで、この世界は存続の危機に瀕しているよ。困った神々に対し、これは最後のメギドライト保有者を探す良い機会だと考えた僕はある提案をしたんだ。神の力を一人に集約し、効率的に世界を運営するいわば、神造知能とでも言うべき存在の祭り上げだ。だが、効率的な運営のために心は不要。そうなると、権力を持てたとしても自分を失ってしまうのなら、誰もその地位に就きたくはないものだ。そこで、僕は「罪深い」アストラーデを推薦し、その地位に就かせた」
「そんな」
「そして、アストラーデによる統治が始まったわけだけど、案の定神の力を集約させない神が出てきてね。そこで僕は改造した天使であり、彼女の娘であるこの──ストラスヘレナに神々を一定数殺させた。一番反発を買いそうな者たちから順番にね」
男の隣りにいる少女、ストラスヘレナは目を伏せたまま無言で立ち尽くす。その様子はまるで、電源の入っていない機械。その華奢な体つきからは到底神々を殺す力を有しているなどとは思えない。
「あなたまさか、自分の父親も……!」
「その場面を僕は見ていないけどね。僕の目的はあくまでもその道の先にあるから、復讐に囚われてはならない。でも、あいつがこの世から消えたと思うとせいせいするな。そうして、反発してくる神を殺して、殺して、殺したよ。けれども、保有者は出てこない。みんなバタバタと死んでいく。肝心の最後の保有者だけど、意外にもあっさりと。それも向こうから現れてくれてね。これには僕も安堵したというものさ。全員を殺してしまうのは流石にまずいからね。だから残った神々は強制的に天使へと降格させたんだ。君も例外なく。そのうえで、元々の天使たちの記憶は操作する。これで、アストラーデだけが唯一神となった世界の誕生だ。まあ、最後の保有者の名前については君にとっては言われるまでもなく知っているのだろうけど」
「……!」
「アルマフィア。それが彼女の名前だった。しかし、不思議なことに彼女の情報はどれだけデータベースを検索しても出てこない。血液検査をしても、どの神とも血統が一致しない。そんなはずはないんだ。神々と言えど、有性生殖だ。だが、彼女の存在はまるで、この世界から切り離されたかのように浮いている。きっと、君にはこの意味がわかっているんだろうけどね」
女は俯き、悔しそうに唇を噛み締める。
「僕は一つの仮説を立てた。実は彼女は君がこの世界を改変したことによる被害者なのではないかと。まあ、そこは実際どうでもいい話だけど、君のその表情を見ればわかりきったことだね。これが君の起こしたことの結果だ、ヴィディゼアポロ。事象すら、その存在すら捻じ曲げてしまう世界の改変はやはりするべきではないんだ。だからこそ、僕はこの世界を存続させなければならない。失礼、話が逸れた。どうやら、彼女は過去にアストラーデに救われたことがあるらしくてね。彼女の経歴の不気味さに目を付けた組織から彼女を守ったようなんだ。そして、健気なことに神造知能と成り果て、神々の殺戮を命じる彼女を糾弾しようとしていた。全く泣ける話だね。そこを捕らえてストラスヘレナに殺させたところ、めでたくビンゴというわけだ」
「彼女は今どこに」
「僕の作り上げた地獄に「いた」よ」
「それは、どういう……」
「彼女を天使に降格させた後、記憶を消去して絶対的な神への信仰を有した心を植え付けた。死なない体はこの上なく実験をするのに適している。実験体を消費しないからね。メギドライトを全て回収した先を見据えて、効率的な祈りの発生方法を研究していたんだ。その過程で絶望してくれたのなら、メギドライトを回収できる。そしてその方法を発見した。答えは始めから繋がっていたんだ。絶望的な状況での祈りが一番最大効率だった。神々の憎しみを渦巻かせた地獄の業火で燃やした際、彼女は最大量の祈りを発生させた。絶対的に信仰していたはずの神が怨嗟の声を上げる業火と化しながら自分の体を燃やしてくるのだからね。だが、彼女はそれっきり消息を絶ち、メギドライトも回収できずじまいなんだ。けれど、彼女は今もどこかで僕の計画を妨害している。おそらく彼女の目的は、自分を救ってくれたアストラーデを救うことだ。僕は神の力を持たない天使たちの感情に重さをつけ、地獄の業火に落とした。そうすることで世界を存続させるに足る祈りを発生させることができるからだ。だが、彼女はその天使たちに感情を失わせる光輪を発生させている。今更彼女に勝ちの目などないというのに悪あがきもいいところだ。僕が生き残らせた神々は今や天使へと降格し、地上でこちらに反旗を翻すその時を伺う毎日だ。だから僕は、天使たちの神々についての記憶を操作し、対抗勢力とした。僕の計画が邪魔されないようにね」
男は掛けている眼鏡を指で軽く支えた。
「さて、ようやく待ちに待った解放の時間だよ、ヴィディゼアポロ。君には地上側についてもらいたい。今のままでは地上側が圧倒的に戦力が不利だからね。天界側が勝利をしたら、今度は天使たちを地獄に落として祈りを発生させて世界を保っている現在の方法を否定するかも知れない。地獄の業火を天界に漏らしたりはしてみるけれど、それでも戦力には文字通り天と地ほどの差が開いている。アルマフィアがアストラーデの心を取り返しに地獄へと辿り着くそのときが彼女と僕の決着の時だ。そのときまでどうか、地上と天界どちらの勢力も潰れないように頑張ってくれ」
そう言ってストラと立ち去る男の手はわずかに震えていたように見えた。後に取り残された女の手錠が自動的にカチリと外れる。
訪れるのはうるさいほどの静寂。
「……ねえ、アルマフィア。私はあなたに謝らないといけない」
女は明確にこちらを認識している様子だった。画面の外にいるであろう自分のことを。
「世界を改変する前、あなたは「祈りを神の力に変える」能力を持っていた。それは当時から優秀な能力ではあったけれど、世界を揺るがすほどのものではなかった。それを私が祈りによる力を基盤とした世界に改変したことで、その能力は世界が構造として有する力となってしまった。1つの世界に世界を運営する力が2つ存在する。そんなあり得てはならない状況を修正するために、世界はあなたの情報を消し、存在自体をこの世界から切り離した。存在自体を消すことができなかったのは、世界自体が運営に不可欠なその能力を消すことができない制約を自らに課していたため」
「……」
「私が、私がいけないの。全部私の軽はずみのせいなの。心があれば世界はより良くなると思ってしまったから。人間が持っていた心に興味を抱いてしまったから。それがこんなことになってしまうなんて。私はどうやってあなたたちに償えばいいの。私はもっと考えるべきだった。世界を変えるその意味を。変えた後の影響を。あなたたちの幸せを捻じ曲げるのがわかりきっているのなら、私はこんなことなんてしなかったのに……」
アルマフィアは震える女を包み込むように優しく抱きしめる。
「恨んでないよ」
「……そんな」
「私はあなたのことを恨んでないよ」
子どものように胸の中で泣きじゃくる女に愛しい我が子を見るような目を向ける。
「でも、でも。私のせいで、この世界は終わってしまう……」
「あなたに1つ教えてあげるよ」
そして、彼女は女の細首に両手を添える。ひくついたその首筋はやけに現実的で。
「え……?」
「私はもうとっくに気付いているんだよ」
「ぐ……ぁあっ……!」
食い込む爪。よじる体。滲む瞳に彼女の笑みが反射する。相手の抵抗が強まっていくにつれ、彼女も力が入っていく。
「苦しい? ねえ苦しい? これまでと今、どっちが苦しい?」
「く、ぁ……!」
「こんな小細工まで用意して、どこまで私のことを馬鹿にすれば気が済むの?」
「ち……が……」
「あなたがこれまでどれほど苦しかったのかは知らない。でも、今更こうして私の前に現れるくらいなら、始めから姿を見せていればよかったじゃない。さっき私が言った恨んでないの意味はね、許す許さないの話じゃない。恨む価値すらないと言っているの」
やがて、体は痙攣を始める。
「我が身可愛さで誰かに役割を押し付け、責任を課して。自分で終わらせる覚悟すらない。辛いことから逃げたくてここまでしたくせに、もしかしたら勘付いているのかもしれないと気付いたから、その保身にさらなる保険をかけるため、世界に対してできるかぎりのことをしようと考えて行動しようとしている者の前に現れて。こんな演劇を見せて。どこまで足を引っ張れば済むの? 私はこれまであなたの存在を無視していたのに。結局、あなたは私に関わりたいの? 関わりたくないの? それくらい徹底する覚悟くらい持ってよ! ねえ!」
張り付けた笑顔に必死な言葉。その不一致さ。その懸隔さ。
事切れる最後に一際大きく体を震わせたのは、言葉に反応してのものだったのか。その答えは終ぞ知り得ることはない。
「この世界から切り離された存在になってしまった私は神々から疎まれていた。神は血統を大事にする存在。情報もないうえ、親の名前を問われても答えることのできない私は後ろめたい経緯で生まれたのではないかと邪推された。そして、そのように言われ続けたから、私もそうなんだろうと思い込んでいた。神域に居場所のない私はそうして人間界に逃げ込んだ。ただ、今思い返してみると、私を差別してきた中に本来の私の両親はいなかったことは不幸中の幸いだったのかもしれない。きっと、私を切り離す過程で消されてしまったんだろうけどね」
動かなくなった体を見下ろし、彼女はぽつりぽつりと言葉を垂らし始める。その表情からはさきほどの雰囲気はとうに消え失せ、自然な表情が浮かんでいた。その不気味なほどの切り替えの速さは彼女の何を示唆するものか。
「そんな私の存在を認めてくれたんだ、アストラーデは。神様に見えたよ、本当に神様なんだけど。笑っちゃうよね。私のことを救ってくれたアストラーデだからさ、今度は私が救ってあげたいんだ」
どこからともなく発生した炎が徐々に動かなくなったその体を包み込んでいく。その炎は床へと壁へと。徐々に燃え広がっていく。遠く淡い思い出を思い返すかのようにその様子を下から上へと目で追っていく。
全てが炎に包まれるその部屋で、彼女は崩れ行く女の額に自分のそれを寄せる仕草をする。
「だから、あなたはただ黙って見ていればいい。私たちがこの世界を終わらせる、その瞬間を」




